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第五話

「聞いたか?」

「ああ、ヒキコに初潮が来た――」


 その時、ヒキコさんの泉王に対する殺意は臨界点を突っ切った。


 絶対に殺す。

 憎しみから殺意に変わる瞬間なんて、実はそこら中に転がっているのかもしれない――。


 王宮の外に出ようと企んで二時間。

 ヒキコさんは王都どころか王宮の半分までしか来れていなかった。


 凪国もそうだが、なんだって王宮とはこうバカでかいものなのか。

 凪国なんて徒歩だと絶対に生き倒れる。

 だから、馬や馬車などの乗り物が利用されていた。

 因みに、一番科学技術が発展している場所ではリニアモーターカーとかもあるらしい。

 もしヒキコさんが泉国の支配権を握ったら、是非とも導入してやりたい。


 なんて事を、ヒキコさんは荒い息を吐きながら考える。


 広すぎる王宮なんて無駄だ。

 とはいえ、国の中枢――色々な機能が集約しているから仕方ない分もあるにはある。

 それに三年も居る王宮だ。

 近道やら何やらとヒキコさん自身時間短縮のルートは持っていた。


 おかげで、後宮から馬鹿正直に正門まで歩けば四時間近くかかる距離を二時間半に抑えたのは、きっとヒキコさんの脚力だけの話ではない。


 そう、実は脂肪が落ちて筋肉質になってきた足は関係ないのだ。


 にも関わらず、二時間経っても半分しかたどり着けないのはヒキコさんの前に立ちはだかる数々の邪魔のせいだった。


 一つは建国祭で普段よりも王宮内に神々が多い事。

 一つは催し物があちこちで行われており、仮設置の建物が多い事――これで普段は通り抜けられる道がふさがっている。

 一つは外部の者達が多いから、それだけ警備も厳重になっている事。


 まあ、上の三つは当然のことだろう。

 それに、真ん中を別とすれば存在感さえ消せば何とかなる。

 ヒキコさんにとって存在感を消す事など息をするよりも自然な――というか、頑張らなければ『完全空気』でいける!!


 しかし、だ。


 普段より多く見る上層部の姿。

 彼らから隠れて移動する中で毎回聞こえてくる言葉に足を止める。


 ――ヒキコさん、初潮来たんだって――


 王妃の内部事情ダダ漏れかいっ!


 しかも一番漏れて欲しくない秘事、それも恥部が上層部に知れ渡っているなんて!!


「ヒキコだからって舐めるな……」


 それはそれはオドロオドロしい地獄から這いずり上がってくる亡者の如き声音で、ヒキコさんは呻いた。

 きっと今なら、人間界で一世を風靡したホラー界のアイドル「ひきこさん」だって裸足で逃げ出すに違いない。

 むしろ、「ヒキコさん」の方が真性「ヒキコさん」になれるかも。


「絶対……絶対にこんなところから出てってやるっ!」


 神の初潮、しかも男達にまでバレていて、今まで通りに引きこもっていられるか!

 というか、今回でこれなら、今まで引きこもっていた間にどんな情報がダダ漏れていたか分からない!


 いびき?

 寝相の悪さ?

 それともこの前よだれ垂らして寝てた事まで暴露?!


「泉王陛下のバカあぁあっ」


 プライバシーの侵害だ。

 上層部にまでダダ漏れる口の軽さを王宮勤めとして採用するなんて。

 なんて。

 なん、て。


 ふざけんなぁああぁあっ!


