第93話 雌雄
牡馬相手に妻が浮気をしたと訴えた人は、牡馬の性欲処理を行っていた妻を見て怒ったらしい。俺も馬に関わったから知っているが、牡馬には定期的に発散させる方が良い馬もいる。たぶん、その女性は手で発散をさせていたのだろう。その光景を見て浮気だと言うのはイメージが出来るけど、やっぱり訴えた側がおかしいのでは?
「別に馬とヤったわけじゃないんだよね?」
「秀則様、まず馬のモノが入る女性はほとんどいないでしょう。それに、かなり危険な行為です。下手すれば死ぬこともあるでしょう」
「……愛華さん、何でそんなに詳しいの?」
「私は軍で馬の世話もしていました。そして同僚が、その、牡馬としようとして骨折しています」
「変人が多い国だな」
馬が改変前よりかなり身近な世界だけど、馬の生態や危険性まで一般人が知っているわけでは無いようだ。牡馬の性欲処理は基本的にしなくても良いんだけど、自慰を覚えてしまった馬に関しては定期的に発散させた方が長生きしやすいので、発情したら淡々と性欲処理をする風習が残っている感じかな。基本的に牝馬を見ないと発情しないけど。
……生まれて1年も経たない内に、自慰を覚えて厩舎の中でアレを打ち付けて発射するような馬もいるから、人の手で処理した方が良い馬もいる。快感を感じているのかは不明だが、一部の馬は気持ち良さそうな顔をするし、馬それぞれだろう。
「まあ、例え彩花さんが牡馬の性欲処理をしていたとしても俺は気にしないから安心して良いよ。動物と本格的にヤるのは流石に止めるけど」
「しませんよ!そもそも牡馬を管理している立場じゃないので出来ません。北海道へは馬を見に行くだけです」
「秀則様。馬を見に行くという言葉は、遠回しに競馬に行くことを伝える時に使われる言葉です」
「あ、なるほど……まあ良いんじゃない?というか8月の暑い時期に競馬は、ああ、だから北海道か」
愛華さんに補足されて分かったが、彩花さんは、単に北海道へ行って競馬をしたかっただけのようだ。お爺さんの育てた馬も出走するそうで、それに乗る予定もあるとか。妊娠初期とは言え、乗馬のような激しい運動をしても大丈夫だろうか。たぶん大丈夫だと分かっているのだと思うけど。
「別に、騎手として出る訳じゃなくて普通に乗馬するだけですので大丈夫ですよ」
「大丈夫なら大丈夫で良いんだけどな。妊娠中の女性の身体については詳しく無いし。というか俺が始めた競馬なのに何で止めると思ったのさ」
「……一部の男性は、妻が賭け事にのめり込むことを良しとしませんので」
「……まあ、その男性達の気持ちが分からない訳じゃないけど、俺は個人の自由だと思っているから、賭け事とかは好きにして良いよ」
賭け事は、生活を脅かさない範囲であれば自由にしても良いと俺は考えている。だからこそ競馬を始めたし、賭博場も許可制にして公営にした。子供は出入り禁止にしていたけど、大人なら自己責任という便利な言葉を使って反対派を退けた過去がある。この日本では子供が10歳以下と定義されているので、11歳がギャンブルで身を滅ぼしても自己責任ということになる。
……ちょっと幼い気もするけど、11歳ってある程度は物事の善悪について理解し始める年齢だし、線引きとして妥当なのかな?そもそもお金を借りるということが出来無さそうだから、破産は出来ないと思うけど。
とりあえず彩花さんと一緒に北海道へ行く計画を立てて、仁美さんに妊娠の報告をすると仁美さんも彩花さんの妊娠は知っていた。知らなかったのは俺と愛華さんだけだったのかな。妊娠したと判断されたのは昨日のことで、流産の危険性がある2ヵ月後までは隠しておく予定だったそうだ。ほぼ100%大丈夫だとは思っているけど、万が一の可能性は捨てきれないし、確かに喜ぶのは早いな。
「彩花さんの場合は、親衛隊を辞めるとして、俺が養うことになるんだよね?」
「希望があれば出産の一月前までは働くことが出来ますよ。私の場合は貯蓄がありますし、秀則様の負担にはならないと思います」
「親衛隊関係のお金の流れは仁美さんが全部決めているから、俺がどう動いたら良いかわからないんだよ。……仁美さんとの結婚式とか、どうするつもりなのか聞けて無いし」
「えっ、式もまだだったのですか?」
子供は素直に嬉しいけど、万が一将来の遺恨になったら面倒なのでこの機会に正妻として仁美さんを娶ることに決める。その後の順番は、どうしようかな。彩花さんは今まで共に生活していてわかったことだけど、わりと計算高い利己的な女性なので、子供に関しても利己的な動機から欲しかったのかもしれない。
……ほっぺはこんなに柔らかくて、というか色々と元軍人とは思えないぐらい柔らかい身体で、天然なふりをして誘っていたのなら、彩花さんは魔性の女だな。結婚式に関してまだ何も決まって無かった感じなので、彩花さんの式も同時に行おうか。
「ふぃふぇおぃふぁま、いふぁぃふぇふ」
「……欲が深いのは、どっちなんだろうな」
「ぷふぁ、どうして、そう猜疑心がお強いのですか?
最初の頃も、随分と警戒していたとお聞きしましたけど」
「今までの経験から、悪い方向に予想していた方が気持ちは楽だと知っているからな」
もう彩花さんと出会ってから、2ヵ月近く経ったのか。いや、まだ2ヵ月も経ってないのに、結婚までしようとしていると言った方が良いのか?最近は打ち解けて、気持ちは楽になった感じだけど、まだ様付けだし、人間味溢れる失態をしても評価は下がらないし責められない。
理想の秀則様像がどんな感じなのか俺にはわからないけど、理想と現実で差異が無いということはあり得ない。……この疑いたくないのに疑いたくなる感覚は、山賊団を率いていた時と同じような感覚だ。せめてもう少しお互いの理解を深めてから、関係を結びたかったかな。