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第96話 台本

祝いの席は続き、お酒まで出て来たので賢士さんや仁美さんを始め、多くの人が酔っ払いながら馬肉を食べている。牛肉や鶏肉も用意されているけど、馬肉が一番人気のようだ。牛肉や鶏肉は珍しくないけど、馬肉は京都じゃ珍しい上に美味しいから仕方ない。用意されている量も、馬産地だからか馬肉が一番多いし。


「うぇへへへ、ありがとぉございます」


仁美さんは大量にお酒を飲んだのか、既に呂律が回って無い。立場的に自棄酒しそうな仁美さんにお酒を飲ませた奴は誰だよ、と思って周りを見渡すと既に出来上がった人しかいない。飲んで無いのは彩花さんと、料理を用意してくれた彩花さんの母親の彩由里さんだけか。


親衛隊の人数が長期休暇のせいで半分になっている上に、その半分のほとんどが酔っぱらっているとか、少し気が抜けているように感じる。だけど大元の原因は俺が親衛隊員に対して飲んで食って騒いで良し、と言ったからだし、最大戦力である凛香さんは酔わないので大丈夫なのだろう。


「凛香さん、それ何本目?」

「……まだ12合目。20合までなら酔わないから大丈夫」


……凛香さん、計算したら2リットル以上の日本酒を飲んでいるけど、酔った感じがしないから怖い。若干、頬が赤くなっているし、息は酒臭いけど、受け答えは普通に出来る。10合で一升だから、一升瓶を丸々飲んでも凛香さんは酔わないのか。


「彩花さんが飲まないのは、胎児に影響があるから?」

「そうですね。1杯程度なら問題無いですけど、そのまま2杯3杯と飲んじゃうのが怖いので」


彩花さんだけ飲まないのはやっぱり理由があって、胎児への影響を避けるためだった。どうやら深酔いするぐらいにお酒を飲むと奇形児の確率が上がるらしい。どうやって調べたのかは休暇が終わってから聞くことにしよう。


「彩由里さんは飲まれないのですか?」

「いえ、私はお酒に弱いので……少し待っていて下さい」


彩由里さんにお酒を飲まないのか聞いてみたら、お酒に弱いからと断られた。そして少し待つように言われたので彩花さんと2人で待っていると、彩由里さんは雑巾と箒を持って来た。


「彩花、これで拭いて来なさい」

「はーい」


大量の雑巾を彩由里さんに押し付けられ、彩由里さんの命令に素直に従う彩花さんは、親衛隊員が飲んでいる方向へと向かう。直後、グラスが割れて誰かがゲロを吐いているような音が聞こえた。


「……未来予知?」

「手元が震えている人が見えたのと、気分が悪くなり始めた人がいると感じたので持って来ただけです。彩花だって分かっていたはずですよ」


まるで未来予知のように感じたので種を聞くと、そんなものかと思ってしまう。注意した方が今回の場合は良かったと思うけど、俺にわかりやすく伝えるために雑巾と箒の用意をしたのだろう。彩花さんにも通じたということは、彩花さんも彩由里さんと同レベル以上の洞察力と推察力があるということかな。


「彩花は、そこまで察している人間には見えないけどな」

「あの子はそのように演じているだけです。どのタイミングで、どのような仕草をすれば人に好かれるか、理解した上で演じています。他人の言葉や行動も含めて、全てあの子の筋書き通りなのです。

……私は、時々あの子が人だとは思えなかったのですよ」


彩由里さんから伝えられたのは、彩花さんの異常性だ。単に頭が良いだけでは無く、彩由里さんほどの人でも人では無いと感じさせるほどの、先読み能力。ちょっとだけ彩花さんの本質がわかってきたけど、少し試してみようか。


足元に落ちていた雑巾を、彩花さんの方向に投げてみる。その雑巾は思っていたよりも速度が出たけど、彩花さんは後ろ手でキャッチした。こちらの方向を、彩花さんは一度も見ていないはずなのに、受け取るために手を出すタイミングまで完璧だった。


「こうやって私が彩花のことを話すことも、話し終わるタイミングも、雑巾を投げることすらも彩花の読み通りなのです。私も雑巾を落としておけば彩花に向かって秀則様が投げると予想していましたが……それを彩花が受け取るとまでは思っていませんでした」

「俺は受け取ると思っていたけど。彩由里さんはたぶん、彩花がわざとぶつかって怒るという予想をしたんじゃないの?」

「……何故分かったのか、教えていただけませんか?」

「いや、演技を続ける気ならわざとぶつかって怒ったんじゃない?」


彩由里さんは本当に彩花さんのことが、恐ろしかったのだろう。投げるタイミングの把握すらしていたとか、彩花さんの察する能力は信じられないぐらいだ。だから今まで演技を続けて、周囲に溶け込もうとしていたのだと思う。


……雑巾を投げた時、俺は彩花さんがこれからも演技を続けるのならわざとぶつかると考えた。そう考えたからこそ、彩花さんは雑巾を受け止めると思ったのだ。要するに、彩花さんはもう演技は止めるつもりなのだろう。


しかし、当の彩花さんは雑巾を受け止めた途端、固まっている。たぶん、仮面を長い間付けすぎていて演技しない時の自分がどうなのかわからなくなっているのかな。


硬直している彩花さんをずるずると元の場所まで引っ張ってきて、俺の膝の上に座らせる。するとようやくスイッチが入ったのか、慌てて元の席に戻る彩花さん。


「えっと、お2人とも何のお話をされていたんです?」

「……演技続行しやがったよこいつ」

「だって、これがもう素の私になっちゃっているんです。元の私に戻るなんて無理です!」


少し涙目になりながら手を振る彩花さん。演技を止められない演技をしているのか、演技を本当に止められないのかわからないけど、このまま演じ続けるようだ。何歳ぐらいから年相応を演じるようになったのか、気になったから聞いてみようか。


「彩花さんは」

「4歳です」

「えっ」

「……何で彩由里さんが驚いているの?」


彩花さんに何歳から空気を読むようになったのか聞こうとしたら、4歳からという返答が返ってきた。サトリ過ぎて怖いけど、この子が嫁になるのか。夫婦間で隠し事とかは出来なさそうだ。そもそも俺にはプライバシーが無いから、隠し事なんて無いけど。


彩由里さんも驚いているから、まさか彩花さんが4歳の時から演じていたとは思っていなかったのだろう。……思っていた以上に、複雑な家庭環境だな。

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