懺悔
シェラール王国の王都チクルを静かに流れるラル河。
国を潤す母なる河を渡る橋の下に、ティアが造った墓がある。草が生い茂り、人が訪れる事などほとんど無いこの場所にひっそりと隠されるように造られた墓の前で、ティアは今日も祈っていた。
――― 自分が奪った命がどうか安らかに眠れますように、と。
ティアを包むのは、河を流れる水の音と風に撫でられ微かに音を立てる周囲の草のさざめきのみ。周囲はすっかり夜の闇に覆われていて、ティアの頭上にある橋の上を誰かが通りそうな気配もない。
――― 私の声は彼らの眠りをさまたげるだけかもしれない。誰が自分を殺した相手の祈りを欲するものか ―――
ここへ祈りに来る度にそんな思いに駆られるけれども、それでも祈らずにはいられなくて、ティアは新月が暗闇を運んで来るたびに花と祈りを捧げにこの場所へ来てしまう。祈りを捧げるべき数多くの人の亡骸はそれぞれ別々の場所に埋葬されていて、ここにあるのはティアが自分で造った中身の無い簡素な墓だけだというのに。
墓の前にはティアが持ってきた花が置かれている。
セラムと呼ばれるこの白い花は、水を遣ることが無くとも当分の間枯れずに咲き続ける不思議な花だ。ティアが死者にこの花を捧げるようになったのは、遠い記憶の向こうで誰かがこの花を好きだと言っていた気がしたからだ。それを言っていたのが誰なのか、そんな話をしたのがいつの事だったのかも覚えていないが、ティアが今の仕事を始めるよりも随分前の事だったような気がする。