第104話 複雑怪奇
スカンディナヴィア連邦とイタリアの動乱について知った後は、プロイセン王国の技術レベルを確認したかったけど、残念ながら軍事関連の情報はあまり得ることが出来なかったようだ。いきなり軍事技術を盗めるとは思ってなかったけど、向こうも軍事技術の取り扱いには気をつけているのだろう。
一方で、市民の生活レベルについてはかなり詳細なレポートが提出されていた。工場が多く、工場に勤務している人間が多いこと、賃金は最低限しか払われていないこと、貧富の格差がはっきりとしていること。日本とプロイセン王国では、社会全体が大きく違うようだ。
1番大きな違いは、株式会社制度が既に導入されていることだと思う。……株については少し興味を持っていた時期があるだけで、さほど詳しくない。しかし株式を発行して広く資金を集められる社会が構築されているのは、プロイセン王国の発展に大きく寄与したに違いない。
「プロイセン王国のお金持ちは、ほとんどが株の売買を行なっているそうです。私の独断ですが、既に株式会社制度を学ぶために数人の人間を追加でプロイセン王国へ送り込んでいます」
「うん、学ぶこと自体は良い事だと思うし、美雪さんの独断なら良い方向に行くと思うよ。あまり期待出来ないけど、フランス人達にも聞いてみようか。資金が必要な会社と、お金を持っている資本家が存在しないと、株式社会を作ろうとしても上手く行かないと思うけどね。でも、一応準備だけは……だけど、貧富の格差が顕著に……」
「……株式制度は、良くないものなのですか?」
「いや、社会の急速な発展には必要だと思うよ。お金の動きは活発になるし、社会全体の動きに国民がより関心を持つことになると思う」
株式制度は必要か不必要か、今の日本では判断が難しいところだ。国有企業が多くて、良くも悪くも安定してしまっている。そんな社会に株式会社を導入をしたとして、果たして上手く行くのだろうか?
……導入してみないと、分からないな。とりあえずロシアとの貿易会社を株式会社のモデルケースとして設立してみようか。出資者から資本金を集めて、そのお金でロシアと貿易し、利益の一部を出資者に還元する。当分の間は、これを目指そう。利益の還元する時の率とか実際の取引は頭の良い人達に任せるとして、問題は何を貿易するかだな。
「ロシア帝国と貿易するとして、今の日本に足りないものがあまり無いな。ロシアと取引して儲かりそうなのはお酒ぐらいか」
「ウォッカですね。日本でも作ろうと思えば作れそうですが、輸入しても良いかもしれません」
「水産物は日本が上だと思うし、天然資源は……向こうがどれほど有用性を調べているかによるか」
美雪さんと会話をしていたら、お酒の貿易会社を設立することになった。日本酒や焼酎を出荷し、ウォッカやワインを買う。日本でもワインは生産しているけど、たぶんロシアや欧州諸国のワインとは味が違うと思う。ウォッカに関しては俺も未知だから飲んでみたい。
ロシア帝国に関してもそれなりに情報が集まったけど、ロシア帝国は現在オスマン帝国とバクー油田の取り合いが本格化しているようだ。やはりこの世界の対立は、資源の取り合いが主と言っても良いな。石油やゴムの需要は高いようだし、日本でも自動車や飛行機が開発されれば必須となるだろう。
オスマン帝国は思っていたよりも隆盛しているようで、未だに死にかけの老人にはなっていない。おそらく、ヨーロッパ諸国の技術力や軍事力に負けないよう富国強兵を推し進めたのだろう。個人的にオスマン帝国は、歴史上最も大きな帝国の1つだったと思っている。
「オスマン帝国には諜報員を送り込めない?」
「言葉が違い過ぎるため、難しいと思います」
「ああ、言語の壁が厚すぎるのか。それなら勉強させて探らせるより、普通に国交を持つ方が良いな」
そんなオスマン帝国はイギリスと凄く仲が悪いようで、スエズ運河を巡っては激闘を繰り広げているようだ。スエズ運河を挟んでイギリスの傀儡国家であるエジプト王国とオスマン帝国の傀儡国家であるヒジャーズ王国が、代理戦争を継続している。
「代理戦争って言っても、イギリス軍とオスマン帝国軍が衝突した回数は多いし、かなり厳しい状況にオスマン帝国は追い詰められているのか。フラコミュ陣営とは仲良くしていないと死ぬな」
「フラコミュとイタリア王国、オスマン帝国は正式に同盟を結んでいたようですね。オスマン帝国がイタリアでの動乱に関与する可能性は十分にあると思います」
「京都だと情報が1ヵ月遅れだから、動きようが無いのは辛いな。まあ、まだ本腰入れて喧嘩を吹っ掛ける国はいないと思うよ」
京都からだと情報が一月遅れだが、北方大陸領のロシア帝国との国境付近に居れば20日遅れぐらいにはなるそうだ。シベリア鉄道様様である。もっとロシア帝国との交易が活発化すれば、京都からロシア帝国とプロイセン王国の国境付近までは10日で行けそうだ。
「ロシア帝国とは、もう少し本腰を入れて仲良くするか。海路よりも陸路の方がヨーロッパまでは早いし、シベリア鉄道の存在は大きい」
「秀則様、ロシア帝国との交渉は既に行っていますが、最近は警戒が強くなりました。ロシア帝国内部でも共産主義者による扇動が各地で起こり、内乱の兆しが見え隠れしているためです」
「……欧州情勢は本当にどうなっているんだ。共産主義者が、思っていた以上に元気だな」
ロシア帝国とは本格的な貿易の開始も行いたいが、どうやら警戒が少しずつ強まっている模様。共産主義っぽい日本と関わっていたら共産主義者達が元気になったんだから、警戒するのは当たり前か。そうでなくても、隣国の中国と戦争をしている国な訳だし。
……スペインやイギリスの内情も知りたいが、時間はかかりそうだな。プロイセン王国の諜報機関に期待するのも良いか。プロイセン王国は他国の情報を得ることが得意なのに、その他国の情報の取り扱いは雑そうだから、その点においては利用できそうだ。