第一章 ~芦屋 堅吾~
第1章
拳が目前に迫ってきていた。殴る方の、そのイケメン気取りの茶髪男は俊敏なつもりであるかも知れないが、殴られる方の、その赤みの強い黒髪の少年は、相手がノロノロと右腕を引き、またノロノロと鼻柱目指し拳を突き出してくる様を、あくびをかみ殺したい気分で眺めていた。実際の時間ではやはりそんな余裕はないのであるが、彼には、感覚的に謂わばゾーンに入った(野球のボールが止まって見えるといった、例の)状態がしばしば訪れた。特に、今の様な闘争の場では。いま彼は背後から羽交い締めにされ、数人の不良に一方的にやられていた。ほんの数分前まで恐喝の対象にされていた同級生は、逃げ出してもはや姿はない。全く面識のない高校1年生の少年を、正義感から救おうとして袋叩きに遭っている少年。いまの彼、芦屋 堅吾を傍らから見れば、そういう事になるであろう。彼の動機からすれば、それは完全なお門違いなのであるが。
「くうぅ!」
苦鳴を上げたのは茶髪男の方であった。拳が堅吾の固い額にヒットしたのは、彼が本能的に顎を引いていた為であった。拳を痛め、攻撃の手を止める。
「代われ!」
別の、イヤリングをした日焼け男が前に出る。今度は腹に1発。半袖のワイシャツの下に隠された、思ったより鍛えられた肉の鎧に阻まれた感触に、苛立たしげに何発も打ち込む。堅吾は黙ったままそれに耐え続けた。噛み締めた唇から血が流れ落ちる。
「てめぇ…舐めやがってぇ…」
肩で息をしながら日焼け男は憎々しげに呟き、堅吾の髪を掴むと上を向かせた。
「…なんだ、もう終わりか?」
まるでラスボスが余裕綽々で主人公達に投げつける様な言葉を、口から血を滴らせながら不敵な笑みと共に口にする姿は、滑稽と言うより凄味がある。
「てめぇ…!」
両眉を吊り上げ日焼け男が拳を振り上げた時。
「貴方達、何をしているの!?」
まだ若い女性の声が、彼らのいる狭い路地に響いた。夕日に長く伸びた影が2つ、堅吾の足下にまで届く。不良達の動きが止まった。
「複数で1人に暴力を振るって、恥ずかしくないの!?」
1対1なら良いのか、といった問題はさておき、堅吾を含め全員の視線を浴びつつ、そのボブカットの女子高生は整った顔に怒りを浮かべ、怯むところがない。路地の入口にはもう1人、こちらは肩まで髪を伸ばした愛嬌のある顔立ちの同じく女子高生が、スマホを弄っている。
「うるせぇ邪魔すんな!」
茶髪男が拳を固めつつ向き直る。
「それとも、俺らにマワして欲しいのか!?」
不良達は下品な笑い声を上げた。女子高生の方へ向かってゆく茶髪男。微塵も退く気配のないボブの女子高生。2人の距離があと数歩、という所まで接近した時。
「あ、すいません、警察ですか?いま、暴力事件が進行中で…」
長髪の女子高生がスマホで話し始める。柔らかい声であった。
「やべ!」
不良達はニヤけていた顔を焦燥に染め、路地の奥へと走り去っていった。後に残ったのはただ1人、堅吾のみ。彼は突き飛ばされ壁際にへたり込んでいた。
「大丈夫?」
駆け寄ってきた2人のうち、スマホを仕舞いながら長い髪の女子高生が訊ねる。中腰に彼を見下ろしてくる2人を上目遣いに見ながら、なぜか堅吾は険しい表情を浮かべている。
「…余計なマネ、しやがって」
助けてくれた相手に対して失礼な物言いではあるが、男の意地から出た言葉なのであろうか?
