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第75話「解放」


「セラちゃん、ごめんなさいねん……」

「ママ!ママ!しっかりして!!《エンプティヒール》!《エンプティヒール》!!待って!連れてかないで!!ママ!起きてぇ!!」


血泥で横たわるセラの前でパチンと扇を畳むはるなんちゅ。


無数のモンスターが隠れ家を取り囲み、同志が1人づつ殺され、闇に飲まれては黒い繭に包まれてまた生み出される。

それはセラもまた同じように。


「大丈夫、大丈夫よぅ。これで皆、ちゃんと向こうに帰れるんだから。」

「嘘つき!!嘘つきぃぃ!!!」


再びはるなんちゅが己の武器、『瑠璃孔雀の宝扇』を広げる。

美しい色味と無数の目のような模様が、セラの娘を絶望に誘った。


「アタシ、ちゃんとこの世界の神様から、そう聞いたの。《スポットライト》《おいろけアップ》」


「あっ……あぁ!!」

「本当にそうじゃ無いなら、迷った意味が無いの。大丈夫、心配いらないわん。未来ある若者である貴方と、貴方を守る母親のセラちゃん。皆で仲良く暮らすのよぅ?」


パチンッ。


無情に扇を畳み、背中を向けて歩き出す。


少女の視界は闇の繭から生まれた意識のない母だった人形とそれに手を伸ばす自らの手。


「(私、ママの所に行きたいのに、はるなんちゅさんしか見えない)」


横からその手を喰らうモンスターの口腔の中身を確認したのを最後に暗転した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ノイムさん!パンツ一丁でいかないでぇ!!」


「俺の隣に来い。お前の"推し"が死ぬのをそこで見てろ!!」


「……」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


どれだけ怒られるような事をしでかしても、叱るだけで、あんたは俺を馬鹿にしなかった。けど、何をしても何をやっても俺はアンタに勝てた覚えがねぇ。だから俺は兄貴が苦手だった。

苦手な理由はそれだけじゃ無い。


「あんたは本当お兄ちゃんと比べて情けない…!」「お前の兄はここまで酷い成績は劣らなかったぞ!」


おふくろ達にはいつも比較され貶され落とされ、真面目にやってても文句しか言われねぇ。ならサボって弱いものイジメでストレス発散するのは当たり前だろ。


大学に入る訳でもねぇんだから卒業出来たらそれで良いだろうが。


兄貴と同時期に始めたゲーム、『クラバトカルテットオンライン』

ゲーム開始から3年程経っているが、いまだにアップデートが3ヶ月に一回更新され続けストーリーも終わりが見えないゲームだ。

メインストーリーを最新話までこなしてエンドコンテンツにチャレンジする中で、俺はノイムと知り合いになった。


最初は夢中になった。そこら辺の雌とは違う毛色の女だと思っていたが、途中からただの痛々しいロールプレイ女だと気がついてから俺は冷めに冷めた。

少し口説くだけでも照れる自己肯定感の無さ。貶されてもプライドなくギャグに走って周囲の雰囲気を和ませに行く媚びた姿勢。誰かれ構わず話しかけにいく節操の無さ。


現実の藤葉伊乃夢は誰からも必要とされてない事を知ってる、その癖に馬鹿みたいにお人好しな偽善者だ。


一歩引いて物事が見えた日があった。あの女は男女関係なく表面的には仲良くするが一定以上踏み込ませない為の仮面としてノイムをロールプレイしていたのだ。

それに気が付いた時は肝が冷えた。

付き合っているのに俺は深い所に踏み込ませてもらえてなかった。そのせいで酷くイライラしてノイムが話しかけてきても愛想悪く振る舞う時もあった。

だから俺はこいつは反応の良い玩具だと思う事にしたんだ。



ノイムという玩具を見つけて数ヶ月後、俺はとある副業にのめり込んだ。

攻略ブログの運営だ。

金策や経験値が美味しいモンスター、イベントの攻略と報酬等々をブログに纏めてたら、アフィリエイトで小遣い稼ぎが出来るレベルになっていたのはいつの事だったか。

絶対兄貴にはバレないように。

今だけ、今だけは追いつかれない。

これだけは、兄貴にも真似出来ない。


いや、真似させねぇ。


転生した当初に俺がログインしたのは強いメインアカウントではなく、サブのブログ用キャラ、森人エルフのローゼリアだった。


丁度コロシアムにおける魅了耐性の検証中で、メイン職が旅芸人のままだったのが不幸中の幸いだった。

チームも俺の検証に付き合ってくれる信者の集まりだったお陰で、俺は中都市ツードで一大勢力を築き上げたのだ。そんな最中、堕神の神殿と角泣平野から謎のレイドモンスターが出現した。

