「麗しき聖女の願い」
ある時、女の子が二人居た。
――だいすきだよ
――だいすきだよ
一人は麗しい絶世の美姫に。
一人は平々凡々な少女に。
それでも、彼女達の関係は変わらなかった。
彼女は大好きな兄の妻になる。
そう信じて、美姫は疑わなかった。
そんな事がある筈が無いのに――
少女の命を選んで、共に居たいと泣き叫ぶ少女を逃がした。
身重な体だったのに――。
ハッピーバースデー!!
蓋を開けてこんにちわ。
半年ぶりの再会。
誕生祝いだと、欲望に染まった男女から贈られた箱の中に彼女は居た。
目をくりぬかれ、歯と舌を抜かれ、鼻と耳をそがれて。
とても小さくなって戻ってきた。
まるで毬の様に、美姫の手から首は転がった。
更にその箱の底には、彼女と兄の子になる筈だった胎児のミイラがあった。
もっと早くに逃がせば良かったの?
ある時、小さな女の子が二人居た。
麗しい美姫と平々凡々な少女。
麗しい美姫は少女に無関心だった。
美姫と共に居た、やはり麗しい者達も少女に無関心だった。
――だいすきだよ
――わたしにちかづくなっ!
好きになれば殺される。
優しくすれば、少女はどこまでも追い掛けられて殺される。
同じ轍は二度と踏まない。
だから、ずっと、ずっと無関心で居た。
優しすぎる彼女が、その道を選んでしまうまで。
そして選んだ後も彼女を放り出すように、信頼おける者達に託した。
三年後、彼女は大虐殺を起こした謀反人として処刑された。
意思を奪われ傀儡として利用し尽くされた挙げ句、処刑される前日に自我を取り戻した少女。
彼女は、美姫達が差し伸べた手の全てを拒み、死んだ。
操られた彼女に大切な者達を殺され怨嗟の声を上げていた者達の全てが
もう殺してあげて!!
そう叫ぶほどの、拷問と陵辱の末に。
公開拷問と公開処刑。
彼女は公衆の面前で、殺された。
我慢したのに。
必死に耐えたのに。
無関心を通したのに。
全ては彼女の幸せの為に!
途中から逃がしても駄目だった。
だから、最初から無関心で居た。
離れた。
逃げた。
なのに、コロサレタ!!
離れても逃げても、自分の思いも全て我慢して手放して、最初から触れないで。
信頼おける者達に任せて。
それでも失うなら――。
ガマンナンテスルモノカ!!
自分の中の自分が叫ぶ。
遠い昔、地獄を味わった彼女が。
それをずっと身近に感じてきた。
◆
「ジミコはどうしてるの?」
「ヒキコです」
「まだ寝てたりしてね、サダコは」
「ヒキコです」
「メリーは相変わらず存在感皆無なのかしら」
「最後の最後で一文字もかすってません」
メリコさんなら「コ」だけひっかかるのに。
なんて思う泉国上層部の一神たる侍女長。
磨き抜かれた宝玉の様に輝く美貌の彼女は、自分など足下にも及ばない麗しの王妹に冷静に突っ込んだ。
尊敬すべき女性。
文武に優れ、一流の政治家、王の補佐として十分過ぎるほどの才を持つ絶世の美姫。
加えてその清廉で清楚可憐な美貌と慈愛と慈悲に満ちた優しさは、泉国聖女の名に相応しい。
見た目だけは。
本当に聖女ならいたいけな少女の名前を間違わない。
と、心の中で言い切る侍女長だが、彼女もヒキコさんを「ヒキコ」と呼んでいる時点で色々と間違っているだろう。
「ああ、本当にどうしてサダコがお兄様の妻なのかしら?」
ふぅっとため息と共にもたらされる憂いの笑みを浮かべる王妹。
その姿を一目目にした者であれば、確実に彼女を悲しませるヒキコさんの抹殺を企て実行するだろう。
愛しい男が別の女性を娶り傷つく正当なるヒーローと結ばれるべきヒロイン――王妹はまさにそのポジション。
それこそ、全世界が王妹の健気な姿に涙する――
「いっその事、お兄様と近親相姦の真っ最中を見せつけたら良いかもしれないわね」
「王妹様」
「そうすれば、ヒキコはお兄様に幻滅して一切の未練なく別れてくれるのに」
「王妹様」
「そうしたら、後は私がヒキコを妻に出来るのに」
「無理でしょう」
自分の夫を寝取った女性と結婚してくれる元妻がどこに居る。
しかも、相手が夫の実の妹ともなればその可能性は零だ。