「血が」
長髪の女子高生が取り出したハンカチで口元を拭う。それをうるさそうに顔を背けた。
「あんたらも、創英の1年か?」
2人の制服(9月中旬なので学校の半袖ワイシャツにエンブレム入りベストの夏服である)を横目で見、呟く様に訊ねる。
「そうよ。私は田中 花子。こちらが田中 芳子。私達、二卵性双生児なの」
ハンカチを仕舞い、長髪の女子高生が自己紹介をした。
「そうか…芦屋、堅吾だ。あんたらと同じ、創英の1年だ」
サマージャケットの私服姿である堅吾は、壁に寄り掛かりながらもスッ、と立ち上がる。
「一応、礼は言っとく。ありがとう」
「本当に大丈夫?」
心配げに手を出してくる花子を押し退ける様に歩き出す堅吾。その足取りには、確かに危なげな所はない。芳子は冷ややかに目の前を通り過ぎる彼を見送る。
「明日、学校でね!」
花子の声に応える事もせず、堅吾は重たげに路地を出て行った。
彼が喧嘩をしていた(というよりボコられていた)場所は、西部佐山線下山口駅近くの寂れた商店街の一角であった。彼が暮らす埼玉県佐山市は東京都との県境にあり、その特徴といえば、何と言っても2つの湖(より正確に言えば3つであるが)にある。佐山湖と多賀湖(細長い湖は堤防によって東西に2分され、大きい東側を多賀上湖、小さい西側を多賀下湖と呼ぶ事も)。いずれも東西に長く、佐山湖は一見して首のない人の様な、不気味な形状をしている。開発も進んではいるが、市全体としては緑豊かな1年を通して過ごしやすく比較的静かな場所である。彼は帰宅後、私服に着替え駅の周辺をうろつくのがほぼ日課となっていた。決して遊ぶ為ではない。遊ぶつもりならば所沢の方へ出る。帰宅が遅くなるのも構わなければ、池袋や新宿へも容易に出られた。彼はトラブルを求め、人の集まる駅周辺をうろつくのであった。面識のない同級生を救ったのはあくまで偶然の結果であって、目的ではなかった。彼の通う私立創英学院高等学校は佐山湖の北方にあり、下山口駅からはバスで20分近くかかる。同級生も学院の送迎バスで駅まで来て、何か買い物でもしようとして不良達に目を付けられたのであろう。しかし、その様な事情は彼にとってどうでも良い事であった。ああいった不良はどこにでも居て、彼の求めるトラブルを提供してくれていたのであったから。彼がなぜ、それ程までにトラブルを求めるのか?それは自分を罰する為であった。
日はすっかり傾き街灯が灯る中、堅吾は自宅の近くまで来ていた。一戸建ての我が家の前に立つ人影を見つけ、思わず足が止まる。その人影は彼に気付くと、カツカツと革靴を鳴らし近付いてくる。
「どこへ行っていたの?また駅前?」
苛立たしげに訊ねてきたのは、彼と同年代と思しき少女であった。田中姉妹と同じ制服を着用し、右手に鞄を提げている。ショートボブのヘアスタイルも手伝って、ボーイッシュな印象を与える容貌の、なかなかの美少女である。名を秋川 恵美という。
「…どうでも良いだろ?」
ばつが悪そうに、視線を逸らす。
「どうでも良くない!また喧嘩したのね!」
唇に血の跡の残る顔へ手を伸ばす。
「痛てっ!」
顔に触れられたとたんわざとらしく堅吾が大声を出すと、秋川は慌てて手を引っ込めた。
「ごめん…」
「もう遅いぞ、さっさと帰れ」
彼女の横を擦り抜けようとして、前を塞がれる。彼女は哀願する様に言った。
「いつまで自分を傷付け続けるの?堅君には何の罪も無いでしょう?」
堅吾の両肩を掴みながら、彼を真正面から見詰める。しかし、彼の視線は彼女から逸れ、足下を彷徨った。
「…母さんは、死んだんだ」
聞き取れないほど小さな声で呟き、彼女を左手で押し退けた。力なく肩を落としたその後ろ姿に、尚も彼女は声を掛ける。
「幼稚園児だったのよ?何が出来たって言うの?」
答えは無い。門扉を通り、玄関扉を持ち歩いている鍵で開けると、家の中に消えた。窓から明りが漏れるのを見、秋川は瞳を閉じた。暫くそうしていたが、やがて足下の鞄を手に取り、とぼとぼと家路についた。
