第97話 役者
彩花さんが自分の異常性を自覚したのは3歳の時だと、語り始めた。3歳は今の日本なら早期教育が始まる頃で、その時には既に自分が気持ち悪がられていることを悟ったようだ。だから4歳の頃からは同世代では優秀な子供を演じ続けていたとのこと。それでも10歳の時には海軍士官学校を受けたようだけど、不自然では無い程度の成績で入学している。
11歳で14歳や15歳という年代の人達に囲まれた彩花さんは、そこでも年上に好かれるよう必死に演技を続けていたとか。たぶん途中で成績については隠す気が無くなって、首席で卒業。そこからは先読み能力を活かせる将棋や囲碁で活躍を始めたとのこと。
……この彩花さんに将棋で勝てる島津さんはやべえ奴なのでは?という思考は彩花さんに読み取られたようで、彩花さんが不貞腐れる。
「10歳の時、島津さんと最初に将棋を指した時は、序盤で勝ち過ぎないように手を抜いて指していました。しかし島津さんの攻めが苛烈過ぎて途中から本気を出し……負けました」
「再会してからも1勝4敗だっけ?島津さんは演じているようには思えなかったけど、呑み込みは早いそうだし、今まで本気で勉学に取り組んだことが無かっただけか」
島津さんは島津さんで加藤さんと共依存っぽい関係だし、戦国時代の時でもそうだったけど、頭の良い人間は何処かで心の闇を抱えないといけない決まりにでもなっているのかな?……まあ、裏表が無い人間なんて普通は居ないのだが。
祝宴は夜中まで続き、賢士さんや仁美さんが眠ってしまったのでお開きとなった。酔い潰れるまで飲んで机に突っ伏すとか駄目な大人の具体例みたいだけど、放置するわけにはいかないので凛香さんに運ばせる。
……凛香さんは日本酒の一升瓶を2本、飲み切っていてなお仁美さんを持ち運ぶような運動が出来るんだけど、これもこれで異常だと思う。昔の日本にも酒豪は結構いたけど、ここまでお酒を飲めるのは島津の人達だけだった。
そして翌朝。8月2日の早朝に物音がしたので目を覚ますと、賢士さんと彩由里さんが外に出て行く気配を感じた。どうやら馬の世話をするために毎日早起きをしているそうで、賢士さんは辛そうだった。しかし夜遅くまで起きていても、習慣で早朝には起きてしまうとのこと。
まだ日が昇ったぐらいなので、もう一眠りしようと布団に入る。すると、次に起きた時は既にお昼前だった。
「……親衛隊員が軒並み死んでいるな」
「夜半まで浴びるようにお酒を飲んで、馬鹿みたいに騒げばこうなるでしょう」
広間に戻ると既に料理や皿の片づけはされており、広く敷かれた毛布の上に親衛隊員達が寝転がっていた。一応、俺について来ている親衛隊員は休暇中では無いので、愛華さんが怒っている。愛華さん自身もお酒は飲んでいたけど、節度は守っていたようだ。
「8月3日から天井が無くなるって言ってたけど、この天井ってある意味えげつない決まりだよね」
「1000倍以上を1000倍とすることは、それほど問題視されていません。この時に浮いたお金は最低倍率の補填に使われます」
今の日本の競馬では倍率が1000倍以上の場合、全て1000倍となってしまうことを彩花さんから教えられる。一方で最低倍率が1.1倍になっており、1倍にまで下がることは無い。前に競馬を見に行った時にはあまり気にしていなかったが、ルールは少しずつ変わっているようだ。
その天井が、明日からは外れる。要するに、3連単で4500倍とか50000倍とかそういう馬券が発生するということだ。レース数も増え、競馬場周辺はお祭り騒ぎが最終日である8月28日まで続く。一方で単勝元返し、単勝で1.0倍となるレースも発生するようで、俺が作った当時の配当のルールがそのまま使われるとのこと。
「上限を設定することは運営側にとって良いことだろうけど、その上限が1000倍だと相当なお金が収益に入ってるな」
「……実際、かなりのお金が収益に加算されています」
万馬券という言葉があるが、これは当たった時の倍率が100倍以上の馬券のことを指す。100円の払い戻しが1万円になることが、万馬券と言われる所以だったと思う。そんな万馬券の発生確率は3連単では3割程度なので意外と高い。万馬券が結構な割合で出るからそこまで低くない確率で、1000倍以上の馬券は出現するのだ。
一方で単勝元返しになってしまうレースはほとんど無いはず。胴元の取り分は少し減らしたようだから、その分を上限設定で賄った感じか。2割から1割6分まで減らしているから、純利益は結構減っているのかもしれない。
「まあ、競馬は明日からだし今日は蟹でも食いに行くよ。温泉もあるんだっけ?」
「はい。既に予約は済ませていますよ」
色々とまた新事実を知ったけど、とりあえず考え事は後に回して、釧路港の近くにある温泉宿へと泊まる予定だ。仁美さんが予約を済ませた宿は、美雪さんと一緒に泊まったことがある高級宿のようで、蟹料理が大量に出るとのこと。そして彩花さんとはここで一旦別れることになった。
「宿に泊まるのは、彩花さんの家だとし辛いからだよね」
「……そういうことです。私としては、抜け駆けされた気分でしたから」
彩花さんを彩花さんの実家に置いて来たのは、色々と仁美さんも思うところがあるからだろう。……あれ?仁美さんが子供を作るように指示していたと思うけど、気のせいだったかな?
「ヤったら出来るのは自然の摂理だから、俺としてはどうしようも無かったんだけど。特に1回目の時とか」
「あの時は私の判断で実行しましたので、叱責を受けなければならないのは私でしょう。……秀則様が不破野さんに一目惚れしたと思っていましたから」
「一目惚れしたと言うより、人材として確保したいと直感的に思っただけだからね」
愛華さんが当時の状況を仁美さんに話すが、訂正はしておく。ちなみに不破野さんは福岡の実家に帰ったようで、今頃は親族内で複雑な立ち位置になっていると思う。その内、遠距離射撃に特化した部隊でも作って不破野さんはその隊長に据えようと思っているけど、しっくりと来ない。何か見落としている気がするから、今度じっくりと考えておこう。