2章 出会い
意識が闇に沈んだまま、夢をみる。何度も見た夢だった。昨日まで優しい笑顔を向けてくれた相手が一晩のうちに敵になった。何をしたのか、今となってはわからない。普段ならば、この夢はここで終わり、目を覚ます。しかし今日は、なぜか暖かい感触がある。なぜか暖かい。なぜ?なぜ…?目を開ける。屋根の上にはお洒落なランプがかかり、暖かい色の電灯が入っている。人の声がした気もするが、気のせいだろうか。「大丈夫?気がついた?」暖かい女性の声が聞こえた。「あなたがはじめてよ。そんな格好をしている人は。」今の光の姿は部屋着のジャージ上下である。当たり前の服装のように思うが、女性は本当に珍しそうに眺めている。よくみると本当に美しい女性だ。年齢は光より一つか二つ上といったところか。計算し尽くされたような体全体の美しいバランス。少し大きめだで睫毛がすこし長めの目。笑うととても美しい。一瞬あいつの姿が脳裏をかすめたが、すぐに消えた。光にとって、人と話すことに不安がないのは何年ぶりか。自分でも驚いていた。「えっと、俺は…」「ここは私の家。びっくりしたわよ。そんな格好で倒れていたんですもの。」倒れていた?そうか、俺はあの時転んで意識を失って…思い返しているうちに女性からの話は続く。「この時期はあそこには魔獣が出没するの。私がみつけてあげなかったらあなたは今ごろ餌になってたわよ。感謝の言葉とかはないの?」いたずらっぽく笑いながら女性はいう。何と答えようか迷っていると、部屋のドアが開いた。「大丈夫か?」今度は中年の男性が顔を見せた。目元が先ほどの女性とよく似ている。「もう大丈夫です。休ませてくれてありがとうございました。」気持ちをこめてお礼を言った。立ち上がろうとすると、突然頭の重さを首が支えられないような感覚を覚えた。ぐらりと身体が揺れて、再びベッドの上に倒れこんだ。「珍しいね。頭をぶつけて立てなくなるなんて。」男性が本当に不思議そうに言った。症状的には脳震盪だと思うが、この世界では脳震盪は珍しいらしい。それほどみんな丈夫なのか、それとも誰も転ばないのか。「そんな珍しいすかね?俺の今の状況?」女性も男も同時に首を縦に振った。考えていてはキリがない。これは死後の世界。いや、異世界というべきか。今考えるべきことは前の世界での後悔ではない。この世界をどう生きるのか。それが一番大切だろう。切り替えのはやさがこういう時には役に立つ。光は少しだけ決心がついたような気がした。決めてから動き出すまでは早い。それだけは自信がある。突然目の前のふたりに向かって頭を下げた。「ここにしばらく俺を置いて欲しい。」ふたりとも顔を見合わせた。当然の反応だろう。何秒か沈黙が続いたあと、恐る恐る顔をあげると、女性の方の目は笑っていた。男性の方は顔色一つ変えずに、こちらを向いた。そして苦笑いしながら、「君は少し順序というものを少し考えた方がいい。」と言った。「その服装、君はこの国の人間ではないな。どこから来た?南にあるラロイト王国とは国交断絶か続いているが...その綺麗さだと、脱北者ではなさそうだね。」必死に頭の中で世界地図を思い浮かべる。ラロイト?ヨーロッパらへんか?記憶の中にはラロイトなんていう国はない。そもそもの国の名前は?脱北という言葉はこの世界にもあるのか…与えられた情報の処理が追いつかない。意を決してほんとうのことをいってみることにした。「俺は日本から来た。日本は極東の小さな島国だ。」簡単に説明をした。当然知らないという顔をする。ここは違う星か?そろそろ何ふもかもがわからなくなってきた。しかしここで理解しようとする努力をやめればここからこの世界で生きていくことはできない。「この国は王国だ。ただ今、王には力がない。周りの人たちが必死に国を治めているが、農村の生活は厳しい。それならばと王都へいっても職があるわけではなくたいした金が手に入るわけでもない。」男性はすこしいらいらした様子で言った。なにが気に障ったのかはわからないが、今は触れないことにする。「まだ聞いていなかった。あなたの名前は?」一番最初に聞くべきだった気がするが、タイミングがなかったので今聞くことにする。「私はヒューズ、カイエン。こっちが私の娘のスイープ、カイエンだ。」やっと名前を聞き出せた。この世界で生きる上で大切になることを願う。