2人のつきあいは小学校まで遡る。市立下山口小学校1年生のクラスで一緒になったのがきっかけであった。以来中学、高校と、クラスは異なる事もあったが、2人は同じ道を歩んできた。最初は判らなかった、彼の一見好戦的な振る舞いの背景にあるものについても今では理解している。それが彼女を悲しませ不安にさせるのであった。その後悔と自責の念が、彼の前に拓けている筈の希望溢れる人生を台無しにしてしまうのではないかと。現に彼の行動は、学生としての彼の評価に暗い影を落としていた。小学生の頃から、彼はいじめや喧嘩の場に進んで飛び込んでいった。彼自身は決して拳を振るわずやられる一方であったが、そういった振る舞いは教師などから問題視されたのであった。その一方で彼はいじめられていた者から英雄視されたり、いじめの対象になったりもした(いじめられていた側からいじめる側へと鞍替えした者も居た)。しかし、それも彼は黙って受け止めた。その様な調子で、県内有数の有名私立高校に合格出来るとは、誰も思っていなかったであろう(思っていたのは、彼と共に受験勉強をした秋川くらいであったろう)。しかし、彼はそれを成し得た。父親の強い勧めがあったという。いじめの有無はともかく、暴力とは縁遠い環境に置こうというのであろう。しかし、彼は今度は外に暴力を求め、今の様な有様であった。
堅吾の父、芦屋 堅一郎は、いつも通り8時頃に帰宅した。
「帰ったぞー」
丸顔に人当たりの良さそうな笑顔を浮かべ、上機嫌の声で家の奥に呼び掛ける。
「お帰り」
堅吾はダイニングの扉から少しだけ顔を出し答えると、すぐに引っ込んでしまう。しかし、眼鏡の奥で光る瞳は、息子の顔に貼られた絆創膏を見逃さなかった。一瞬沈鬱げな表情が浮かぶが、すぐに笑顔を立て直した。1階の書斎に向かい鞄と上着を置くと、ダイニングに行く。
食卓には夕食が並んでいた。豚肉の野菜炒めとサンマの干物、あとはスーパーで買ってきた惣菜の類が何点か。
「済んだら入れといて」
キッチンで自分の食器を洗っていた堅吾が、振り返らずに言った。頂きます、のあと箸を動かしていた堅一郎は、唸る様に答えた。
「ところで、どうかしたのか、口を」
何気なさを装ったその一言に、堅吾は暫しの沈黙ののち。
「…転んだ」
「…そうか」
それきり、会話は途切れた。そそくさと食器を洗い終え水切り籠に並べると、堅吾は足早にダイニングを出て行った。1人になった堅一郎は、食事の手を止めると1つ溜息をつき、遠くに視線を彷徨わせた。
「美真名…」
それは妻の、堅吾の実の母親の名であった。もう亡くなって10年余りが経つが、父子はその死を引きずり続けていた。その死因の異常さ故に。
夕食の後片付けを終え、堅一郎は書斎に引き上げた。6畳ほどの、家具といえばデスクと本棚、クローゼットくらいしかない様な、簡素な部屋であった。壁には何点かの油絵。それらは全て日曜画家である彼の作品であった。殆どが風景画であったが、1点だけ、女性の肖像画がある。椅子に腰掛け、柔らかい笑みを浮かべている。イーゼルやスケッチブック、画材等を収めたバッグといった類は部屋の隅に置かれている。その他に室内で目を引くのが、デスクの上の30型ディスプレイであった。デスクの横には大きめのデスクトップパソコンと、その上には何台もの外付けハードディスク。全部で30テラバイトは軽く超えているであろう。それは仕事上必要な物と息子には説明していた。彼は扶桑電気という中堅電機メーカーの、未来マテリアル研究所という半導体等の研究を行う研究施設に勤務し、次世代演算素子の研究、開発を課題としていた。
パソコンの電源を入れる。スムーズにOSが立ち上がり、キーワード入力画面になる。キーワードを入力後、キーボード横の指紋認証装置に左手人差し指をセット。エンターキーを押すと、僅かな間ののちデスクトップ画面がディスプレイ一杯に広がる。デスクトップのアイコンをダブルクリックし開くと、多数のフォルダがウィンドウ上に表示された。それらには何かの略号であろうアルファベットと、数字の組み合わせの名前が振られている。次いでデスクトップのアイコンからコマンド入力ウィンドウを開く。とあるバッチファイルの名を入力しエンターキーを押すと、次々とウィンドウ上に文字列が流れ出す。文字列が途切れるまでの間、ネクタイを外し、ワイシャツの袖を捲る。バッチファイルは20分程で処理を終えた。先に開いておいたウィンドウのフォルダを、1つダブルクリック。新たなウィンドウに現れたのは、多数の動画ファイルであった。ファイル名には日時と思しき数字が並んでいた。そのうち最近のをダブルクリックすると、メディアプレーヤーウィンドウが開き、防犯カメラの物と思しき少々画質の粗い、短い映像が再生される。それは、明らかに彼の職業とはかけ離れたものであった。更に驚くべきは、そこに記録されていたのは田中姉妹だった事である。コンビニの駐車場であろう(おにぎり100円セールの幟が映っている)、1台のオフロードバイクにライダースーツ姿の2人が跨ろうとしている。
「こんなところに。初っぱなから運が良い」
