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竜は人を愛する夢をみる  作者: 木庭七虹
第六章 ノガルドの王
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4.女王

 ノガルドに史上初めての女王が誕生した。

 神官長を中心に、政治の中枢を担う人々が頭を付き合わせて協議した。結論はあっさりと出た。過去の事例はないが、女王の就任を認めないという法律は存在しない。そして、何よりもクオンが〈真実の宝冠〉に選ばれたのだという事実が最優先された。

 この世界に住むすべての人が、宝冠から放たれたクオンの人間を愛する心に触れている。魂の中心に直接入り込んでくる暖かな想いを、誰も拒むことが出来なかった。

 クオン殿下こそが、先代の王の跡を継ぎ、世界の中心たるノガルドの王にふさわしい――

 それは多くの民衆の思いであり、あえてそれを覆すならば、再び暴動が起こりかねない。ただでさえ、忌まわしい騒乱があったばかりである。宮廷の面々も、そんな面倒なことは避けたいと考えていた。

 三大陸からも、クオンの即位に対して一切の苦情は出なかった。むしろ、因習深いノガルド国が、女王の誕生を認めたことへの讃辞が多く寄せられた。

 ノガルドは新しい王を頂いて、新しい歴史を刻みはじめた。

 宰相には、アガンの長兄が就任し、国務大臣にはエレングスの息子が就いた。

 女王の夫には、ダングラード公爵の息子ジェシルが選ばれた。

 これまでの慣例に従って、クオンの夫はテーレ大陸のいずれかの国から迎えるべきではないかという意見も出たが、女王の配偶者は王妃とは立場が違うということで、王家の傍系である公爵家から迎えるのが一番良いという結論に達したのだった。

 十四歳も年下の夫は、時にクオンを苛つかせ、呆れさせることもままあったが、元来実直な性格で、女王の夫という大役を立派にこなしてくれた。

 二男一女に恵まれ、家庭も安泰なら、国も安泰だった。

 クオンは、四十一年もの間女王として、国のため世界のために尽くした。

 そして、再び、宝物庫の鍵を次世代に渡すべきときが訪れた。

 自分の命がもうさほど長くはないことを察したクオンは、次男に国王の地位を譲った。

 長男は父親の跡を継いでダングラードの領地を引き継ぎ公爵となることを、もう随分と前から受け入れていた。長男を王家の後継者として選ばなかったのは、夫に似て穏やかな性格の長男では政治の荒波に耐えられそうにないことと、体があまり丈夫ではない分、精神的にも揺れやすく、宝冠の試練に耐えられないと考えたからだ。大事な息子が、クレモスのように無惨な死に方をするのを見たくなかった。義理の叔父の最期を聞き知っている長男も、母のそうした気持ちを理解してくれているようだった。

 次男は、クオンの教えをよく守り、〈真実の宝冠〉が与える試練にも耐えた。

 宝冠を頂き、玉座に座る息子を見守りながら、クオンは小さく微笑んだ。

 末子である次男は三十四歳。あのときのアガンと同じ歳だった。

 戴冠式を終え、王宮の大広間で、各国の使者から祝福を受ける次男を見詰めながら、クオンは思った。

 もし、あの動乱がなかったならば、自分は男として父の跡を継ぎ、王妃を迎えて父親となっていたのだろうか?

 アガンは宰相として、今も隣に立っていただろうか?

 互いの胸に抱く相手に対する愛を、歪んだ愛だと退けて、表面は強い絆で結ばれた主従を演じながら、永遠に苦しみ続けたのだろうか?

 多くの血が流れたあの動乱を、クオンは肯定するつもりはまったくない。

 しかし、偽りの姿で苦しみ続けるよりも、本当の姿で、真実の愛に気付くことが出来た自分のほうが、確実に幸せだったと思う。もし、あの動乱がなければ、自分は、真実の自分を知らないまま終わっていた。

 クオンは、窓越しに東の空を見上げた。

 目を閉じれば、今でも鮮明にアガンの姿が浮かぶ。

 決して平坦ではない女王としての人生を支えてくれたものは、アガンが命をかけて貫いてくれた愛だった。クオンは、今でも、自分がアガンの愛に包まれているのを感じている。

 遥か海を隔てた遠い遠い場所で、今も刻まれているはずの鼓動が、クオンにははっきりと感じ取ることが出来る。クオンは、その温もりを抱き締めながら、心の中でそっと呟いた。


 約束だ。俺は、お前に会いに行くぞ――


 クオンは、皺の刻まれた口元に不敵な笑みを浮かべた。


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