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第三章 ~最後の報告~

第3章

 翌朝、堅吾が通学のため1階に下りてきた時、インターホンが鳴った。玄関扉の向こうには、門扉の前で立ち並ぶアルマエロ達の姿があった。訪問者が誰か、知ったとたんに堅吾の表情が険しくなる。

「まだ何かあるのか?」

門扉越しにぶっきらぼうに訊ねる。

「きのうのあやまりに」

アルマエロが、昨日よりは滑らかに日本語を話す。

「何を?」

堅吾は尚もぶっきらぼうに訊ねる。

「わたしが、むしんけいなことをいった」

プリヌフがおずおずと答える。

「ああ、確かに、無神経だったかもな。でも謝らなくて良い。俺にはどうでもいい」

横の車庫の門扉を開き、鞄を籠に押し込んだ自転車を引き出しつつ答える。その肩に、アルマエロの手が触れた。

「どうでもいい、わけではない。わたしはあなたとはなしがしたい」

「こっちに話す事はない」

顔を向けようともしない堅吾の前へ、プリヌフが回り込んだ。

「あいさつしなかった。わたしは、プリヌフ・エルティア・カルシアム。あやまらせてほしい。ごめんなさい」

頭を下げる。あの記録メディアには簡単な礼儀作法等も説明されていたのであった。

「…判った。謝罪は受けた」

面倒臭げに言い自転車を押し始めると、プリヌフは脇へ退いた。自転車に跨り、軽快に漕ぎ出す彼の背中を見送っていると。

「アルマエロさん、プリヌフさん」

玄関先で出勤姿の堅一郎が呼び掛けてくる。振り返る2人に、笑顔で手招きする。その仕草に2人は一瞬視線を絡ませたのち、ゆっくり近付いていった。

「息子に謝罪に来て下さったのですね?」

「はい」

プリヌフが頷く。

「そうですか。実は私も話がしたかったのですよ。昨夜は少し、感情的になってしまいまして」

どうぞ、と家の中へ招き入れる。2人は堅一郎の後に従った。


 教室に入ると、田辺が騒いでいる姿が目に入った。興奮気味に手にした写真状の物を誰彼構わず見せて回っては、苦笑されたり逃げられたりしている。面倒臭そうなので声を掛けずに席に着くと。

「おお、お早う、我が友よ!」

変わらぬテンションのまま、田辺が近付いてくる。小さく溜息をつく堅吾であった。

「何だ、朝から」

振り返るその眼前に、写真が突き付けられた。それはスマホの写真をプリントアウトしたものであった。住宅街の路上から空を見上げたアングル。茜色に染まる雲が一部、揺らめいている光景である。

「なぁ、この前話した事、覚えてるか!?」

「この前?」

「ああ!昼休みに話したろ!?ほら、UFOの話!」

「…ああ」

少し不愉快そうになった堅吾にはお構いなしに、田辺は尚も畳み掛ける。

「お前半笑いで聞いてたよな?ところがもうそうはいかないぞ!遂に、決定的証拠を手に入れた!」

「それが、これか?」

「ああ!土曜の夕方部活帰りにな!妙な物音がした気がして見上げたら、これだ!」

写真を目にしてすぐ、それがアルマエロ達の連絡艇であろう事は、堅吾には推察出来ていた。なぜなら昨日目の当りにしていたのであるから(実際には見えてはいなかったが)。田辺が聞いたであろう音を耳にし、2階の窓からそれを、見えないそれを見たのであった。「良く撮れたな…」

「これはきっと宇宙人からのメッセージだ!誰も信じてくれない俺に、『お前は正しいのだ。胸をはるがよい』って女神様みたいな宇宙人が語りかけてきたのを聞いた気がする!」

「そういう事言うと、余計信じてくれないぞ…」

溜息混じりの堅吾。HRのチャイムが鳴る。

「よし!親友の君にこれを進呈しよう!何、幾らでもプリント出来るんだ、とっておきたまえよ!」

写真を堅吾のワイシャツのポケットに押し込み、席へ戻ってゆく。それを取り出すと、堅吾は一瞥し田辺に見えないよう握り潰したのであった。


 「お待たせしました。実は昨日、これを渡しそびれまして」

書斎で暫く探し物をしていた堅一郎は、やがてリビングのソファに昨日の様に向かい合って着席するなり、緊急キットに入っていたのと同様袋入りのメディアを渡した。

「これは?」

「美真名が、自分を救出しに来た者に渡してくれと。息子を出産後、妻が体調を崩した事は昨日お話ししましたが、余命がどれ程か判らないなか、自分の体験した事を報告しておきたい、と」