堅一郎の口元に笑みが浮かんだ。ファイル名から推察するに、その映像は堅吾と話をして間もなく後のものであろう。2人がいつどこでライダースーツ姿となったのかという疑問をよそに、フルフェイスのヘルメットを被った2人は芳子の運転で走り出し、カメラの視界から消えた時点で映像は途切れた。再びその映像を再生し、途中で一時停止する。それを静止画としてファイルに保存し、別のバッチファイルにファイル名をパラメータとして指定、実行する。再び10分程で処理は終了した。今度はフォルダを1つずつ開いては、映像をチェックしてゆく。それらの中で走っているオフロードバイクの走行ルートを、堅一郎は頭の中で構築していった。
「乗楽山、か」
乗楽山とは、佐山湖の西方にあって湖の方にせり出してきている山である。佐山湖を人体に例えるならば、開いた両足の間の部分となる。標高は200メートルもない。付近に名所と呼べる様なものもなく、時折山菜採り等に人が入る程度である。そこへ向かっているという。
「カメラを設置に行くか?」
眉根に皺を寄せ、堅一郎は独りごちたのであった。
その部屋は、小さな研究室の様であった。白を基調とした明るい室内は幾つもの装置や机が並んでいる。しかし注視すれば、それらが地球上のそれと少々趣の異なる事に気付く。壁は緩衝材の様な物で覆われ、床の上にある物は、椅子を除き全て床に固定されている。しかも、照明は天井自体の発光によるものである。今、それら装置の1つの前に置かれたデスクに向かい、田中芳子は装置のランプの色が変わるのを待っていた。
<本当に、彼がそうなのかしら?>
まるでフランス語と中国語を足した様な語感の言葉で、隣に座る田中花子が訊ねる。
<それを今調べているところ>
芳子は花子の方を見もせず素っ気なく答えたのであった。
<それは、そうね>
花子はしゅんとなってしまった。無言の間を埋める為の適当な問いではあったが、それにしても素っ気がなさ過ぎた。その様な気まずい時間の流れる間に、ランプはオレンジから緑に変わったのであった。
<解析終了>
装置から女性の声が聞こえ、机の上に置かれた黒い文鎮が展開した。30型液晶ディスプレイ程度の黒い枠を形成し、その枠内がほの白く光り出す。その枠内に、次々とウィンドウが表示される。様々な文字列やグラフ、図形等の表示されたそれらの中に、芳子は目的のものを見つけた。枠内に手を突っ込むと、そのウィンドウの端を摘む仕草をする。と、そのウィンドウは最上位に表示された。そこには、少なくとも日本語ではない文字列がぎっしりと並んでいる。それは数種類の文字のみで構成されていた。枠内の左下に表示されたアイコンを指さすと、文鎮が机に向け光を発し、キーボードが投影される。それに向かい、芳子は何かを打ち込み始めた。机上を連打する音と共に、ウィンドウ上に表示された枠内にその内容が表示され、それを右手の指で弾くと消え、僅かな間ののちウィンドウの表示が変化した。中央に赤く反転した文字列が表示される。
<やはりそうね。あの塩基配列がある>
<つまり、この星の純粋な人類ではないのね?>
無言で頷く芳子。
<あの情報は正しかった。もたらした者が誰か知らないけれど>
<そこは気になるけれど、今は良いわ。とにかく接触継続でいくわね>
<うまくミマノロに繋がれば良いけれど。任務の為とはいえ歯痒い。自力であの輸送艦から引き揚げられれば>
<自爆されてはどうしようもないでしょう?私達はともかく、この地域の人々まで巻き添えには>
<判っている。何度も話し合った。忘れて>
暗い表情で文鎮に触れる。キーボードは消え、枠が収納されてゆく。2人は黙って立ち上がると、部屋を後にしたのであった。
翌日の午前7時。堅吾は起床し部屋着に着替えていた。朝食の用意は彼の役割であった。とはいえ朝に料理をしている暇はないので、昨日の残り物や缶詰、インスタントの味噌汁等で済ませる。洗濯等は帰宅後、その日の分も纏めて片付ける。
「今日は遅くなる?」
テレビのニュースには一瞥もくれず、黙々と箸を動かしていた堅吾が、正面でテレビを眺めていた父親に訊ねた。
「ああ?そうだな…遅くなるなら連絡する」
画面から視線を外し、スケジュールを胸中で確認しつつ堅一郎は答えた。
「食べたいものとかある?刺身とかでも」
「そうだな…光り物があれば」
会話をしているうちに、テレビが次のニュースを流し始めていた。
『次のニュースです。昨夜所沢市内の公園で女性の絞殺死体が発見されました。警察で身元を確認中ですが、殺人の状況等から東京、神奈川等で発生した連続婦女殺人事件と同一犯の可能性が』
テレビの画面が消えた。堅一郎は手にしたリモコンを、静かに置いた。
「大丈夫か?」
心配そうに声を掛けられた堅吾は、固まっていた。心なしか青ざめている。呼吸も荒くなっている。今のニュースは、彼の心臓を抉る様な鋭利さを秘めていたのであった。箸を置いた堅一郎は堅吾の傍らに立つと、彼を頭から抱きしめた。
