第57話「強くなりたい」
〜はるなんちゅ宅〜
姉であるノイムが旅立つ予定の朝、風呂に浸かっているかざむは考えていた。
「(俺は、弱い)」
幼いなりにどうやったら強くなれるか考える。
「(こっちは経験値稼ぐ事自体が危険そうだし、体を鍛えるのはどうかな?)」
現実世界では授業として毎日農作業があったので筋肉はついている方だったが、ゲームの体になってから農業はやっていなかった。
お陰で筋肉痛に悩んだので、風呂に入る事でほぐしていたのだ。
「(あとはテロルちゃんがくれた巨大草の観察かな。上手く育てばいざとなったら登って避難できるようになるかも)」
この住宅村ツユカゼ地区ははるなんちゅさんと俺による農地開発が行われている。
まだまだ小さい農地だけど、はるなんちゅさんが連れてきた人達が来てから効率が格段に良くなった。
「(薬草は育てられないかなぁ)」
自発的な回復手段が無いと何をするにも危ない。
薬草栽培が出来るかどうか調べようと決意した。
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アイテムバックから薬草を取り出し日陰に植える、その隣は黒い布で覆われた薬草を作った。
そして建物の陰にならない位置にある畑へ薬草を植え付ける。
隣には白い布で出来たテントに覆われた薬草がある。
日照度によりどれくらいの光が1番育ちやすいかの実験だ。
ばらつきがあっては参考にならないので三ヶ所ほど似たようなものを設置する。
楽チンジョウロを握り地面を湿らせようとして、手を止めた。
テロルに実験フラスコをジョウロ代わりにもらった事を思い出したからだ。
今回に限ってはジョウロを使用すると使い勝手が悪いので初心者シリーズの実験フラスコを使って水を撒く。
水が入ったままアイテムボックスに複数入れられるのでとても便利だ。
楽チンジョウロは畑に使うと畑一面に極小の雨雲が発生して雨が降り消滅するシロモノ。
みんなは足下に薄い雲が発生して広大になった畑を一部湿らせた程度だったのに、自分のは頭上に雨雲が発生してゲリラ豪雨に見舞われた。その代わりみんなよりも沢山の面積に水をあげることが出来る。
「俺のジョウロ壊れてるのかなぁ?」
朝風呂に浸かる前、メイン畑に水は撒いた。
次は堆肥の確定だ。
家具アイテムで作りあげた耐震性のまるで無い小屋に足を運んでいく。
扉を開けるとあのなんとも言えない汚臭とわずかに発酵臭を醸し出す物体が鎮座していた。
ここにあるのは肥料アイテム、牛のふんを使用した牛糞堆肥なのだが。
「(……昨日作ったばっかりなのにもう酸っぱい臭いがしてる?それに、なんでこんなにこの中暑いんだ?)」
せっかく朝風呂に入って寝汗を流したのに、1分もたたないうちに汗が頬を撫でる。
ピクピクとキャットシーの可愛らしい小鼻をひくつかせて匂いを嗅ぐと、再度漏れ出る発酵臭が確認出来た。
牛糞堆肥は最低でも三ヶ月は発酵期間が必要な筈だ。明らかに発酵する速度がおかしい。
詳しく調べようと土を掬いとろうとする。
軽く触れた瞬間、あまりの熱さに手を引っ込めた。
「ありえないでしょ、これ」
作り出してから一日の経過、リアルなら、この状態になるまで2ヶ月は掛かる。
慌てて土の切り返しを行うべく、スコップとクワを取り出して作業をし始めた。
暑くて暑くて、早く作業を終えようと必死に切り返す。
切り返しを行う程、温度が上昇していく。
彼は知らない。
堆肥小屋の中が、80℃の微生物致死域に達している事など。
荒い息が小さな口から漏れ出る。
汚物の匂いはもう一切無く、代わりにツンとする発酵臭ばかりが目や鼻に刺し込んで、汗以外の様々な汁も流させる。
目が痛い、鼻の奥が苦しい、喉が焼けるように痛い。
でも、やらなきゃ。
俺には、これしか出来ないんだから。
10分後、決死の頑張りのお陰で切り返しが終わる。
スコップやクワを片付ける事なく置き去りにして小屋から出る。
フラフラと足取りがおぼつかない。
息が難しい。小屋のドアを閉める事すら放棄して小屋の前に倒れこむ。
「コウモ、リブタ」
僅かな掠れた声で名前を紡ぐと、視界の外から緑色のコウモリブタが現れる。
足に赤いスカーフが巻かれているので、今回きたコウモリブタはイノキだとわかった。
「イノ、キ、はるさんを連れて、来て」
それを最後に、俺は意識がーーー
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「なんでこんな事になっちゃったの」
姉に連絡しようとフレンド通話をかけた直後、いきなり出現した緑色のコウモリブタにめちゃくちゃビビって近寄れなかった。
初めて異世界で遭遇する魔物。殺される可能性を秘めた獣。
恐ろしさのあまり家具の机によじ登りコウモリブタから距離を取る。
そんなの御構い無しにトコトコ歩み寄ってきて、俺の目をジッと見つめてくるコウモリブタ。
俺の警戒が解けるまで待ってくれるのだろうか。
そう思うとすごく怖かった異世界の魔物であるこの子が、なんだかとても可愛く見えた。
恐る恐る手を伸ばすとゆっくり歩み寄って手に鼻を押し付けてくる。
