100円玉Love Story
短編を書こう!と思って書いてみたんですが、連載にしたいなと何度か思いながら、やっと書けました(汗)
感想、評価なんでもお待ちしてます!!
高校の昼休みの時間、人があまり立ち寄らない体育館裏の自動販売機に、私は毎日レモンティーを買いに来る。購買はこの時間、長蛇の列を作っているし、学食のはあまり種類がない。
この体育館裏の自動販売機の存在を知っているのは、私だけだと思っていた。
夏の始まり、ある月曜日。
「それ、ちょうだい」
と、彼が指差した先には、私が今まさに自動販売機に投入しかけた100円玉があった。
「・・・・・・これ?」
私は一瞬それに目をやったあと、彼の方を向いて言った。
すると彼は、「うん」と頷いた。
――このひと、何を言っているんだろう。
そう思いながら、私は100円玉を彼に渡していた。
「はい」
「ありがとう。じゃあね」
と言って、彼は校舎のほうへ引き返して行った。
――飲みもの、買うんじゃないんだ。
おつりをひねると、ちょうど持ってきた120円の、先に投入していた20円だけが、哀しく音を立てて落ちた。
次の日もまた、彼はやって来た。
「それ、ちょうだい?」
「これ?」
「うん」
「はい」
「ありがと。じゃあね」
気づけば1週間が過ぎて、私の500円は彼のものになった。
次の週から、月曜日の4限の体育が水泳になった。そのせいで着替えに時間がかかり、自動販売機に着いたのはいつもより10分ほど遅れたころだった。
もう帰っちゃったよね・・・・・・と思いながら100円玉を投入しようとしたとき、
「ねぇ」
と声を掛けられ、振り向くと彼がいた。
「まだ入れてないよね?」
「え?」
「100円」
「あ、うん……」
「じゃあ、それちょうだい」
「……はい」
「ありがと。じゃあね」
その日はいつもより、会話が長かった。
それから月曜日だけは10分遅れるのが習慣になった。
彼も私に合わせて、見事に2週間、3週間と、100円玉をゲットしていった。
もうすぐ夏休みになろうという日に、私は彼が100円玉を持って帰ろうとしたところを呼び止めた。
「ねぇ」
彼は私のほうを振り向く。
「あと2週間で夏休みでしょ。そしたらどうするの?」
と私は言った。
けれど彼はそれに答えず、校舎へと歩いていった。
「夏休みになったら、もうあげられないよ……」
私は彼の背中を見つめながら、そう、呟いた。
次の1週間、彼は、一度も現れなかった。
各クラスでは夏休み明けにある体育祭の準備が進められていて、昼休みの時間は慌ただしくなった。
クラスの実行委員になった私は、レモンティーを買うと、生徒会室へと急いだ。
「すいません、遅くなりました」
「大丈夫よ。時間なんて決まってないから」
と言ってくれたのは、生徒会の先輩だった。
「それにしても亜未ちゃんが実行委員なんて嬉しい。でも、どうせなら今年も生徒会に入ってほしかったな」
「あはは、すいません」
私は去年、生徒会で会計の仕事をしていた。というのも、高校に入学したての1年生から会計を選ばなければいけなくて、困った先生が「里中、おまえ中学のとき生徒会に入ってたろ。やってくれんか?」と、私に言ったからだ。
そのとき私は心底後悔していた。
入試トップなんて、狙わなきゃ良かった。そしたらこんなに目を付けられることもなかったのに、と。
とりあえず生徒会に入った私は、仕事をてきぱきと正確にこなすことで、先輩から可愛がられていた。当時の生徒会長には特に気に入られていたせいか、中学のときのような上級生からの呼び出しがなかったのは、ラッキーだった。
けれど、生徒会の仕事に時間を潰されるのは嫌だった。
だから私は2年生になって、とても安心した。同じクラスに、前の会長から任命された新副会長がいたのだ。彼のおかげで、私にまで生徒会の話が回ってくることはなかった。
「会長。あたし、2年生になったら生徒会には入らないで、自分の時間が欲しいんです。もっと恋愛とかしたいし」
と、前の会長に話しておいて良かったかもしれない。
夏休み前最後の1週間が始まった月曜日に、ふらりと彼はやって来た。
「それ、ちょうだい」
と、いつものように言って、いつもの会話のあと、帰っていった。
私のあの質問には、全く触れずに。
私は、初めて少しだけ、彼のことが分かったような気がした。
彼のことを知ろうとしたら。彼に質問したら。
もう、ここには来なくなる。
この関係は、終わってしまうのだと。
先週、彼が来なかったのは、それを私に教えるためだったのだろうか。
まるで罰でも与えられたかのような長い1週間に、私は寂しさを抱いていた。
それから火曜日、水曜日と過ぎて、木曜日になった。
「明日は夏休み前最後の日。1ヵ月続いたこの関係も、終わっちゃうのかな」
そう思いながら、私は自動販売機へと向かう。
「結局あの人のこと、なんにも分かんないや。確かに同じ学校にいるはずなのに、1度も会えなかった」
彼を探そうとも考えたけれど、それをしてしまったら、たぶん彼は来なくなる。そう思って、やめた。
まず、20円を先に入れる。そのあと、100円玉を投入する。
「それ、ちょうだい」
「これ?」
「うん」
「はい」
「ありがとう。じゃあね」
去っていく彼の姿を見つめて、私は思った。
どのみち今日で終わりなら、私から終わらせたっていいじゃない。
どうせ、もう、終わってしまうのなら。
彼を、知りたい。
「ねえ!!」
彼が、ゆっくり振り返る。
「明日でどうせ終わるんでしょ。なら、ひとつだけ教えてよ。あなたの名前!! 私は里中亜未、2年1組!!」
勢いよく飛び出した言葉たちが、風に流されていった。
彼のところまで、届いただろうか。
彼は何も言わず、校舎へと歩いていった。
もう来ない。きっと。
そう確信しているはずなのに、心のどこかで、なにかを信じている。
なにか、奇跡のようなことが起こるのを。
夏休み前最後の今日は、午前中に終業式をやって、昼休みを挟んだあと、体育祭の実行委員会に行かなくてはならなかった。終業式が終わると、一般の生徒たちは続々と下校の準備をしたり、部活に向かっている。
私は、来てしまった。いや、彼が来るようになるずっと前から、私がここでレモンティーを買うのは習慣なのだけれど。
その習慣に、彼が現れることも加わってしまったから。なにかが欠けてしまったみたいに、私の心は空しさを感じていた。
だけど、彼を知りたいと思ったこと、後悔していない。なにも言わずに彼の背中を見送っていたほうが、きっと後悔していた。
だから私は大丈夫。これからは1ヶ月前のように、元の習慣を取り戻していける。
先に、20円を入れる。
そして、100円玉を投入する。
ゴトトトッと大きな音を立てて、レモンティーが落ちてくる。
「遅かった」
後ろから声がして、私は振り返った。するとそこに、彼がいた。
「100円、入れちゃったかぁ」
彼は慌てて走ってきたようだった。息が上がっている。
もしかしたら彼は、本当はもう来ないつもりだったのだけど、どうしても気になってやっぱりここに来たのだろうか。
いつもの時間よりも5分遅れてしまったから、私は100円玉を投入したあとだったけれど。
「遅くないよ」
と私は言った。そして彼の前に左手をズイッと差し出し、固く握られた拳をゆっくり解いていく。
「あ」
彼は思わず声を上げ、私を見た。そして、笑った。
私の手の平には、ほんの少しの期待とともに握り締められていた、100円玉があった。