「もう大丈夫だ。何も心配ない」
肩を叩き、暫くそうしていると、ようやく堅吾は落ち着く事が出来たのであった。
堅吾が家を出たのは8時過ぎであった。学校は小高い丘の上にあり、何度もなだらかな坂を上ってゆく。彼愛用の自転車で普通に走れば30分余り、全速力ならば20分程。もっとも全速力では足がつるかと思う程きついのであるが。この時間ならば、急がなくとも遅刻する事はまず無い。道幅は狭い所も多く、住宅街の間に畑が点在する。心地よい追い風に乗って、堅吾は快調にペダルを漕ぎ続けた。
高校入口の交差点まで来ると、登校してきた生徒達の一群の中から声が掛けられた。
「リッチー!」
速度を落としていた堅吾は、その声に再びペダルを漕ぎ始めた。
「おーい、待てー」
駆け寄ってくる男子学生を一瞥し、ブレーキを引く。
「ったく、余計に疲れさせんなよ」
軽く息を喘がせながら近付いてきた、ジャージ姿の爽やかなイケメンに、自転車に跨ったまま堅吾は訊ねた。
「朝練はどうだった?」
「ああ?まぁ、軽くボールとじゃれてきた程度かな」
学校のグラウンドは、通学路と畑を挟んだ所にある。この男、名を田辺 清志といい、堅吾と同じクラスで1年にしてサッカー部レギュラーである。
「恵美は?」
堅吾の何気なさげな一言に、田辺は含む所ありげな視線を向けた。
「おいおい、朝っぱらからお熱いねぇー。そんなに気になるのかぁー?俺は無視しようとした癖に」
「お前が変な渾名で呼ぶからだ」
「だって芦屋だろ?リッチじゃん!」
「人の名前で遊ぶな」
堅吾は自転車を降り、2人は歩き出した。
「ところで見たか?昨日のUFO特番」
田辺が切り出した話題に、堅吾は顔を顰めたのであった。
「前にも言ったろ?その類の話は興味ない」
「まぁ聞けって。お前はその手の話はみんなでっち上げだと思ってるんだろ?確かに目撃談の類はでっち上げや見間違いが殆どだろうさ。でもな、中には本物も埋もれてるもんさ。証拠だってある!」
「その証拠っていうのは、例の雑誌の事か?」
「もちろん!」
胸を叩く友人に、盛大に溜息をついてみせる。
「おいおい待てって!俺を残念なヤツ扱いするなって!」
「じゃあ、どう扱えばいい?」
「証拠は雑誌だけじゃない!俺自身が体験者なんだよ!」
「ほう」
猜疑の視線を向けられた田辺が更に言い募ろうとした時、女性の声が掛けられた。
「芦屋君、田辺君、お早う!」
田中姉妹が、足早に近付いてくる。声を掛けたのは花子の方である。
「おう、田中シスターズ、お早う!」
「お早う」
田辺と堅吾が挨拶を返す。田辺は堅吾を右肘で突いた。
「昨日は大丈夫だった?」
「ああ、済まなかった」
田辺の手前もあってか、気まずげに視線を逸らしつつ答える。
「お姉さん」
堅吾と花子の会話に、静かに芳子が割り込む。
「実は、話したい事があるの、時間を頂けない?そうですよね、お姉さん?」
「え、ええ、そうね…」
苦笑しながら、芳子に場所を譲る。
「話?何の?」
「それはその時に。放課後、食堂では?」
「別に構わないが」
「そう。では放課後に」
言うだけ言い芳子は歩調を早めた。後に続く花子は、堅吾に向かって小さく頭を下げた。
「昨日、何があった?」
ニヤけながら田辺が訊ねてくるのを、堅吾は一瞥もくれず答えた。
「……いつも通りだ」
田辺の顔から笑みが消える。
「まだやってんのか?意味ねぇだろ!?」
歩調を早めた堅吾に、呆れ顔でついて行く。
「おい、なぁ!」
「ところで、田中姉妹を知ってるのか?」
更に何か言いたげな田辺の機先を制するべく、堅吾が訊ねる。
「ああ!?ああ、恵美リンのクラスメイトだしな」
「そうだったのか…」
田辺から前方へ、視線を戻した時。その横を、走り抜けてゆく人影があった。
「お先に、田辺君」
秋川は、堅吾には一瞥をくれたのみで走り去ってゆく。しかし、その視線は声を掛け、彼が振り返った一瞬、交錯した。
「恵美リンも知ってんのか。全く」
溜息をつく田辺を尻目に、前を向いて堅吾は自転車を押し続けた。
昼休み。堅吾、田辺、秋川の3人は食堂に来ていた。とはいえ堅吾と秋川は弁当持参なので、食券を買い料理受け取りの列に並ぶのは田辺のみである。ちなみに秋川は隣のクラスである。すなわち田中姉妹もそのクラスであった。
「お待たせー。今日はクリームシチューだぜい!」
上機嫌で2人の元にやってきた田辺は、秋川の隣に座った。
「そうか、良かったな」
軽くあしらう様に言い、堅吾は小さく、頂きます、をした。食事が始まる。
「田中さん達と、何を話していたの?」