受け取ったアルマエロは、ためつすがめつ眺めていたが、プリヌフから情報端末を渡されスロットに挿入すると額部に装着し、少し躊躇いがちにスイッチを入れる。

<メディア読み取り開始>

これも昨日同様、装置が実行開始する。今度は映像と音声を普通に再生するものであった。眼鏡部分に少し窶れた、懐かしい顔が現れる。しかし、彼女の記憶と異なる点が1つ。髪が艶やかな黒色なのであった。

<この映像を目にする者が、誠実なる帝国臣民である事を願う。我はミマノロ・ポロク・アッシクル。クロスプ皇太子私兵団第4軍団第21機甲師団第51機甲騎士大隊所属の小隊長を務めた一等操士であった>

ベッドに腰掛け、語り掛けてくるその顔色は悪く、体調が優れないのが一目で判る。

<我が余命がどれ程か判らぬ現状なれば、これが最後の報告となるであろう。この地球と呼ばれる母星ははぼし型惑星に我が漂着して、この惑星の周期で4年となる。この祖国より遙か隔絶した地で終焉を迎える事は遺憾ではあるが、この地でのみ得られたであろうものもあるゆえ無念さは無い。ただし、1つ慚愧に堪えぬ事がある。それは、我と共にこの惑星まで漂着した輸送艦の搭乗員達が全員死亡した、という事である……これより、その顛末を語る>

心身共に辛いのであろう、苦しげに1つ咳き込み涙ぐむ。それをそっと拭い、向き直った。

<…失礼した。正統歴722年11月21日、我は強襲揚陸艦アッシーラ・クルスー0048に搭乗し、連合の強行偵察艦隊とナンニヌ・フスラ恒星系宙域で戦闘を行った。その最中、母艦は大破し、機甲騎士操士を含む生存者は全て友軍艦に収容された。その間我は有人状態で敵の追撃を防いだ。連合側が撤退を開始した時には、我は友軍艦隊より引き離されており、友軍艦隊は宙域を離脱しようとしていた。我は取り残された。そこは正規航路から大きく離れており、救出される可能性は低いと思われた。我は乗機クロイスパイアヌⅠ(いっせい)ー0008を休眠状態とし、我も擬似冬眠に入った。遭難信号を出せば連合に気付かれると考え、発信しなかった。この様な状況で、結果的に我は幸運であったと言える。140時間程後に、輸送艦ペスロ・アクタリスヌ・カッソスー0028に救出されたのだ>

と、ここで少し口ごもる。浮かない様な表情で、再び口を開いた。

<この件に関しては、少々気に掛かる事がある。この艦はタナニミア公私兵団所属であったという事だ。公領より遠く隔てたこの宙域を、何を運ぶ為に航路としたのか。積み荷に関しては一切知らされず、行動も制限された。それでも我が命の恩人ならば、気にせぬよう心掛けた。しかし、この後我はそれを知る事となった。再び連合>

再び咳き込む。今度は先程より激しい。

<…れ、んん、あー、失礼。連合の襲撃を受けたのだ。我は戦ったが、戦力は我が1機のみ。戦力差は大きく、護りきれなかった。輸送艦は破損し、原因は判らぬが空間跳躍機関が暴走した。艦橋より異常事態を通知され、緊急にクロイスパイアヌⅠー0008を収容後間もなく、輸送艦は制御不能の空間跳躍に入った。でたらめな連続跳躍を繰り返し、復旧するまでに艦は帝国の領域を遙かに離れていた。その様な状況で通常空間に復帰出来た事は僥倖という外あるまい。そして、更なる僥倖と呼べるのは、この地球という惑星を発見した事であった>

カメラから視線を外し、遠くを見る様な目になる。

<我らはこの惑星に降下する事を決した。母星の消失後、夢に見、焦がれてきた母星型惑星が眼下にあるのだ、誰もが狂喜乱舞した。しかし…我らは直後己の迂闊さに足下を掬われる事となる>