「何を言うの侍女長。出来ない、無理なんていう言葉は私の辞書にはないの。それに、最初に自分はここまでしか出来ないという限界を決めては神は成長出来ないわ」
「良いこと言ってますけど犯罪の含有率一〇〇パーセントですから、それ」
「もちろんお兄様の時よりもヒキコにあう花嫁衣装を用意するわ」
うっとりと微笑む王妹。
泉国の聖女の真の姿にこそ全世界は涙するだろう。
「ねぇ、ヒキコはどんな花嫁衣装が似合うかしら」
「とりあえず犯罪計画から現実に戻ってください」
「犯罪計画なんて失礼ね。私はただヒキコさんを心から愛でたいのに」
ノリが犬猫を可愛がる様な言い方だが、額面通り取ってはいけない事ぐらい侍女長は知っている。
だから願わくば、そんな王妹のはた迷惑な愛がヒキコさんに伝わらない事を祈る。
本気で首を吊りかねない。
「ああ、せめて私が男として生まれてきていれば何の問題もなかったのに」
その場合、兄との血みどろの戦いが繰り広げられるだろう。
「ヘタレなお兄様よりよっぽど私の方がヒキコを幸せにしてあげられるのに」
「王妹様」
王妹の言葉に侍女長の顔から表情がせ抜け落ちる。
どこまでも冷たいその顔に、王妹が笑う。
「分かってるわ。ヒキコはお兄様のもの。お兄様だけが得られるの」
そう、認めた。
遠い遠い過去の、王妹の中の誰かが。
「でも、ヒキコの妹の座は渡さないわ。そう――あなた達が、ヒキコの友神の座を渡さないように」
「友神――ですか」
そんな関係で居られたのは、遙か昔のこと。
それも、今は朧気の遠い記憶の果ての海に時々浮かび上がるだけ。
それが叫び続ける。
それが訴え続ける。
見つけた、見つけた、見つけた!
自分達の中の彼らが叫ぶ。
「だから面倒な仕事だって私は頑張ってるの。ヒキコの妹で居るために」
歌うように告げる王妹に侍女長が口を開く。
「今後も、王妃の仕事はあなた様がするのですか?」
「もちろんよ! 私が王妃の仕事をするの。お兄様の隣に立ち、お兄様を支えるの――王妃の立ち位置は誰にも渡さない」
「でもそれだと、ヒキコの立場はよりなくなりますね」
侍女長の言葉に、王妹が口角を上げて笑えば、危険なほどの色香が漂う。
「それがどうしたの?」
無邪気な笑顔にゾクリとする艶を交えて王妹は言った。
「そもそも、誰がヒキコに王妃の仕事を望むの?」
そう、誰も望んでない。
「夫であるお兄様が王だから、ヒキコは王妃になった。でも、それだけ。それだけでしかない」
「――そう、ですね」
「おかしな侍女長」
カラカラと笑う、そこに含まれる狂気。
「あなただって見たのに」
この神は一体誰だろう?
そう思わざるを得ないほどの狂気の笑みに染まる王妹だが、侍女長はそれを問わなかった。
なぜなら、侍女長もまた狂気に塗れていたから。
「王妃、王妃、王妃! そう、王妃は王の妻! 王の妻として国を支える、その姿を大勢の前に晒す、見せる、見せなきゃならない!」
王妹がグイっと顔を近づけてくる。
濡れた紅唇がニタリと笑みを作る。
「でもヒキコは外に出てはいけないの」
王妹の美しすぎる笑顔に侍女長は目を細めた。
「ヒキコは外に出てはいけないの、そう、誰の目にも触れてはならないの。ヒキコはずっとずっと隠されたままでいなきゃならないの! 私達以外の誰かになんて会わせない」
誰にも会わせず、誰とも話させず。
王と王妹、上層部の作り上げた鳥籠が彼女の生きる場所。
「ヒキコは弱いわ。弱くて脆い。だから、私達が守ってあげないと」
でないと
でないと
デ ナ イ ト
マタ
コロサレテシマウカラ
「それに、今、私は最高に嬉しくてたまらないの」
「王妹様」
「あなたもそうでしょう?聞いたものね」
そして王妹は叫ぶように言う。
「ヒキコに来たの! 初潮、初潮が来た! 来た! 来た! これで、これでようやく戻れる!」
昔の、本来あるべき姿に。
それを、自分達の誰もが望んでいた。
なのに――
「王妹様! 王妃様がっ!」
走り込んできた上層部の一神からもたらされたものは、残酷にも王妃行方不明の報せだった。