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守りたいもの

 「姉さん、お帰り。今日は遅かったんだね」




 家に帰り着いたのは随分と夜遅くだったのに、弟のキールはまだ起きていて、食事を用意して待っていた。





「ただいまキール。今日はね、ほら・・・ラルゴさんにこき使われて。ラルゴさん、私相手だと容赦がないんだから、もう。『ティアなら出来る』の一言だけで、何でも私にさせようとするの。今日だってラルゴさんが汚しまくった床を私がひたすら磨いたの。ひどくない?」



 普段のティアは、近所に住む10歳上のラルゴという男が営む食堂で働いている。5年前に流行り病で両親を亡くしたティアとキールの姉弟がいままで生きてこれたもの、昔から二人をよく知るラルゴが、親身になって2人の生活を支えてくれたからだということを、ティアもキールもよくわかっていた。




「ははっ。姉さんがそれだけラルゴさんに頼りにされてるんだよ。いいなあ、楽しそうじゃない。」



 すっかりと冷めてしまった夕食のスープを火にかけながら、キールがティアをなだめるように言った。



「そう?・・・まったく、しょうがないよねえ。私が居ないとダメなんだもん、あのお店。私がいなかったらとても人様に出せる料理なんて作れないよ。あんなにおいしい料理を作れる人が、どうしてあんなに片付けられないのかしら。」



 鍋から立ちはじめたおいしそうなスープの香りをかぎながらティアがぼやくと、キールが笑った。ティアがぼやくのもキールがなだめるのもすっかり当たり前のことであり、今日も二人だけの家の中には穏やかな時間が流れていた。








「そんな事より、キールはこんな時間まで起きてて大丈夫なの?昨日まで寝込んでたのに、寝不足のせいでまた体調崩してベッドに逆戻りなんてことになったら笑えないんだからね。」



 ティアより2つ年下の弟キールは、亡くなった母親に似て昔から体が丈夫ではない。15になった今でも月の半分はベッドの中で過ごしているほどに、すぐに体調を崩してしまう。ティアも同年代の少女に比べれば華奢な方であるが、キールのようにすぐに寝込んでしまうことはあまりなく、大きな病気もこれまで経験していない。



「うん、大丈夫だと思う。昨日も熱自体はほとんど下がってたから。姉さんが疲れて帰るのに、食べ物の一つもないのはかわいそうだと思ってさ。」


「そっか、ありがと。」



 弟の優しさに、さっきまでの重く暗い気持ちが少しだけ軽くなっていくのがわかる。

 







 

 ラルゴの店で働かせてもらっているティアだが、月の収入は兄弟二人が生活するのが精一杯でキールを定期的に医師のもとへ通わせるほどの余裕は無い。

 ティアが裏の仕事を始めたのも、弟を医者に診せる金を稼ぐ為だった。



 ティアに裏の仕事を紹介したのは、ラルゴだった。ラルゴの店で働き始めてしばらくして、幼いけれども聡かったティアは、表向きは町の食堂を営んでいるラルゴが、時々秘密の話をしていることに気づいた。頼み込んで頼み込んで、ラルゴはしぶしぶティアが裏の仕事にかかわることを了解した。






 キールはティアの本当の仕事を知らない。いや、ティアが知らせていないのだ。


 純粋な心を持ったこの弟にだけは、自分の汚い部分を見られたくない ――― それは、この仕事を始めた際、ラルゴにティアが出した唯一の条件だった。










「片付けはしておくから、キ-ルは先に休んでいいよ。」



「そうしてくれると助かる、じゃあ先に寝るね。おやすみ。」



 キールが眠りについた事を確認してから、ティアは大きく溜め息をついた。テーブルにうつ伏せになると途端にどっと疲れが押し寄せる。正直なところ食事をするような気分ではなかったが、まだ温かさが残るこの食事を残しては、心優しい弟はきっと私の事を心配するだろう。


 温かいスープに少し硬くなったパン。

 この仕事を済ませて帰ってきた後はいつも、普段ではごく当たり前の事をしている自分に違和感を感じずにはいられない。いつものように食事をし、キールと話し、ベッドに入る。人の日常を奪った私がこうやって---。


 いや、やめよう。ここはあの暗い橋の下じゃない。ここは、弟と暮らす私の家。


 残りのスープを喉の奥へ無理やり流し込み、ティアは食器を片付けた。


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