仕事
今の仕事――暗殺業に手を染めるより前は、自分にも幸せな時があった。
「・・・あなたたちに捧げる花くらいは、汚れていなかった頃の自分が選んだものにしたい。だけど・・・・。そんなことしたって誰も喜ばないよね。私が憎いよね。」
新月の下の暗闇の中、ほんの僅かにティアの姿が浮かび上がる。
あと少しで17の誕生日を迎える少女の、細身のしなやかな体は少しだけ丸みを帯びており、背中まで伸びた淡い金色の髪の毛は風でさらさらと揺れている。
ほっそりとした顔の中心で輝いているだろう二つの瞳は、今は閉じられていて見ることができないが、それもティアの美しさを損なう理由にはなっていない。
形の良い唇からこぼれ落ちたその囁きは誰の耳に入る事もなかった。
ティアが今日命を奪った相手はそろそろ壮年に入ろうかという体格の良い男だった。
来月行われるという娘の結婚式の話を、物売りの振りをして近づいた見ず知らずのティアにまで嬉しそうに話していた幸せそうな表情が印象に残っている。
驚きに見開かれた眼。
何故、という驚愕の表情。
痛みにうずくまる姿。
一刻の苦しみの後に動かなくなる、体。
彼の娘は突然命を奪われて結婚式に出席する事が出来なくなった父親を想って悲しみに暮れ、その命を奪った人物をこの先もずっと怨み続けるだろう。
誰を恨めばよいかもわからないまま、恨み続けるのだ。
こんな光景は今までに何度も目にしてきた。
ティアが奪った生命の数と同じだけ、ティアが生み出した悲しみが存在する。
彼らの悲しみに対して罪を償う事もできず、彼らの怒りをこの身に受けることもできない自分はどれだけ卑怯な存在なのか。
祈ることを続けているのは罪悪感を少しでも減らしたいという心の奥底の本音が知らず知らずのうちに行動に現れているからなのかもしれない。この生き方を選んだ事に後悔はしていないが、拭い去る事のできない罪悪感だけはいつになっても慣れる事がない。
―――いや、そうじゃない。この心地の悪さはそんなものじゃない。
結局は罪悪感という気持ちを、自分の心を守るために利用しているだけなのだ。罪悪感を抱く事で、彼らの命を何のためらいもなく奪った自分がまだ人間らしい心を持っていると思いたいだけなのだ。本当にそんな感情を持っているのだったら、人を平気で殺すことなんてできるはずがない。
―――現に今日だって人を一人殺してきたばかりじゃないの。
幾筋もの涙の跡が残る頬にまた一粒涙が零れたが、それを拭うこともせず、ティアはただ祈り続けた。
何が悲しいのか誰に対しての涙なのか。自分でもまだよくわからない。