ちょっと湿ってて、スンスン生きてる音がして、面白い。
噛み付いたりとか、そんな事は無かった。
机から降り、もう片方の手を頭に伸ばして撫でると、毛繕い下手な野良猫の毛並みのような触り心地だった。毛は抜けなかった。
「……少し元気出た、怖がってごめんね。コウモリブタ」
まんまるな身体に頬ずりするとお日様の匂いがした。
コウモリブタが目を細めて頬ずりを受け入れてくれているのがわかる。
「そうだ、コウモリブタじゃ呼びにくいから名前つけよう!何が良いかなぁ」
コウモリブタを腕に抱えながら唐突に名前をつけようと考え始めた。
取り留めもなくミドリやらブタミやら色々考えて、ふと、出会ってから元気になれた事を思い出す。
「そうだ!ねぇコウモリブタ!イノキってどう?」
腕の中にいたコウモリブタは俺の目をしっかり見て頷いた。
「じゃあ今日から君はイノキだ!」
アイテムバックにたまたまあった、職人素材の赤い布切れをイノキにつける。
イノキが一緒なら、きっとこれからの冒険はきっと怖くない。
そんな想いは、窓の外に現れた中レベルモンスターの姿を見て霧散した。
「いのむちゃぁぁあん!!」
勝手に通話モードに切り替わっていたイノキの鼻から、コール音が聞こえた。
「イノキ、俺このまま閉じこもってて良いのかな」
イノキがいないと心細くなって、ログハウス風家屋の隅っこでイノキを呼び出していた。
外から襲ってきた怪鳥の鳴き声がボーフゥの町全体に木霊していて、対峙した恐怖を身体が思い出す。
そんな震える俺の腕から這い出たイノキがコウモリのような羽を使って飛び上がった。
棚に置かれていた植木鉢を前足でつつき落とし、器用に頭へ乗せて持ってくる。同じ家屋にいたプレイヤーがギョッとしたようにイノキと俺に目線を向けていた。
イノキは俺の側に降り立つと、これまた器用に植木鉢を羽を使って地面に降ろす。
「園芸、確かに得意だけど」
イノキがうんうんと頷くと、またもぞもぞと腕を押し上げて、腕の中に収まった。
「あ!イノ…あれ」
呼び出したコウモリブタがイノキじゃない事に気がついた。赤いスカーフをイノキはつけているからだ。
「イノキは?」
目の前のコウモリブタは首を捻ってわからないと表現した。
「そっかぁ、イノキに会いたかったけど仕方ないや、テロルちゃんに通話かけて!」
プルルルル、とコール音が響いてーーーー。
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「きゃぁん?!もうー!何よこの子ぉー!
やだわぁん!!痛いからぁ!?」
はるなんちゅに飛来しつつドスドスと頭突きをかましてくるコウモリブタの尋常じゃない様子を身に味わいながら痛がりつつも表札を見る。
「かざむちゃん?どうしたのん?」
声を出すが返答がない。いつのまにかコウモリブタが背中からドスドスと一方向にアタシを押してくる。
ーーこの、コウモリブタもしかして。
異変が起こってる事を察知した。
「案内しなさい!かざむちゃんの所へ!!」
コウモリブタがすぐに移動を開始した。
本殿から5分程の距離にある堆肥小屋にたどり着く。
強烈な発酵臭と、熱風が小屋から放たれていた。その前には。
「かざむちゃん!しっかりなさい!!」
お風呂に入れられた猫ように、ほっそりとした体のライン。鼻から耐えず流れ落ちる黄色の鼻水。毛が薄い目頭と目尻は赤色に充血し、幼げな顔を歌舞伎めかせていた。
倒れたかざむを慌てて抱き上げる。
「ッ!熱い……!!」
触れない程では無いが、それでも熱い。
手離したい気持ちと、身体の反応を抑えつけながらかざむを抱え直し、すぐさま本殿に連れて帰る。
今にも消えそうな浅い呼吸と小さな脈を感じ取りながら、家具の布団を玄関に設置してかざむを寝かせた。ワードに作ってもらった氷を氷室から取り出して、掛け布団の上に乗せる。氷に直接うましおソルトを振りかけると、化学反応でグンと氷の温度が下がる。
素肌に触れないよう掛け布団をたたみ、それをかざむの頭の下に差し入れた。
チームメンバー画面から、かざむのステータスを見る。
「体力の最大値が390で、今が、13、MPが0……一体何があったのよ……!!」
バッドステータスは無いのでダメージはもう入らないと思うが、寝かしていて体力が回復するかどうかもわからない。上位のHPMPの回復薬、精霊の飲み薬を半開きの口へゆっくり流し込み、様子を見る。
かざむのステータス画面数値が緩やかに上昇を開始する。
少しずつ精霊の飲み薬を与え続けると、次第に呼吸が浅く深くを繰り返しし始める。段々と脈が力強くなった。体の熱も引いてきて、もう我慢せずとも触れる。気候が穏やかな場所にある桃桜の葉アジトが、かざむから放出された気熱で少し暑いような気さえした。
ツツーっと汗が滴り落ちる。
そうする事数十分。不安定だった呼吸がゆっくりと深く吸い込むリズムに変わって安定したのがわかった。
「もう、大丈夫ねん……。っっはぁーー……」
脱力感が、アタシを襲った。
何とかなって、良かった……。
夏休みが欲しい…