静かに、秋川が切り出した。しかし口調とは裏腹に、堅吾へ向けられる双眸には嫉妬の炎が垣間見える。
「…放課後、話があるとさ」
「ふぅん」
「リッチ、まずいとこ見られちゃったよなぁ。まさかあの2人にコクられたりして」
茶化す田辺の右脛を秋川が爪先で蹴った。痛みにクリームシチューを取り落としそうになる。
「痛ぅー」
「知り合いだったの?」
「昨日話したのが初めてだ」
「そう…」
「クラスメイトだって?」
「ええ。興味津々とか?」
「別に」
「でも残念。殆ど話した事は無いわ。いつも2人で、周囲と距離を取ってる感じ」
「別に。残念でも、何でも」
「そう?」
秋川の口調はおどけている様でも、目は笑っていない。空気が重くなる。このいたたまれない状況を打開すべく、田辺がまたも口を開いた。
「あ、そうそう。これを見せたかったんだよ!」
わざとらしく背後から雑誌を取り出す。それは堅吾が例の、と表現したオカルト系雑誌であった。付箋の貼ってあるページを開く。
「朝言った、俺の体験って言うのは、これなんだよ!」
ページには、大きな活字で『新たなUFO襲来!?地球にはグレイ以外の宇宙人が来訪している!!』との煽り文句が。見開きの右ぺージには雲の一部が陽炎の様に揺らめいている空の写真、左には森の中を歩いている、2つの人影らしきものを捉えた写真。その横には、人影らしきものの拡大写真が掲載されている。容姿など細かい点はよく判らないが、それは紛れもなく人に見えた。
「実はな、このUFO見たんだよ!佐山湖の上でな!」
何度もUFOという揺らめきの写真を指さしつつ言う。
「なぁ、俺には何かの自然現象の様に見えるんだが。その宇宙人というのも、ただの人間にな」
「文章を良く読めよ!その揺らめきはカリフォルニアの山林の一部を焼き払って着陸したんだ。そしてだ、この2人は、この揺らめきの中から忽然と現れたんだ!それが宇宙人でなくて何なんだ!?」
「そうかそうか」
「信じてねぇな!?もう半年以上も前だ。佐山湖運動場、知ってるだろ?あそこでサッカーの試合してて、終わった直後くらいだった!頭上をこの揺らめきが通過していったんだ!俺以外誰も気付かなかった。すぐに佐山湖の堤防の向こうに見えなくなったけど、確かに見たんだ!夕日を浴びて、雲を揺らめかせながら飛んでゆく物体を!」
「判ったよ。お前がそこまで言うなら信じる。お前は、空を揺らめかせながら飛行する何かを見た、そうだな?」
「ああ。とりあえずそれで良い」
ようやく落ち着きを取り戻し、田辺は食事を再開した。やがて昼休み終了10分前を告げるチャイムが鳴り響き、学生達は慌ただしく食堂を後にしていった。
場所は変わり、昼休みの教室棟屋上。高いフェンスが張り巡らされたそこでは、結構な人数の学生達が友達同士で固まり弁当箱や購買の袋を開き、はしゃぎ声や笑い声を上げていた。その中に田中姉妹もいた。階段室の陰に隠れる様に、2人きりで。
「見られていたのね」
購買の焼きそばパンを口に運びかけていた花子が小さく呟いた。
「あの光は、撮影機器のものだったという事?」
同じく鮭おにぎりを口に運ぶ手を止め、芳子が訊ねるともなく呟いた。
「そうでしょうね…」
今2人は、非常にコンパクトなHMDを装着していた。黒にシルバーのラインが入った、SF映画に出てきそうなデザインのものである。左右の蔓には、野球用ヘルメットの耳当て部分を小さく薄くした様なパッドが、丁度こめかみに来るよう取り付けられ、そこよりイヤホンの短い線が耳へ延びている。2人はそれを通じて、食堂内の堅吾達の様子を観察していた。超小型のカメラが食堂中に設置されていたのであった。それらの映像を、彼女達は食事をしつつ無言で切り替え、拡大、縮小等も行っていた。今は思考インタフェースにしていた。例えば『カメラ何番』という思考を、こめかみのパッドが読み取りカメラ制御用のコマンドを送信する。そうして2人は3人を様々な角度から眺めていたのであった。それらの映像の中に、例の雑誌のページがあった。
「大きな失態。追跡して消去しておけば」
「仕方がないわ。この惑星に関する予備知識は、何も無かったのだし」
「そんな所へ、私達は派遣された。これは、要するに追放」
「…」
花子は小さく溜息をついた。冷淡な芳子の言葉に、何も返す言葉を思いつかなかったのである。2人は本当の姉妹ではない。それどころかこの任務のため招集されるまで、面識さえ無かったのである。
「それでも、任務を達成出来さえすれば、帰国の望みはある…」
小さく、噛み締める様に、芳子は呟いたのであった。