一転して陰鬱な表情に。

<我らは、母星型惑星への降下を、甘く見ていた。降下速度や突入角度等は算出出来ても、艦は通常の状態でなく、戦闘による損傷の修復も、あくまで応急措置程度であった。外部重力制御も不充分であったろうか。ともかく、大気層突入後間もなく、応急修復の外鈑が剥落した。そこから吹き込む高温の大気により貨物室から有毒ガスが発生し、通気管を通り艦内に充満した。それを浄化する筈の生命維持機関も故障し、我を除く搭乗員達は全員、中毒死した。我は操縦席で待機しており難を逃れた。しかし、安堵や悲嘆に費やしている時間は無かった。艦周囲の気流の状態が変化し、軌道がぶれ始めたのだ>

苦しげに何度か深呼吸。

<……我に選びうる手段は、多くはなかった。機甲騎士による軌道の維持。操縦席と艦の官制機構を連結し、その指示に従いつつ艦底に張り付かせた我が愛機で軌道維持の操作を行った。我が愛機は高速機動用ゆえ推進機も強力で、他の機甲騎士よりは向いていたであろう。軌道は維持出来たが、想定外の使用法により副制御機構が悉く死んだ。 動かなくなった機体を艦外のアームで回収し、我は着地点について逡巡した。陸地では艦体が保つまい、とはいえ深い水の中では脱出出来ぬ。周回軌道を変更する余力もない。結果的に我が選択したのは、この付近の湖であった。艦の官制機構に着地点を設定すると、艦は減速し、目的地に着水した>

一息つき、瞑目する。報告が結末に近付いているのが感じ取れた。

<操縦席を出た我は、生存者を求めた。まずは貨物室を見回った。そして、水没してゆく2機の見知らぬ機甲騎士を見つけた。恐らくはタナニミア公の試作機であったろう。これをどこに運ぶつもりであったのか。今となってはどうでも良いが。他に小出力であろう電磁集束砲が2門。試作機用であろう。艦橋や居住区画も回ってみたが、生存者には巡り会えなかった>

瞑目したままの目頭に光るものが。と、扉の開く音と共に、幼児のはしゃぐ声。

「ああ、堅くーん、こっちこっちー」

これまでの軍人然たる低く堅苦しい母国の言葉から、高く明るい、母親の発する日本語へ。フレームアウトすること暫し、慈愛に満ちた笑顔で1人の幼児を抱え戻ってくる。

<誠実なる帝国臣民よ、1つ願いを聞いてはくれまいか?報告を行う際には、この我が子と我が夫には言及せず、伏せておいて欲しい。また可能ならば、我が友アルマエロ・クオリスチア・プルニエゴにのみ全てを話して欲しい。以上、貴君の旅路の平らかならん事を祈る>

幼い堅吾を横に置き、最後に真顔となって敬礼をし、カメラを切る。ミマノロの最後の報告は、こうして終わった。スイッチを切り、ゆっくり、情報端末を外す。

「ミマナ…」

溢れ出す涙を拭う事もせず、プリヌフに手渡す。

「これを」

堅一郎はハンカチを差し出した。受け取り、顔を覆う。

「…この頃、特に調子が悪くてねぇ。この後、少し持ち直して普通に生活出来るまでになっていたのですが…」

「…なぜ、しんだ?」

「…」

顔からハンカチを取ったアルマエロは、堅一郎が酷く陰鬱げに俯いているのを見た。

「なにかが?」

「…美真名は、妻は、誰かに殺されました。もう10年になります」

「!わたしたちの、てきに!?」

「よく判りません。ですが、恐らく違うでしょう。お恥ずかしい話ですが、私と同じ地球人だと思います」

恐縮した様に頭を下げる。

「なぜ、そうと?」

「殺人犯を示す様々な証拠が、以前から連続殺人を繰り返してきた人物と一致しています。未だ逮捕されていません。目撃者はいるのですが…」

「もくげきしゃ…みたひとが?」

「はい。ごく身近に」

「それは、だれですか?」

「…息子の、堅吾です」

落ちてきた沈黙。その静寂を、プリヌフの嗚咽が埋めたのであった。


 放課後になった。

「また明日な!」

堅吾に短く別れの挨拶をし、田辺は部室へと足早に教室を出て行った。その背中を見送った堅吾も、気怠げに帰り支度を済ませ、立ち上がった。教室を出、階段の方へと歩いてゆくと。