 と、叫びたいが、すぐ近くに上層部が居るのでヒキコさんは心の中で叫ぶに留めた。


「う~~、バカバカバカっ!」


 デリカシーのない上層部を罵りながら、ヒキコさんはテクテクと歩き出した。

 それこそ、耳を両手で塞ぎながら。


 だからだろう。

 それに気づくのが遅れたのは。


「あ――」


 慌てて茂みの中に飛び込む。

 そこは、後宮の入り口。

 広い大通りを多くの侍女達を引き連れて進む王妹の姿にヒキコさんは言葉を失った。


 綺麗――。


 純粋にそう思った。

 美貌が、声が、髪が――なんていう話じゃない。

 王妹を構成する全てが美しい。

 光の姫――そう呼ばれるゆえんを見せつけられたかのように、光の中を突き進む。

 いや、王妹自身が輝いているのだ。


 歩く度に翻る袖と裾。

 控えめだが、王妹の美しさを最大限に引き立てる簪、腕輪、首飾り。

 美しく結われた髪と、露わになった白い項の眩しさ。

 瞬きするだけで腰が砕ける様な色香を放ちながら、清楚可憐な聖女が、春の妖精が統べる様に歩いて行く。


 しずしずと、ただ歩いているだけなのに息をのむほど美しく嫋やかだった。

 高嶺の花という言葉があるが、きっと王妹を手にする事が出来るのは泉王以外は居ないだろう。


 そうして王妹の姿が完全に後宮に消えてもなお、ヒキコさんは茂みから動けなかった。


 あの王妹に匹敵する美女といえば、ヒキコさんは凪国侍女長様しか知らない。

 他にも凪国上層部には美女が揃っていたが、それでも王妹の神秘的かつ幻想的な美しさに勝てる相手と言えば――明燐様ぐらいだ。

 後は、わんさか居る男の娘達ぐらいだろう。


「同じ女というのが間違っているよね」


 可憐が服を着て歩いている様な王妹と自分を比べる方がそもそも間違って居る。

 誰もが手を差し伸べたくなる、いや、手折り自分だけのものとして囲いたくなるほどに美しい王妹。

 男だけではない。

 女も、子供も、老神すらも王妹の美しさに酔いしれる。

 王妹は同性からの人気も高く、それこそ理想の女性とまで言われていた。


「……」


 ポタポタと流れる涙をぬぐい、ヒキコさんは顔を上げた。


「はやく、仕事場に行こう」


 終わらせた筈だった初恋が、悲鳴を上げる前に――。



 ◆



 建国祭で賑わう王都。

 ようやく王宮の外に出られたのは、昼を過ぎた頃だった。

 はっきりいって大遅刻である。


「こ、殺されるかも……」


 仕事先の上司は厳しい。

 一生懸命やる者には何も言わないが、ふざければ切れる。

 と同時に、時間にとても厳しかった。


「ど、どどどどうしよう!」


 クビになる事間違いなし。

 いや、その前に命が無事で居られるか。


「絶対に怒られる」

「良く分かってんなヒキコ」

「ひぃっ!」


 いつの間にか仕事場まで来ていたヒキコの前に笑顔で立つ――。


黄汀(おうてい)さん」

「馬鹿野郎っ! 親方って呼べって言ってんだろうがっ!」

「親方ってあなた薬師でしょうっ」

「うるせえ! 薬師は俺の一職業なだけで、今の俺は何でも屋だっ! そう、信頼第一時間厳守の、だ! てめぇ遅刻した分際で大きな口叩いてんじゃねぇぞゴラァ!」


 そうしてベシンと殴られた。

 どことなく、いや、将軍も似たような気性と口調だが、黄汀の方がより荒い。

 着崩した服。

 片手に持つ酒瓶、しかも半分飲みかけ。

 髪は首筋で緩く縛っているだけ、でもぼっさぼさ。


 あれれ?どこの口が信頼第一をのたまうのですか?


 なんて事を前にヒキコさんは言ったが最後、技を決められて半日失神した。


 そんな、職場の上司。

 二五歳現在婚活中の独身。

 ……見た目は整っているというのに――。


 ヒキコさんは改めて黄汀を頭の上から爪先までじっくりと見つめた。

 首筋で緩く結った腰まである、ぼっさぼさの蒼髪。

 美しい紫水晶の瞳、でも視線がキツイ。

 顎には無精ひげがぼうぼうだが、そりあげれば柔和で優美な美貌がお出ましとなる。

 けれど、目がとても悪く、相手を睨み付けている様に見つめる為、たいていの客達はその眼力に恐れ戦く。

 というか、まず髭ぼうぼう、よれよれの服というインパクトが強すぎて、冬眠から目覚めたばかりの熊にしか見えない。

 しかも背丈が高いから、余計に熊だ。


 以前に名うての猟師すらも「俺達には無理だ」と言った、馬並みのでかさに加えて筋肉隆々ファイターを思わせる熊を一撃で葬った過去を持つ。


 その時の黄汀のセリフはこうだ。


『こんな獲物で俺は満足しねぇ! 俺の認める女はあの細腕でもってこの獲物の三倍の熊を一撃で仕留めたんだっ! その熊から俺達を守ってくれた涼雪の名を、俺は一生忘れない』


 果たして黄汀達が涼雪のテリトリーまで侵入したのか、涼雪が熊を求めて黄汀達のテリトリーに入り込んだのかは分からない。

 しかし、いまや涼雪の名は熊ハンター達の誰もが知る所であり、最終目標ともなっていた。


 いいから。

 別に熊どうでも良いから。

 というか、涼雪様は熊ハンターじゃなくて凪国の王妃付きの侍女だから。


 と、涼雪と実は知り合いでしたと知った黄汀にサインを貰ってきてくれと詰め寄られたヒキコさんはそう説得を試みたが、黄汀は聞かなかった。


 上層部に比べれば男顔。

 けれど、十分髭さえそれば女の娘になるだろう黄汀の心すらも奪った涼雪。

 きっと彼女こそが魔性の女の称号に相応しいだろう。


「よし、ヒキコ! 今から熊狩りだ! 三十秒で用意しろっ」

「無理」


 絶対にヒキコさんは間違った事は言ってない。

 そして上司。

 人間界のアニメ見過ぎだ。


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