放課後がやってきた。田辺と秋川が部活動に勤しむ傍ら、堅吾は約束通り食堂に来た。食堂内は、缶コーヒー等を挟んで談笑している同性同士の(中には異性の)学生等で結構な賑わいである。
「あ、芦屋君ー」
戸口に立つなり、奥のテーブルから彼を見つけた花子が手を振ってくるのを、堅吾は少々迷惑そうにしながら頷きを返し近付いてゆく。
「ご免なさいね、呼び出したりして」
「別に」
素っ気なく返答しつつ2人の向かいの席に着く。
「で、話って?」
「ええ…」
「実は、あなたの母親に関する事なの」
堅吾のぶっきらぼうな態度に言い淀む花子の代わりに、芳子が切り出す。
「母さんの?」
堅吾の興味なさげな表情が険しくなる。
「そう。あなたの母親は、連続殺人犯に殺されたのよね?」
「…」
表情の険しさが増す。まるで睨み殺そうとでもするかの様な。
「ああ、あの、こんな話を突然始めてご免なさい!」
最悪級の空気の悪さを断ち切る様に、身を乗り出し気味に花子が話し出す。
「実は、所沢で起きた女性の殺人事件についてなの!知っている!?」
「…昨晩、公園で死体が発見されたっていう?」
今度は警戒する様な視線を投げつけながら、堅吾は答えた。
「そう。実は、あの被害者は私達の親戚らしいのよ。それで私達も何か、捜査に協力したいと話し合って」
「それで俺か…誰から、母さんの事を聞いた?」
「下山口小学校卒業のクラスメイトから。当時、結構な話題になっていたそうね」
「そうか…」
警戒レベルが1ランク下がる。暫しの黙考ののち。
「…ところで、今朝のニュースじゃ身元不明って事だったが」
「それは」
「きっと入れ違い。身元確認が取れたと連絡があったのが早朝だったから、ニュースが間に合わなかったのかも」
芳子が助け船を出す。堅吾は引き下がった。
「そうかもな」
「そこで、犯人に繋がりうる情報として、あなたの母親の事が知りたい。協力してくれる?私達3人の為に」
「母さんの事、と言われてもな。幼稚園の頃だったし」
「何でも良い。写真とか、映像とか。出来れば、家にお邪魔させて欲しい」
「ウチにか?大した物は残っていなかった筈だけどな」
「父親はどう?何か覚えていない?」
「言うべき事だったら、全部警察に言っている筈だ」
「…もし、忘れている事があったら」
沈黙していた花子が会話に復帰した。
「何だ?」
「何か忘れているかも知れないでしょう?それだったら、私達が協力出来るかも知れない」
「どういう事だ?」
「その、記憶障害を治療する為の機械があって、それを試せるかも知れないの」
「そうなのか?」
「多分…」
驚愕、猜疑、そして渇望。堅吾の表情はめまぐるしく変化した。
「…返事は明日で良いか?父さんにも話さなきゃならない」
「判ったわ」
それを聞くなり、そそくさと堅吾は立ち上がり、食堂を後にした。
6時過ぎに帰宅した堅吾が料理中に、堅一郎から電話があった。今日は遅くなるという。帰宅途中、馴染みのスーパーで買ったサンマの刺身は、翌朝の食卓に上る事が決定した。
堅吾が父親と電話で話していた頃、その家の前では秋川が立ち尽していた。先程から何度もインターホンのボタンを押しかけては躊躇している。
「はぁー、やっぱり明日にしよう!」
また押しかけて、溜息と共に呟き、とぼとぼと帰路につく。
<ミニエ、あなたあの父子に想起装置を使用するつもり?>
咎める調子で芳子が正面の花子に言った。いま、2人は寝室にいた。とはいえ、そこは日本家屋とは思えない内装であった。敢えて例えるならば寝台列車か。広さは6畳ほど。窓はなく、ベージュを基本とした色調。2人が各々腰掛けているベッドは壁への収納が可能であり、その上には壁内に作り付けのクローゼット。入口正面の壁には、これも壁に収納可能な机と折り畳み椅子。天井全体が照明となっており、壁一面に緩衝材が貼られているのは、DNA解析を行った部屋と同様である。
<あくまでも最終手段よ。取り扱いには細心の注意を払うわ>
視線を逸らしつつ、花子は頼りなげに答えた。
<相手は異星人。1人には我々と同じ血が半分流れているとしても、我々の機械が使用可能なのか未知数>
<だからあくまで最終手段よ。上手に誘導してミマノロの認識票を入手出来れば、使用せずに済むかも知れないわ>
<入手出来たとして問題は、彼女の生体情報。書き換えは可能?>
<そうね、司令部でなら。入手し次第、ここを一旦離れる事になるかも>
<許可される可能性は?>
<…最悪の場合、認識票だけの遣り取りになるかも>
<そうなれば、本当の追放>
2人は暗い顔で俯いてしまった。