「芦屋さん」

昨日聞き、今日からは聞かずに済む筈の声に呼び止められた。

「…警告した筈だ」

ゆっくり振り返る。そこには田中姉妹が並んで立っていたのであった。

「もう俺に関わるな」

「そうはいかない。貴方の家に置いていった物を返して貰う」

芳子が前に出、堅吾を睨み付ける。

「そんな事言える立場か?あんな事しといて」

リビングで発砲した事を指しての発言であった。

「あの銃弾は、この惑星の物とは違う。問題ない」

「警察が調べても、か?俺達には大問題だ。脅されて怪しい機械を着けさせられるところだった。また痛い目を見たくなけりゃ、警告に従え。今度は銃は無いだろ?」

小馬鹿にした様に言い放ち、前に向き直る。

「少し油断しただけ!今度はああは行かない!」

「芳子さん…」

珍しく感情を露わにした芳子に、戸惑いの表情を見せる花子。堅吾は振り返らない。

「油断、ね」

小さく呟いた、と、不意に振り返る。それとほぼ同時、という感じで、芳子の額に何か軽い、しかし角張った物が当った。

「?」

床に落ちたそれは、丸められた写真であった。開いてみると、田辺が撮影した物であった。

「どうした?油断しないんじゃなかったのか?」

再び前に向き直ると鞄を持ち直し、歩き出そうとした堅吾の背中に、花子が呼び掛ける。

「これだけは言わせて、ありがとう!」

肩越しに堅吾は花子を見た。

「何の事だ?」

「昨日、私達を助けてくれたでしょう?だから、そのお礼を言わなくちゃ、って」

暫し黙考ののち、堅吾は彼女の言わんとしているところを理解した。

「家で流血沙汰はご免だっただけだ。助けた訳じゃない」

「それでも良いわ。ありがとう」

深々と頭を下げる。それを尻目に、堅吾は歩き出した。

 帰宅し、自転車を車の横に入れる。玄関扉の前に立ち何気なくノブを回してみると、扉は開いていたのであった。

「…鍵の掛け忘れか?」

扉を開け中に入ると、リビングの扉から廊下に光が漏れているのが見えた。

「親父、会社休んだのか?」

靴を脱ぎ上がると、リビングへ直行する。

「親父、今日は休みか?」

室内を覗き込むと、そこにはソファに向かい合って腰掛け、母国の言葉で話し合っているアルマエロ達の姿があった。

「…何でここにいる?」

「ああ、お帰り。お父さんから、帰るまで、居るよう言われた」

未だイントネーション等怪しいところはあるが、今朝よりもなお上手になった日本語で滑らかにアルマエロが説明する。

「親父が?…そうか」

「ああ、堅吾君」

踵を返しかけた堅吾へ、プリヌフが声を掛けた。

「ん?」

「…今日、お母さんの、最後の報告を、見た。改めて言う。ご免なさい」

頭を下げる。

「…判ってんならいい。この話はこれまでだ」

今度こそ踵を返し、急ぎ足で2階へ上がっていった。


 「うん、これで良いと思うよ」

書類を黙読していた堅一郎は、顔を上げるなりその男に言った。年の頃は30代半ばか。ワイシャツはくたびれ、淡い色のネクタイに小さなカレーか何かのシミが目立つ。身長は低く、ぽっちゃりめの体型が余計目立って見える。

