第8話 帆船の進化
未だに熱狂が冷め止まない清州競馬場を後にして、愛知に来たもう一つの目的である造船所の見学へ向かう。流石に競馬を見るためだけに愛知まで赴くのは勿体無い気がしていたので、予定に追加しておいたのだ。
よく蒸気船の開発のため、清州に造った造船所には入り浸っていたけど、そのせいか今では愛知の清州、三重の大湊、静岡の駿府など、東海地方で造船業は盛んになった。今では日本の船の3割が東海地方で造られているとのこと。
美雪さんは今日の夜までに神奈川まで行かないといけないそうなので、競馬場を出たところでお別れとなった。誰かさんが1週間ほど寝込んだせいで政務も溜まってそうだ。何で国のトップが呑気に一週間も政務を放りだして祈祷……看病をしていたのかはわからない。
しばらく造船所へ向かって川沿いの道を歩いて進むと、大きい建物が幾つも並ぶ場所に着いた。半分完成している大きな船が、周りに幾つも鎮座されている。
……蒸気船は最終的に試作船止まりだったので、開発はしたけど実際の戦闘に使えるかは微妙なところだった。しかし、湾口に停泊中の大きな蒸気船を見て本当の意味で実用化に成功した、ということを把握する。それなら何で帆船も造っているんだと思ったけど、どうやら帆船にも蒸気タービンを積んでいるらしい。蒸気船とは違うし帆船とも違うため、区別するためにこれを大型帆船と呼んでいるようだ。
「早く移動する必要が無い時は帆船として、戦闘時には蒸気船として扱えるということか」
「そうですね、この大型帆船は帆船として移動が出来る分、蒸気船よりも航続距離は長いです」
ということは、前に言っていた紅海での敗戦で大型帆船と言っていた船は、実質的には蒸気船だ。普通の帆船が未だに艦隊に紛れ込んでいるのかと落胆したけど、これならまだ納得が出来る。ただ、帆船であることに変わりはないので砲の配置が側面に集中していたり、かなり大型化しているところが目立つ。それでいて耐久力は無さそうな雰囲気だ。
「確認だけど、この船が今の主力?」
「主力、と言うべき船は帆がない大型の蒸気船ですが、こちらも量産はしております。紅海での海戦では、この型の船が主攻でした」
……この新型帆船が主攻で大敗するような状況ってことは、何か向こうにあるのだろう。それが内燃機関なのか、炸裂弾なのかわからないけど。
一応、前回の海戦での大敗北から装甲を重視するようになったらしく、舷側の鉄板の厚さを増したそうだけど、それだけで解決するとは思えない。ということで清州港にある海軍基地から南紅海戦に参加したという軍人を拉致して来た。
「……私は豊森家の人間ではありません」
「むしろその方が好都合だから。というか何で俺が豊森家の人間だってわかったの?」
「親衛隊を引き連れている人なんて豊森家の人間しかいません。
……私の名前は吉良 概助です。南紅海戦の時は八式小型戦闘艦324号の装填手として戦っていました」
海戦の詳しい内容を知りたいから、南紅海戦に参加した船に乗っていた人を連れて来て、と愛華さんに頼むと、連れて来たおっさんは珍しく豊森姓じゃない人間だった。南紅海戦の時に小型の蒸気船に乗っていたらしく、最前列にいた艦船の中で唯一生き残った船の装填手とのこと。話を聞く限り、船の中で火薬や弾薬の運搬もしていたようで、大日本帝国海軍の大艦隊が壊滅していく様をよく見ていたとのこと。
「私が見たことをそのまま言って良いんですか……?
あの日の朝は……とても暑かったことを覚えています。インドへの補給を切るためにスエズ運河へと向かう最中、進行方向から大英帝国の艦隊が出現しました」
「……スエズ運河を抑えた所で、インドへの補給に関してはアフリカ大陸をぐるっと回られるから意味ないんじゃないの?」
「秀則様、アフリカ大陸の最南端にある南アフリカ王国は日本やフランス、スペインから武器、資金、物資の援助をして独立させた国です。南アフリカ王国の王は大英帝国に対して強い敵意があり、しかもあの海域には海賊が跋扈しているためイギリスの艦隊はあまり通ろうとしません」
「ああ、だから南アフリカが独立してたのか」
スエズ運河へと向かった目的は大英帝国とインドの連絡路を断つためだそうで、インドへの補給路として重要なスエズ運河を抑えたかったようだ。そして吉良さんが秀則という単語を聞いた途端に震え始めているけど、続きを話すように促したらまた喋り始めてくれた。
「……海戦は向こう側の一斉砲撃から始まりました。その後、こちら側の先に突出していた右翼の艦隊が砲撃をしながら敵の艦隊に接近していきます。対して、大英帝国の艦隊は左翼の艦隊に対して集中砲火をしてきました。帆船が多く初動が鈍かった左翼の艦隊は次々と撃沈していきます」
「敵を視認してから帆を下げていたら、そりゃ初動は遅くなるか。そこをすぐに見抜かれて集中的に攻撃されたから被害が大きかった、と」
「それもあります……が、右翼の艦隊も大英帝国の艦隊に近づいた船から突如として船が真っ二つに割れていき、大きな水飛沫を上げて轟沈していきました」
「……はい?」
吉良さんの話す内容は俺の想像していた海戦とは違い、随分と一方的にやられたように聞こえる。特に気になるのは右翼の艦隊の船がいきなり真っ二つなったという内容だけど、その前に気になることがある。
「その右翼の艦隊は、どこまで接近していたの?」
「衝角がもう少しで敵船の船腹を貫ける位置です」
「…………凛香さん、もしかして衝角戦術って現役?」
「……?
衝角戦術は秀則様が考えた、と学んだ」
それは船がどこまで接近しに行ったのか、ということだけど、どうやら砲で撃ち合っているのに衝角戦術を使おうとしていた模様。衝角戦術とは、簡単に言うと船の先端で敵の船の横っ腹に体当たりする戦術だ。戦国時代、大量の船を用意して衝角戦術を仕掛けたことは2回あって、どちらも大勝しているけど、それを現代になっても使い続けるとは思ってなかった。
……砲が撃ち合っている中で体当たりしにいくとか自殺行為だと思うんだけど、蒸気船になって装甲を手に入れ、指向性を持っちゃったせいで西欧との植民地争いの時に衝角戦術が大活躍した、というのは少し想像できる。ただそれを使い過ぎたせいで、対策されたってところか。