その2匹はお互いを喰らい合い、一つになったと思うと真っ直ぐツードの街へ侵攻を開始した。

ガチ勢の命知らずが戦闘に参加を始め、信者に背中を押された俺も参戦した。

その最中だった。不運な事に魅了耐性が微妙にあるタイプのボスだった事が原因でタゲ回しが上手く機能せず、強力な攻撃が当たってしまったのだ。

その瞬間俺の身体から無数の薔薇が芽生え、周囲を侵食した。

信者が慌てて花の山を掻き分けるも、伸びるツルと開花する花のスピードは止まらない。

こんなバッドステータスは検証してきた中でどこにもない。新しい属性の呪いか何かだった。

無数の棘が血管に刺さり苦痛に悶える俺の目には最早茨しか見えておらず、目減りしていくHPMPゲージが見えていた。

こんな所で、俺は。


『起きなさい、森人の末裔よ』


目を覚ますと見た事も無いような美人がそこにいた。

声は妖精のように軽やかで、信じられないような美しい真珠の肌と夕焼けの桃色を思わせる吸い込まれるような瞳。艶やかで美味しそうな唇に、世界中のどんなモデルにだって叶わない豊かな胸と大きな尻のバランスが取れた美術品と見まごうその様。


『お願い、私を助けて』


そんな美人に頼まれたら断れる訳がない。

こくりと頷くと彼女は話し始めた。


『私は無理矢理スタディグ神に封印されて、堕神と認定されたスティングローズという女よ。他の神々は皆、スタディグに騙されているの。…私は神様になる前からスタディグの事を愛していたわ。…っなのに、なのに!スタディグはそれを利用して私を支配し使い続けた!そして、自分の所業を神々に知られたくなかったスタディグは私を封印したの!

私はなにも、悪い事をしていないのに!

…っ私は外に出たいの、この途方もない無限にも思える孤独から、私を、救って……』


ザメザメと大粒の水晶のような涙を流すスティングローズに、俺は決意した。


「俺が必ず、君を助ける」


《クぇストを受注しまシた》

《シスてムを再構築シまシた》


どこかおかしなシステムアナウンスが聞こえた気がした。


目覚めた俺は他の誰よりも強くなっていた。

覚えたての植物魔法で相手を拘束し、身の丈もある大剣を担いだ敵を魅了で洗脳し、持っている武器で自殺するよう指示を出す。モンスターは己の武器で身体中を傷つけ脳天と心臓を抉った後、絶命した。


「私の名前はローゼリア!!女神スティングローズよりこの世界に吉兆をもたらす為に蘇らされた第一の使徒である!!!」


そう宣言した俺に、大勢のプレイヤーが興奮したように叫んだ。


「「「ローゼリア!!ローゼリア!!ローゼリア!!」」」


そしてついでにクラバト攻略ブログの主だと証明した後、俺は女神スティングローズを助ける為に情報操作を行った。


『曰く、スティングローズは世界に豊穣をもたらす神で、所有物が己の元を離れる事を良しとしなかった狂神スタディグに封印された』


『曰く、スティングローズはこの世界から帰りたく無い者達へ祝福を授けてくれる』


『曰く、スティングローズは堕神の神殿に封印されており神の器ナイスとパラディール王族がこの地に縛られている限り復活は出来ない』


という話をスティングローズに言われた通りに流布した。


その結果人民は堕神の神殿に配備されてるNPCナイスをパラディール王族の護衛として追い出した。刃向かった王族は処刑した後復活させ、時限爆弾として作り直した。今はオーガリア大陸の大都市チュデスで王族が『芽吹いてる』頃だろうか。


俺は強くなったんだよ、兄貴。


なのに。


「たわしは捨てられる側でいる事をやめるのだ!」


その上俺がキープしてた女まで取りやがって。


次は俺からこの国の王という立場を奪うつもりなんだろ?ふざけてんじゃねぇよ。俺がどれだけ苦労したと思ってんだ?


