第101話 微生物
微生物に関してはまだ知識がある分野だ。と言ってもDNAが複製される時の具体的な方法とか、転写の意味とか、しっかりと覚えてないからあやふやな部分も多いけど。
「微生物の研究は進んでいる方だよね?」
「申し訳ありません。私には比較することが出来ないです」
愛華さんが何処からか持って来た微生物に関する報告書には、色々と面白いことも書いてある。毒を生み出す菌を30年ぐらい継代培養したら毒が無くなったとか、見た目的に全く違う菌だと思っていた菌が実は全く一緒の性質を持っていた、というような報告が纏められていた。菌の種類が多すぎて、分類が追い付いていないようだ。
「……顕微鏡は開発されたのか。レンズを組み合わせてみることなら戦国時代でも実行していたし、当時でも似たようなものなら作ることは出来たから予想はしていたけど」
「はい。顕微鏡が開発されてからは菌の研究が躍進しており、菌を磨り潰しては抽出液を使って薬の開発を行っています」
「原理とか、分からない状態で?」
「一応、理解出来ているものは理解している状態です」
化学分野が発達していない状態で生物分野の研究だけが突き進んだ結果、原理はわからないけど薬の開発が完了していたり、菌の改良を行っていたり、色々と歪な状況になっている。愛華さんが原理に関しては理解しているものもある、と言っているけど、そんなものはごく僅かだろう。
薬はたぶん、菌の持っている酵素や生産物が身体に何らかの影響を与えているのだろうけど、原理がわからないのなら凄く不安になる。ペニシリンも、もしかすると別の名前で完成しているのかもしれない。
まあ、火薬が進化していたり、ダイナマイトっぽい爆発物は完成していたから、化学分野も遅れているとは言えないかもしれない。原理が分からない状態でも、作り出すこと自体は出来る。お酒とか味噌とかは、酵母の存在を知らない状態でも、昔から造っていたし。
実験の記録自体は大量に残っている状態だから、原理はわからなくても何とかなる、という悪循環に陥っていたのだろう。これからは何でそうなるのか、ということを調べさせていかないといけない。
……一応、抗生物質の正体だけは俺自身がわかっているから伝えておこう。医療が発展してさらに人口が増えると住む場所が無くなりそうで怖いから、高層建築物を設計することが出来る建築家の育成も必要か。
トウモロコシ畑がある駅から汽車で移動し、今度は稲の研究所へと移動する。今でも現在進行形で熱心な研究開発を行っている国の研究機関で、小分けされた田んぼに稲が大量に生えていたり、背が低い稲や高い稲が交互に区分けされているような田んぼもある。
「……稲にも背丈ってあるのか。高い方が良いの?」
「いえ、低い方が風の影響を受け辛いので、背丈は高くなるより低くなる方が望ましいですね」
「ああそうか。稲に関しては背が低い方が……稲穂が地面に付かないか?」
「昔は稲が丈夫では無かったので地面に付いていたこともあったようですが、今の稲は地面に付くほど柔な稲じゃ無いですよ」
稲の研究について知識や資料を持っている親衛隊員は居なかったので、白衣を着ている30代のお兄さんに案内して貰う。ガラスのコップに土が入っていたりするけど、割れないのかな。
「こちらが、現在の主流になる稲97号と稲1091号ですね。97号は日本の広い地域で栽培されており、味も香りも市販されている中では1番と言っても良いでしょう。1091号は強い寒冷耐性を持っていて、北日本などの寒い地域での栽培に向いています」
今現在、日本で広く使用されているのは稲97号で、コシヒカリみたいな名前は無かった。一応、北海道でも一部の地域では普通に育つので、寒冷耐性も少なからずあるのだろう。……数が多くて管理が大変な馬には名前を付けるのに、米には名前を付けないのか。
1091号と聞いて今までに何種類の稲が開発されたのか気になったけど、寒冷耐性を初めて持った稲には1001号と名付け、普通の稲と区別するために1000番台にしているとのこと。北日本を中心に、これも広い地域で栽培されているようだ。寒さに強いだけで、暑い地域でも普通に生育できるから、汎用性は高いのだろう。
「寒さに強い稲の方が美味しいの?」
「寒さに強い稲の方が、安定した生産を見込めますね。元々は冷害対策のために、寒さに強い稲を開発したので」
どうやら美味しさを追求した稲が97号で、安定性を追求した稲が1091号らしい。ただし、両方ともそこまで大きな差は無い様だ。何十年がかりで取り組んでいるのか想像もしたくないけど、お陰で食糧の安定供給の基盤にもなっているから何とも言えない。大事なことだとは思うし。
97号も1091号も、干ばつに強くて実りが多い。きっと何代も経てようやく辿り着いた稲の境地なのだろう。これ以上の発展は遺伝子改変技術を用いるしか無いだろうし、遺伝子改変技術を使用した作物が安全かどうなのかも確かめないといけない。
……個人的には大丈夫だと思っているけど、それでも調べておきたいという気持ちがある。改変前の世界でも色々な説があったぐらいだから、慎重になっても良いだろう。
「これからは化学肥料が使われると思うから、肥料を効率良く実に変える稲が主流になるのかな」
「化学肥料ですか。普通の土壌より栄養が豊富という条件なら、今までの記録が使えるかもしれません」
一応、化学肥料の使用も視野に入れていることを通達し、研究所を後にする。たぶん、俺が助言できるような事は無かっただろう。予想していたより遥かにマシな設備で、それでも不便な環境で、研究を頑張っていた。化学肥料が出てきたら、またそれに合う稲の開発も行いたいし、もうしばらくは頑張ってもらうつもりだ。