真夜中のカウンターで
ティアが自分の生き方について憂いながら眠りについた夜半過ぎ。
フードを目深にかぶった一人の男がラルゴの店のカウンターに静かに座った。
「お客さん、はじめてだね。何にするかい?」
グラスに入った水をその男に差し出しながら軽く問いかけたラルゴに、男は目を合わせることなく「暖かいゴラルクーを」と小さな声で返した。
ラルゴは男に背を向けて、ゴラルクーが入った樽の栓を少し開け、その琥珀色の液体を火にかけるために小鍋に移した。もう少し早い時間であれば常連の客で賑わっている店内も、さすがにこの時間には客のほとんどが引き上げている。カウンターに座るフードの男が店を訪れる少し前に、最後まで残っていた常連の一人がフラフラの足取りで帰路につき、店の入り口の鍵をそろそろ閉めようかとラルゴが思っていたところに現れたのが、この男である。
火にかけたゴラルクーからほんのりと甘いアルコールの香りが漂い始めた頃、それまで静かに座っていたフードの男が、小さな声でラルゴの背中に声をかけた。
「依頼を、したいのだが。」
ラルゴはすぐには返事をしなかった。
無言のまま、小鍋に入ったゴラルクーを陶器のグラスに注ぎ、カウンターの男に差し出した。振り返ったラルゴの表情には、先ほどまでの店主としての愛想の良さは無い。フードの男は相変わらずラルゴの顔を見ようとはしなかったが、ラルゴが纏う空気が変わったことにはすぐに気づいた様子であった。
「で、内容は?」
普段、人が良いことで知られているラルゴからは想像もできないような冷静な声で、ラルゴは男に問いかけた。街の人々はおろか、ラルゴの裏の顔を知っているティアでさえ、ラルゴのこのような声は聞いたことがないだろう。
しかし、そのような冷え冷えとした空気もフードの男にとっては予想の範囲内であったようである。ラルゴから否定の言葉が出ないことを確認すると、本題を切り出した。
「ある人物を殺してほしい。簡単に殺せるような相手ではないのだが。・・・万が一失敗しても、足がつなかければかまわない。報酬はそちらの言い値を用意しよう。」
予想通りの依頼内容に、ラルゴは感情の無い声で「誰を殺すんだ」と問い返した。
ゴラルクーは、ブランデーのような蒸留酒で、シェラール王国では一般的な庶民のお酒です。