「そうですか。ではこれで資料を作成します」

「頼むよ。あと、今日は済まなかったね。急に午前半休を取って」

「いいえ。リーダーも有休消化しないと。どうせまた来月から忙しくなり始めますし、骨休めも必要ですよ」

言いつつ浮かべた笑顔は、引きつった様でどことなく気色が悪い。

「梅木君にそう言って貰えると助かるよ。なら、どうかな、明日あたり、久し振りにウチに来ないか?随分息子ともご無沙汰だろう?」

そう言われて、笑顔がまた引きつる。この男、梅木うめき 辰巳たつみは、10年以上堅一郎の下で仕事をしてきていた。

「はぁ、伺いたいのは山々なのですが。まぁ、プライベートで色々と」

「女性かね?」

「はぁ」

照れた様に頭を掻く。

「そうか。それでは仕方が無いな」

にこやかに頷く堅一郎に、何度も済まなそうに梅木は頭を下げたのであった。


 時計は6時を回っていた。宿題を終えた堅吾は、ダイニングへ向かった。途中、リビングを覗き込むと、アルマエロ達は先程と変わらずそこにいた。

「食事作るんだが、食べるか?」

何気なく訊ねてみる。

「食べ物?ここにある」

アルマエロの指さすテーブルの上を見ると、ビニール状の袋でパックされた物が2つ、それぞれの手元にあった。

「何だ、非常食か?」

よく見ると、透明な袋の中には、アーモンドチョコレート大程の、色とりどりのボールが6つ程入っている。

「それで済ますのか?」

どぎつい色のボールを気色悪そうに見ながら訊ねる。

「はい」

「それで腹が膨れるのか?」

「何度か噛んで呑み込むと、胃で膨らむ。栄養も計算され、味も色々」

「そうか。それで満足なら結構」

リビングを離れようとした堅吾を、しかしプリヌフが勢い込んで立ち上がり、大声で呼び止める。

「しかし!残り少ない!ここに留まる為に食べられる物の検査をした!」

「検査?どこの?」

「ここの!」

足下を指さす。

「ウチのか?で、どうだったんだ、結果は?」

「全部大丈夫!」

嬉しげに力強く頷きながら。

「そうか。まぁ、あんた達と同じ異星人の母さんが食ってた物ばかりだからな。ところで、食べちゃいけない物とかあるのか?宗教上の理由とか」

「しゅうきょう?…特に何も。好き嫌い出来る余裕はない」

「好き嫌いとも、ちょっと違うが…判った、適当に食ってけ」

リビングからダイニングへ移り、料理の準備を始めた。

 40分程で夕食の用意は調った。

「出来たぞ」

リビングに声だけ掛け、ダイニングへ戻る。皿やスプーン、フォーク(アルマエロ達が箸を使えるか判らなかったため用意した)、自分の茶碗や箸を用意している間に、アルマエロ達はやってきた。プリヌフは浮き浮きしているのがよく判る。

「まず手を洗ってな」

キッチンを指さす。2人はそれに従い移動したものの、流しの前で戸惑っている。

「こうするんだ」

2人の傍らで蛇口から水を出し、手を洗ってみせる。蛇口を閉め目の前のタオルで手を拭くと、ダイニングに戻った。不思議そうな顔で、2人は手を洗っていた。

「そっちへ」

手を洗い終えテーブルへやって来た2人に、スプーンとフォークの用意された席を指し示す。堅吾の席はその向かい。テーブルの中央には、大皿に盛られた豚肉と野菜の炒め物。胡麻油の芳ばしい香りが食欲を誘う。その隣にトマトとレタスで適当に作ったサラダ。こちらも胡麻のドレッシング。あとは通学途中にあるスーパーで購入していた総菜類が、パックのまま何点か。

「あんた達は、こっちで良いか?」

袋から幾つかバターロールを取り出し、2つの皿に分け2人に差し出す。

「良い、香り」

皿を受け取りながら、プリヌフは深呼吸した。頬が弛む。

「そうか…」

心なしか堅吾の表情が優しくなる。

「プル、弛みすぎ」

アルマエロの冷静な突っ込みに、我に返ったプリヌフは頬を朱に染めた。

「す、すいません」

ペコリ、という擬音が当てはまる様な、頭の下げ方であった。

「美味いと、良いけどな」

頂きます、をして箸を手に取る。それに続いてアルマエロ達も料理に手を伸ばす。

「おい、しい!この肉は?」

フォークで野菜炒めを刺し、口にするなりプリヌフが訊ねてくる。

「豚肉だ。野菜はキャベツとにんじん、玉葱」

自分も箸で茶碗に取りつつ答える。

「この味は、携帯食にはありません」

野菜炒めを呑み下し言うと、パンを千切り出すアルマエロ。

「サラダもどうだ?」

箸を出しつつ薦めると、プリヌフのフォークがトマトを突き刺す。

「鮮やかな色…どんな着色料を使っている?」

堅吾は笑顔で首を振った。

「そんな物使ってない。使ってたら大変だろう」

「たいへん?」

「ああ。ここじゃ生の野菜に着色料は使わない。まぁ、逆に野菜から色素を抽出して使用する事は、あるそうだけどな。もし使ってたら、その生産者は信用を失うだろう。いや、逮捕されるかな」

「しんようを、うしなう?」

今度はアルマエロ。

「生野菜みたいな物は、新しさを見極めて買わなくちゃならない。もし着色料で色をごまかせたら、何が新しいのか判らなくなるかも知れない。そうなったら、その生産者から買おうってところは確実に減るだろう」

