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第七話


 泉国国軍参謀――?


「ああ、正確には参謀長だな。泉国国軍の参謀達を統括している」


 それは、上層部の一神が担っていると聞く。

 いや、他国にもれず、長官クラスは全て上層部がその地位に就任している。


 でも、でも、でも――。


「なんで親方?」

「疑問点はそこか」


 そりゃそうだ。

 参謀長は上層部の中でも五指に入る実力者であり、泉国国王の直属の側近と言われていた。

 それが、どうして、なんで、こんな――。


「熊なの!」

「バカ! 熊を俺と一緒にするな! 熊に失礼だろ! しかもそこはどうして下町に居るんだ? だろうがっ」


 どこまで熊好きなんだ。

 しかし、黄汀の熊に関する話は止まらなかった。

 凄いな豆知識。

 無駄だな豆知識。


 熊の大臀筋の走行なんて知ってどうする。

 触って確かめる前に食われるわ。


「しかも参謀長が熊狂いって」

「まあ俺としても参謀長になんぞなりたくなかったがな」

「ならなんで」


 なったんですか――と言う前に黄汀は答えた。


「参謀なんて机上であーだこーだ言う職業だ! つまり熊の取り方を教える事は出来ても実際に熊を獲るのは将軍だっ」

「ろくでもないたとえ出さないでください」

「ロクでもない?! この神類始まって以来の素晴らしいたとえだろうっ」


 大根と熊の違いだけで、やっぱり凪国王妃と頭の構造が似ているとヒキコさんは思った。

 ただし、黄汀の方がよほど有能だが。


「俺と熊の出会いは俺が三歳の」


 どうしよう!そこまで似てるしっ!


 ヒキコさんは話題を変えることにした。


「まあそれはどうでも良いとして、どうして参謀長が下町に居るんですか。それも何でも屋を経営してて、しかも親方と呼べだなんて」


 参謀長を親方呼ばわりなんぞしたら参謀長の信崇者達に殺されてしまう。

 というか、今まで熊の上――いや、雲の上の存在だった上層部と、しかも参謀長とこうして淡々と会話している自分が凄い、とヒキコさんは思う。


 一年その下で働いていたとはいえ、参謀長と知った今、普通であればもう以前の様には振る舞えない。


 しかも、上層部。

 ヒキコさんをくそみそ扱いし、それこそ王と王妹の仲を邪魔するとして王妃に敵愾心を持つ筆頭――いや、筆頭はヒキコさんを強引に王妃にした一派か。


 そもそも、ヒキコさんは嫁いでから今まで、上層部とは必要以上に接触しなかった。

 向こうもまず来ないし、ヒキコさん自身も罵倒されると分かっていてわざわざ行くようなドM的嗜好は持ち合わせていない。


 だから、上層部で知っているのは、昨日神にいちゃもんつけてきた将軍と他二~三神ぐらいである。


 参謀長の事も噂は聞いていたが、実際に会った事はない。

 麗しい美貌、卓越した頭脳、次々と打ち立てる策は恐ろしいまでの効果を発揮し、泉国を勝利に導く。


 泉国が建国した当初、愚かにも攻めてくる国々があったが、それらを王に心酔する参謀長は軍部と共に見事になぎ払ったという。


 それが、参謀長――。


「親方……」

「いいだろうが、呼び方なんて好きで」

「好きで?」

「当たり前だろう! 俺はむしろ親方と呼んで貰いたいが為にここに居ると言っても良い」

「は?」

「俺の父親がよくそう呼ばれてたんだよ。大工の棟梁だったからな」


 そうして父親の事を話し出す黄汀の顔は、まるで少年の様だった。

 キラキラと輝く瞳。

 未来が無限にあると信じて疑わず、ひたすら尊敬する相手への思慕が感じられる。


「つまり憧れの父親が親方って呼ばれていたから自分も呼ばれたいと」

「それもある。けど、親方ってなんか男らしい呼び方だろ。ほら、男臭いっていうか」

「まあ――」

「言っとくが、俺の昔のあだ名は『姫』と『嬢』だ」

「ああ」


 納得――とばかりに頷けば、黄汀に怒鳴られた。


「納得すんじゃねぇ! 俺にとって忌まわしい過去だっ」


 髭さえ剃り上げればそこにあるのは麗しき美貌。

 泉王や他の上層部よりは男らしいが、それでも彼もまた男の娘。


 さぞや女扱いされた日々だっただろう。


「お前に分かるか? 『お、お嬢ちゃん、はぁはぁ、その、その履いている下着を脱いで、お、おじちゃんにおくれ』とか『お嬢ちゃん、ちょっとそのスカートの中身を見るだけだよ、恐くないよ、ただ匂いが嗅がせてくれるだけで』とかお嬢ちゃん呼ばわりされてきた俺の気持ちが分かるか?!」

