四話目
午後の授業もつつがなく終わり、稲羽は帰路についていた。
途中、喉の渇きを潤すために自動販売機で買った、オレンジジュースの入ったペットボトルを空中に投げて遊びながら、稲羽は今晩の献立を再確認していた。
「えーっと…チャーハン酢豚唐揚げ餃子に多分エビチリが出来る…。あー、メモでも取っておくんだったなー。冷蔵庫の中身、ほとんど覚えてないや」
指を一本一本折りこみながら献立の確認をしていく稲羽。
そもそも、澪に作った弁当の中身だけで十分すぎる気もするのだが、それは双子の妹たちが許さない。
ラクロス部に所属する双子の妹たちは、部活を終えた後はかなりの量の食糧を要求するのだ。
「昼は食べすぎると眠くなるから、夜と朝にいっぱい食べる!」と口を揃えて言われてしまえば仕方がない。
稲羽としては食べる量が一般的男子よりも少なめな時が多いために、妹たちが残した分を食べると言うのが定着しているのだが。
「ま、いいか。まだ帰ってくるまでに時間あるだろうし、無ければ買い行けばいいや」
そんな楽観的な考えでまとめ上げ、稲羽は自宅の扉を開けた。
「ただいまー」
誰も答える訳がないが、それでも習慣的な物は口をついて出てしまう。稲羽たち兄妹は親が基本的に忙しいために、家の中ではいつも子供たちだけ。だが、今日この時ばかりは勝手が違った。
と言うよりも、次に稲羽が行った行為こそが、全ての始まりだった。
ガチャリ…
お尻が見える。
それが、学校帰りに家のリビングの扉を開けた稲羽の思考のすべてだった。
まあ、お尻が見えると言っても肌色のものではない。ただ、黒い三角形の布がかぶさった綺麗なお尻だ。
だが、そのお尻がいきなり目に飛び込んでくる状況を説明しろと言われれば、中々に難しいものがある。
「…うーむ…ここにあるのはこのようなものか…なかなかに食料が多いのじゃな…と言うよりちと寒いの。なんなのじゃこの食糧庫は」
ぶつぶつと言いながら、お尻が喋る。揺れながら。
その奇怪なものを身にした稲羽は、とりあえず言葉を漏らした。
「え?」
帰ったら誰か見知らぬ人間がいるなんてことは考えもしないだろう。
そして、それがあまつさえ冷蔵庫の中に頭を突っ込んでその中身を物色する少女ならば。
そんなありえない経験を絶賛経験中の稲羽は、何とか頭をフル稼働させて叫んだ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「きゃぁぁぁぁ!!」
とりあえず叫ぶと、つられて冷蔵庫の中に頭を突っ込んだままの冷蔵庫荒らし(仮称)も叫び声を上げる。
「だ、だだだ誰だ! どどど泥棒か!?」
家に帰るまでに自動販売機で買っていた、ペットボトル(オレンジジュース入り)を人物に向けながら、稲羽は精一杯威嚇する。
カバンを抱え、制服のままで、オレンジジュースの入ったペットボトルを突き出している少年。シュール極まりない。
そして、そのペットボトルを向けられた冷蔵庫荒らしも、稲羽の方を振り返りながら言い訳を口にする。
「ま、ままま待つのじゃ! 余はな、余はな、腹が減ってるのじゃ! だからここにある食糧庫を借りただけと言う事なのじゃ! だからそんな危ないものを向けるでない!」
中々に支離滅裂な言い訳だが、最後の一言が稲羽にとっては冷却剤だった。
危ないもの?と思いながら稲羽は自らの手元を見つめる。
そして、あるのは案の定ペットボトル(半分ぐらいの量になったオレンジジュース)。穴が開いているわけでもないので、そこまで危ないものではない。
まあ、これをそのまま投げつければ痛いだろうが。
「………」
そこまで考えた後、稲羽は持っていたペットボトルを振り被ってみる。
「ああ、やめいやめいやめい!! 余は痛いのは嫌じゃ! じゃから勘弁してくれ!」
稲羽の予想通り、冷蔵庫荒らしは頭を守るように抱えながら再び冷蔵庫に向かってその頭を突っ込む。
……確かに、頭は守れるだろう。だが、その綺麗に突き出されたお尻はどうするのだろうか。
ぜひともそのお尻の守り方をご教授願いたい稲羽だったが、それよりやるべきことがあった。
「…あのー、投げないから。投げないからさ。いい加減頭を冷蔵庫から出してくれないかな?」
「お、そうか? 投げないのか?」
「うん」
稲羽の言葉に安心したのか、冷蔵庫から頭を引き抜く冷蔵庫荒らし。
埃を払うように服を払う姿を見て、稲羽は初めてその冷蔵庫荒らしが自分とあまり年の変わらないであろう少女だと言う事を知る。
蛍光灯の光を反射するほどに真っ黒な、腰まで伸びた綺麗な艶髪に、こめかみの辺りにつけられた金色と銀色のコントラストが美しい羽飾り。
澪程のプロポーションと高身長はないが、出る所は十分に出ている、ちょっと細い目が印象的な見目麗しい少女である。
そんな少女がなぜ冷蔵庫荒らしをしていたのかが気になるが、稲羽は取り合えず話を進めるために口を開いた。
「えっと…君は? 名前は何? なんで僕の家に?」
「うむ。余の名前は大和御神高弦堂咲耶と言う。神じゃ。この家に来たのは腹が減った事と、この家の主であるお主の守護霊になりに来たのじゃ」
えっへんと言うように胸を張って、そんな1割も分からない、いや、絶対に分からない発言をかます冷蔵庫荒らし。
そして、その例に漏れず稲羽は盛大に頭の上に?マークを浮かべていた。
「余はお主を何事からも守る守護霊として、お主に憑りついてやるのじゃ!!」
教科書でしか見た事のないような十二単を身に纏ったその少女の一言が、稲羽の今までの人生を180°真逆に変える事になることを、今の稲羽は全く思ってもみなかった。
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