いつもの夢。10年余りもの長い間、彼を苦しめ束縛し続ける悪夢の中に、堅吾はいた。半分ほど開いたリビングの扉の向こうに、見慣れた内装を背景として、異常な光景が展開されていた。床の上に、堅一郎の書斎に飾られた肖像画に似た女性が横たわっている。それは堅吾の母親であった。その上に、黒い、男性の姿がある。馬乗りになった男性は、母親の首を両手で絞めていた。黒く塗り潰されたその横顔を、この光景を見詰めている5歳の堅吾はともかく男性だと知っていた。首を絞められながら、母親はこちらを見ていた。何かを言っている。声は聞こえない。「助けて」か、「逃げて」か?しかし彼は動かず、否、動けずじっとしている。男性が、こちらへ首を巡らせてくる。堅吾は動けない。遂に、男の顔が完全に彼の方を向いた。曖昧な輪郭のその男性の顔は、まるで闇の中心、ブラックホールの様であった。光はおろか、彼の記憶さえも吸い込み封じ込めてしまったのである。10年間、堅吾は母親を殺した犯人を思い出す事が出来ずにいたのであった。
「うわぁ!」
その夢を見た時にはいつもそうである様に、彼は跳ね起きた。サイドテーブルの目覚まし時計は、未だ真夜中である事を示していた。額に浮いた嫌な汗を右手で拭う。そのまま幾度となく深呼吸を繰り返し、幾分落ち着くと再び横になる。今夜はもう眠れないと知りつつ。
「……」
堅一郎は暗い表情で黙々と朝食を摂っている息子に、何も声を掛けられずにいたのであった。何があったかは判っていた。声は聞こえていたし、たとえそうでなかったとしても、夢の内容については以前話を聞いていたからである。
「…親父」
箸を置き、堅吾は父親を見据えた。
「何だ…」
堅一郎もそれに倣う。父子は真剣勝負でもする様に向き合った。
「…実は、同級生がウチに来たいって」
「何だ、女子高生か?」
同性ならば改まる事はあるまいと、こう訊ねたのである。堅吾が頷くと、堅一郎がじわり、笑みを滲ませた。ただ遊びや勉強の為ではあるまい。あれこれありつつも、我が息子も男として順調に成長しつつあるという事か。
「そうか…それは、秋川さんではないのか?」
ふと、同級生という言い回しに引っ掛かりを覚え訊ねたのであったが。
「?いや。同じクラスだから、知っているけど」
何だ、改まっておつきあい云々、という話ではないのか。しかし、そうだとすれば。
「大丈夫か?秋川さんの機嫌を損ねていないか?」
「?恵美は関係ない。彼女達が用のあるのは俺達で、母さんに関する事で話があるそうだから」
「美真名の?一体彼女達とは誰なんだ?」
「田中姉妹っていう双子だ。親戚があいつの被害に遭ったそうだ。そこで、逮捕に協力したいから情報が欲しいんだと」
「そうか…しかし、情報といっても警察に話した程度の事くらいだからなぁ」
少し落胆した様に言う。田中姉妹という言葉に、全く関心は示さない。
「…俺が、あいつを思い出せれば…」
視線を落とし、右手を固く握りしめる。今朝見た夢がフラッシュバックする。自分は殺人犯を憎み、そして何より恐れている。だから思い出せないのだ。それがどうにも不甲斐なく、また腹立たしいのであった。
「思い出せないものは仕方がない。いずれ、その機会もあるさ…」
常套句である。慰めにならない慰め。10年間、思い出す機会は無かったのである。堅吾は幾度か深呼吸をし、右手を開くと顔を上げた。
「ごめん…とにかく、田中姉妹と今度の日曜ウチで会う、で良いか?…まぁ、他にも誰か来るかも知れないけど」
「ああ。休みだから終日家に居る様にしよう」
「判った。返事をしとく…スケッチにでも行きたかった?」
堅一郎は基本的に年中多忙であり、休日出勤も珍しくはないのであった。
「いいんだ。また山が色づく季節にな」
「そうか…」
話が終わり、再び食事が始まったのであった。
放課後、3人は教室の前で落ち合い食堂に移った。
「親父も1日中家に居てくれるそうだ。何時頃にするんだ?」
「それでは、2時頃で良いかしら?」
花子が答える。どこか媚びる様な笑みを浮かべて。
「判った。親父に言っとく。ところで…」
堅吾は花子の方へ身を乗り出した。
「忘れてる事を思い出せるかも、って話だったよな?」
「ええ、そうね」
花子の笑顔に陰が差す。
「それって、どういう物なんだ?」
「ああ、そうね、私もよく判らないのだけど、被害者の父親が医療機器メーカーで働いていて、特別に借りられるかも知れなくて…まだ試作品だそうだけれど…」
「試作品、か…」
「そう。だから、余り期待されても…」
心配げに言う花子に。
「いや、持ってきてくれ。試してみる価値はあるだろう」
「そうね」
芳子が小さく呟く。堅吾を哀れむ様な目で見ながら。
「そうね。持って行くわ。待っていてね」
「ああ」
話が纏まり、3人は席を立った。