「いや、むしろ問題は後半部分だと思うんですが」


 お嬢ちゃん呼ばわりなどもはや問題ではない。

 通報、いや、抹殺レベルだろう。


 男の娘の範疇に入ってしまったが為の悪夢。

 ヒキコさんは平々凡々な自分の容姿に心底ありがたみを感じた。

 下手に美神に生まれてくるものではない。


「だから俺は誓った! いつかこの俺の男らしさを見せつけ、親方と皆に呼ばせてやると!」

「へ~」

「ここでの事は、そのプロローグであり始まりなんだっ」


 というか、ヒキコさんとしては『王宮では親方と呼ばれない事に絶望して下町でいたいけな民達に強制している』としか思えない。


「別に親方でも姫でもどっちでもいい」

「バカ! お前、親方と呼ばれる魅力を分かってないな?! 一度呼ばれたらもう二度と以前には戻れねぇんだぞ! 親方、親方最高だろ! 誰だって尊敬する父親がそう呼ばれていたら、子供も絶対にそう呼ばれたいって思うもんだ!」

「そうですか。つまり明燐様が『女王様』と呼ばれる事に固執しているのは、明燐様のお母様が女王様と呼ばれていたからなんですね」


 そうか。

 一度そう呼ばれたからもう以前に戻れてないだけなのか。


「いやちょい待て。そこ無理矢理枠に当てはめようとするな」

「へ? だって親が呼ばれていたのと同じ様に子供は呼ばれたいって。だから『女王様』と常に崇め奉られたい明燐様は、明燐様のお母様がそう崇められていたのだと思うんですが」


 明燐の母親に失礼な気がするのは何も黄汀だけではなかった。


「バカ! それだと凪国侍女長の母親はドSになるだろっ!」

「それが何か問題でもあるんですか」

「あるだろ! それだと凪国宰相の由来が分からなくなるだろ! ドMのっ」

「はい?」


 キョトンとするヒキコさんに黄汀は語った。


「お前! あの凪国宰相のドMが片親だけで補えるかっての! どう見ても一神分じゃないっ!」


 確かに――と思うのは、ヒキコさんが妹に言葉責めをされていた宰相を見た経験があるから。


「そうですね、私が間違ってました」

「だろう? あいつのドMっぷりは普通じゃねぇ。あの潤んだ上目遣いの瞳も、誘うような紅い唇も、纏う蜜が滴るような色香も、艶めかしい媚態と蠱惑的な体も全てが相手を誘ってんだよ!」


 そして黄汀は言った。


「それこそ、あいつの細胞全てが『苛めてもっと苛めて』と一斉に叫んでるんだ!」


 ヒキコさんの脳裏にそれは浮かび上がった。


 電子顕微鏡を使わなければ見えない体を構成する細胞の全てに眼と口と鼻があり、それらが一斉に叫ぶのを。


『苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて苛めてもっと苛めて――』


「キモっ」

「キモっ?! お前それ他神に向けて言ったら駄目な言葉なんだぞっ!」

「いや、本気でメッチャキモッ!」


 ヒキコさんは絶対に間違った事は言ってない。

 そして――トウモロコシが食べられなくなったのは、きっと不幸な事故だろう。

 何故って、その細胞の配列が何となくトウモロコシの姿でヒキコさんの脳裏に浮かんでしまったのがそもそもの不幸の始まりである。


「てめぇ! 自分が泉国王妃という立場って事を忘れるなよっ! 凪国と戦でも起こす気かっ!」

「大丈夫です、あの国は果竪様をバカにされたとしても、その相手を秘密裏に抹殺するだけに留めるほど良識のある国なので」


 それを果たして良識と言うのか――その判断をつけられる者はたぶん此処には居ない。

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