「そういうものか…」

プリヌフはトマトをフォークから抜き取り、しげしげと眺めた後口に放り込んだ。遂に堅吾は吹き出した。

「かっこうがわるい」

アルマエロが窘める様にプリヌフに言う。

「すみません…しかし、美味しい」

「そりゃ、良かった」

笑いを収めるのに苦心しながら、堅吾が答える。その様な調子で、食事は進んでいった。

 7時半過ぎに、堅一郎は帰宅した。書斎に鞄等を置き、ダイニングへ入ってくる。

「ああ、美味そうだ」

テーブルの上を一瞥し、キッチンで手を洗う。

「お帰り」

食事が済み、食器をキッチンに運びながら堅吾が軽く声を掛ける。

「お帰り、なさい」

「お待ちしていた」

着席したままプリヌフとアルマエロが続く。2人の前には牛乳を注いだマグカップ。

「お待たせしました。すぐに食事を済ませますので。ああ、堅吾もちょっと残ってくれ」

堅吾は小さく、ああ、とだけ答えた。小さく、頂きます、をして食べ始める堅一郎。その横に、堅吾も着席する。暫くは、静かな時が流れた。

「…ところで、いつ帰国なさるのですか?」

皿の上の野菜炒めを箸でかき集めながら、堅一郎が訊ねる。

「現在、私達に帰るところは、無い」

「無い?」

箸を止め、顔を上げる。

「私達は、逃げてきた」

プリヌフが、上の空の様な目つきで言った。

「それは…何か、犯罪の様なものに関与したとかで?」

言葉を選びつつ、堅一郎が訊ねる。

「私達は、犯罪ではない!むしろ執政の方!」

頬を紅潮させプリヌフが反駁する。

「執政?貴女方はどういった理由で」

「ミマナは話さなかった?私達の、体制について」

アルマエロが物静かに話を引き継ぐ。

「はぁ…何でも、皇帝を頂点とする帝国、としか」

「そう。しかし、今は皇帝は空席。1年半、この惑星の周期でそれだけ前、死んだ」

「皇帝が?そういう場合、日本では崩御と言いますが」

「ほう、ぎょ?」

「はい。特定の身分の方にのみ使用する言葉ですが。それで、皇帝位を誰も継がなかったのですか?」

「継げなかった、のだ。皇太子は、執政の反逆により自ら死んだ」

「自害、ですか?それで、その執政が皇帝になろうと?」

「なれない…話を、整理する。アテロスヌチアⅡ(にせい)皇帝には、6人の子がいた。長男の皇太子クロスプ、次男のガリニスタ、長女のヘリニスト、三男のハシニヌス、次女のメニナリタ、四男のタナニミア。この6人は、それぞれ領地と私兵団を持っている、いた?私達は皇太子の私兵団に、いた。皇帝が、崩御、し、皇太子が継ごうとした、時、ガリニスタは、反逆した。皇帝家の宝を盗み、皇帝になる事を邪魔した上で皇太子を攻めた」