二度と邪魔出来ないように、お前を殺す。

徹底的に絶望させて、二度と立てないように心を折ってやる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁ、ここにいるお前ら全員、魅力耐性防具を外せ」


「……外しませんよ」


「ピースター……てめぇ舐めてんじゃねぇぞ」

「ガァッ……!」

茨がソウルの身体を締め付け、血液が流れ落ちる。ノイムにも鋭い茨を差し向けて、その場にいる全員をマイクは脅した。


「どうぞご勝手に、僕にとってその2人はどうでもいい人間だッ!」

「やめてぇ!!!」


「たわし置いてきぼりか?」


次の瞬間横殴りにマイクが吹き飛んでソウルが解放される。


「一体何がッ!」「たわし衣類全部剥ぎ取るべきだったぞ」


足先をマイクの方からズラさず《チャーム・ローズ》を視認して再び魅了を受ける。

一瞬意識が飛ぶが、足装備の『状態異常を倍にして跳ね返す呪い』にエネルギーとなってチャージされる。


マイクはゲーム時代の”当たり前”に縛られて魅了耐性錬金がつく上半身と下半身装備を外させただけで安堵してしまったのだ。武器も装備していない義賊の攻撃力なぞ大した事もないと盛大に油断してくれた。


装備をホログラムに戻して再着用し反撃に移る。


「義賊の癖になんだよそのダメージッ!!」

「にいさまに近づくんじゃねぇぞこのクズゥッ!!」

ドガンと嫌な音を立てながら《チャーム・ローズ》と共に吹き飛ぶマイクに胴体装備の『透明な鎖を出す』呪いを突き刺して至近距離に飛ぶ。

さっきはにいさまを守るのに必死でここまで出来なかった。


「《弱点一刀》《皮膚硬化》《筋力強化》《均等加熱》《圧縮射出》!!」

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」


弱点一刀のスキルが示した先は……股間だ。


ライダーキックが股間に炸裂し更に足装備の呪いがマイクの金玉を襲う。


ガードしようとする茨は軒並み均等加熱で萎れ威力を無くして縮み下がった。


「やめ゛で!!もう゛や゛めてくれ゛!」

「うるせぇ!性転換してはるなんちゅコースだぞマイク!」


容赦なく《圧縮射出》を繰り返すと、壁に縫い付けられたマイクの背後に咲く《チャーム・ローズ》が輝きを失い枯れていく。


「ノイムちゃん!ローズドラゴンもう1匹討伐完了したよ!」

「了解!あ?まだ抵抗すんのかゴラァ」

「ヒィッ…」

周囲の茨がたわしに向かって伸びたので猛毒の呪いが付与された爪で茨全てを切り取る。全てを腐らせる猛毒が脊髄から生えた茨を通じてマイクの身体を侵す。


HPが1になった瞬間限界を迎えたマイクの意識が無くなる。毒の状態異常はHP1を残す呪いのような症状だ。

時間経過解除なのではるなんちゅと合流するまでは定期的に爪でチクチクして気絶状態を継続させる事にした。


「ノイムさぁん…良かったですぅ…ズビっ、それにしても何故…?」


「あー……たわしの下半身装備は消臭ビーズみたいに周りの状態異常を吸着するだけなのだよねぇ。足装備無かったら危なかったな?」

「こっちまで騙されたじゃないですかぁ…」


ローゼリア討伐により周囲でバタバタと倒れる人が続出した。MP切れには魔法の聖水を振りかけ、集中力が切れた人は休ませる。


魅了耐性装備は全員に行き渡っていたようで、これでもう……。

「誰か回復魔法を!!切っても再生しちまう!」防具鍛治ギルドの壊れた大扉の前でワードさんが叫ぶ。

その腕の中にはぐったりと倒れて真紅の薔薇が腹部に咲いたヒメカツがいた。


「《ポキュア》持ってる人手伝って欲しいのだ!」


キャベ薬草を料理人のアイテム、包丁でカットし苦しむヒメカツの口に放り込んで薔薇の根本を爪装備で切断する。

腹部に張り巡らされた根が腐り、肌の色が紫に沈んだ直後に解毒魔法の《ポキュア》が飛んでくる。


「ワー……ド」「ヒメカツ、すぐに助けられなくて、ごめ」


ヒメカツがワードの口を麗しい唇で塞いだ。



「生きてて、良かった」



顔を盛大に赤くしてカチコチになったワードさんとまだ朧げな意識のヒメカツのハグが行われるのと同時に、城へ張り巡らされた茨の呪いが花びらを撒き散らして散り散りになる。2人を祝福するように光が外から差し込み明るく照らした。


けど、まだたわし達は知らなかったんだ。







女神スティングローズの魔の手が、すぐそこまで迫っていたことに。



長らくお待たせしてしまい申し訳ありません。

次章が最後でございます。

ノイム達の選択に、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

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