「それで、自害を?」

アルマエロは1つ頷いた。

「皇帝位は空席と言われましたが、執政は皇帝にならなかったのですか?」

「なれなかったから、執政になった。今は皇帝の代わりをしている」

「なるほど…しかし、皇帝になれなかった理由が…皇帝の象徴である宝は、手元にあるのでしょう?」

皇家三宝こうけさんぽうは、単なる象徴ではない。帝国統制機構に皇帝を登録する為の、大事な媒体」

「帝国統制機構?…行政用コンピュータネットワークの様な物かな?…しかし、それが手元にあるのなら、やはり皇帝になれるのでは?」

堅一郎の言葉の前半は、独り言であった。

「皇帝を登録する為には、前の皇帝の情報を消す必要がある。その為の媒体が、現在は行方不明」

「なるほど…新皇帝の即位には前皇帝の登録情報を消去する必要があって、その為の何かが足りないので皇帝になれず…執政という、実質的な最高権力者になったと」

「はい」

「その、足りない物がどこに行ったか、ご存じなのですか?」

「はい」

大きく頷くアルマエロ。

「それは、どこに?」

「ここ」

言って、右手を左目に持って行く。指で瞼を弄ると、大きく開き眼球が右手の上に吐き出される。

「うわっ!」

思わず堅吾が呻き身を引く。堅一郎は驚きこそしたものの、嫌悪感等は示さない。

「この中に。皇太子から託された、大切な物」

眼球の裏に触れると、小さな金属片の様な物が飛び出した。

「それを収納する為に、眼球を?」

「これはもともと。ただ少し改造した」

金属片を押し戻し、眼球を嵌め直す。

「そうですか…それの為に、帝国を脱出したと?」

「半分はそう。もう半分は、ミマナに会う為」

アルマエロは視線を堅吾に移した。

「堅吾、貴方は、ミマナの持つ、ある素質を受け継いでいる」

「俺が?」

「貴方は、人の動きが遅く見える筈」

「…ああ」

渋々、といった風に頷く堅吾。

「それは、一流の操士であったミマナが、機甲騎士操縦のため与えられたもの。それを貴方は受け継いだ。それについて、お母さんについて、より知りたいと、思わないか?」

「…何を言ってるか、判らない。操士?機甲騎士って…」

「見ながら説明するのが早い」

不審げな堅吾の視線を受けつつ、アルマエロが答える。

「見ながらって、この近くにあるのか?」

「はい」

ミマノロの報告通りならば、動かなくなった機甲騎士が湖底の輸送艦に残っている筈であった。

「ところで、堅吾はお母さんを殺した人を見た、と聞いた」

プリヌフが、ふと思い出した様に話題を変えた。

「…話したの?」

「仕方がないさ。触れない訳に行かない」

恨めしげな堅吾の視線を、父親は笑顔で受け流す。

「犯人が、思い出されない?」

「ああ」

小さく頷く。

「10年間、それで苦しんできたのですよ。昨日の女子高生達が、それを思い出せるかも知れない機械を持ってきたのですが」

「それは」

「ああ、少し待って下さい」

急ぎ食事を済ませ、堅一郎は席を立った。堅吾が食器をキッチンへ運ぶ。おかずの残りを冷蔵庫に仕舞っていると、堅一郎が戻って来た。

「これですね」

アタッシュケースをテーブルの上に置き、開くとあのHMD状の機械が姿を現す。アタッシュケースを回し、アルマエロの方へ押しやる。

「連合の、想起装置…」

アルマエロが呟いた。

「ご存じですか?」

アルマエロは1つ頷き。

「確かに、思い出す為の機械。ただし、危険なもの」

「危険、ですか?どういった風に?」

「思い出したくない事、思い出したら気が狂う、死にたくなる、そんな事を思い出すかも。人が変わるかも」

「それは…」

父子が息を飲む。あのまま脅迫に屈し使用していたら、どうなっていた事かと。

「余り、使わないのが良い」

アタッシュケースを閉じ、返す。

「そうしましょう」

アタッシュケースを椅子の横に置いた。

「ところで、貴女方には帰るところが無いそうですが、暫くはこの地球に?」

「そのつもり」

「田中姉妹はあんたらの敵なんだろ?大丈夫か、ここで戦争なんか始めるなよ?」

「たなかしまい?…昨日の、連合兵士達?」

「ああ」

堅吾が頷くと、プリヌフが説明を始めた。

「恐らく、そうはならない。どちらも戦う力がない。私達の祖国は、ここから……1万光年程の距離で、援軍を呼べない。そもそも、私達は逃げている身」

「あっちはどうなんだ?援軍を呼べないのか?」

「それは…恐らく、連絡方法はあると思う。しかし、ここまで艦隊を送ってくる余裕があるとは思えない」

プリヌフと堅吾の会話を聞きながら、アルマエロは暫く考え込んだ後、堅一郎に訊ねた。

「あの2人は、どうやってここに来た?」

「はぁ、彼女達は息子と同じ学校に通っていて、妻の事で話があるからと」

堅一郎がそう答えると、次は堅吾に話し掛けた。

「あの2人と、話せる?」

「俺が?」

「はい」

「まぁ、今日も学校で話したけど」

嫌そうな顔をする堅吾。

「話せるなら、私の言葉を伝えて欲しい」

そう前置きし、アルマエロは堅吾に言付けを頼んだのであった。

 翌日の放課後、やはり田中姉妹は堅吾の元へやって来た。

「丁度良かった。2人に話がある」

昨日とは打って変わった堅吾の態度に2人は違和感を覚えつつも、不機嫌そうな堅吾の後に続き食堂に場所を移した。

「まぁ、簡単に言えば、あんた達と話がしたいと、あの2人が言ってる」

「帝国が?何の話?」

警戒感も露わに、芳子が訊ねる。

「お互いが得になる提案がしたいと」

興味なさげに言付けの内容を告げる。

「話し合いなど無意味。彼女達が私達の得になる提案など出来はしない」

頑なな態度の芳子を一瞥し、1つ投げやりに頷く。

「そうか。そう伝える。これで金輪際、あんた達とは縁切りだ」

立ち上がりかけた堅吾に、慌てて花子が話し掛けた。

「ご免なさい。相手の言う提案って?」

「知るか!当事者同士で話し合え!でもたった今その機会を蹴ったんだ、永遠に判らねぇだろうよ!」

「堅吾君、怒ってる?」

「ああ!昨日、あんた達が持ってきた想起装置って奴について、教わったんでな!この人でなし共!」

そう吐き捨て立ち去りかけた堅吾の前に、花子が素早く回り込んだ。

「ご免なさい!私達が性急すぎたわ!本当の事を話しても、とても信じて貰えないと思って!」

「だったら、危険な物をろくに説明もしないで使っても良いってのか!?」

「だからご免なさい!私達も苦しい立場で、もちろん、それは理由にならないけれど…本当に、ご免なさい!」

ぽろぽろ涙を零しながら何度も頭を下げる花子。堅吾は面倒臭そうに首を掻いた。

「ああ、もう良い。とにかく話は蹴るんだな?」

「待って」

今度は背後から声が掛かる。芳子であった。

「ああ、何だ?」

億劫そうに振り返る堅吾。芳子は立ち上がっていた。

「やはり、話を受ける。相手の出方を知る良い機会」

「全く…判った、受けるんだな?そう言っとく。場所と日時は後で知らせる。都合の悪い日とか有るか?」

「別に。宜しく、お願いします」

芳子は深々と頭を下げた。その意外なしおらしい態度に、堅吾の怒りはすっかり冷めていた。

「…じゃあな」

向き直り、花子の横を擦り抜け出口へ向かう。その背中を、田中姉妹は黙って見送ったのであった。


 扶桑電気未来マテリアル研究所は、多賀上湖北方の畔に位置する工業団地の一角を占めている。すぐ近くに西部佐山線の駅があり、ほぼ工業団地専用と言って良い。研究所は15階建てのオフィスビルを中心として、様々な実験施設、開発設備、倉庫、食堂などの福利厚生施設等からなる。今夏には更に、5階建て程の建物が加わった。それは、新規の宇宙開発分野向けの物であった。内部は完全に吹き抜けで、10月末頃から機材等が運び込まれる様で、今はがらんとしている。とりあえず、今のところ堅一郎には余り関係のない施設ではある。

 オフィスビル10階の一角にある自分のデスクに着いて、堅一郎はメールチェックを行っていた。

「…梅木君、来月、本社でデモをする事になったよ」

ノートパソコンのディスプレイを見詰めながら、傍らの梅木に告げる。

「もう決まりましたか!」

「それだけ期待も大きい、という事だろうね。2年半の苦労も、これで報われるというものだね」

「お疲れ様でした、リーダー」

「君もね、サブリーダー」

2人は握手をした。

「さて、活用のヴィジョンについて、なんだが」

ノートパソコンに向き直り、ワープロソフトを起動する。

「当然スパコンの様な大量の並列処理システム向けでしょう!性能は従来の30%余りアップで消費電力、発熱量は40%近くダウンですよ!」

梅木は興奮していた。今回試作された演算素子の製作に関しては、梅木が中心となって他のチームメンバーを纏め、牽引してきたのであったから。16名からなる芦屋チームのうち、入社5年未満の者が10名を超えるという構成であり、10年以上の者は堅一郎と梅木の2人のみであった。

「それはもちろんなんだが…もう少し面白い使い方は無いかねぇ」

「そうですかぁ…考えてみます」

笑顔を心なしか引きつらせながら、梅木はデスクを離れたのであった。


 翌日、堅吾は田中姉妹に会合の日時と場所を伝えた。アルマエロ達は夕食時に家を訪ね、食事をしていったのであった。

「今週の日曜、小学校近くのハンバーガー屋で4時、で良いか?」

廊下で手短に、それだけ伝える。

「堅吾君の家ではないの?」

花子の問いに。

「この前の二の舞はご免だ。衆人環視の中なら、お互い少しは遠慮するだろ?」

「本当に、ご免なさい」

痛いところを突かれ、花子が謝る。

「どうなんだ?」

「問題はない。16時ね?」

「…ああ、そうだ」

芳子に1つ頷き、教室へ戻った堅吾であった。


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