表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜は人を愛する夢をみる  作者: 木庭七虹
第五章 真実の宝冠
23/33

2.侵入

 通りは人で埋め尽くされていた。

 ヘーゲを始めとする十二カ国の連合が、ノガルドに対して宣戦布告したという噂は、あっという間にガルド・ロムールの街中に広がった。ダングラードで早朝に戦闘が始まったという報せは、昼前には王城に届いていたようだ。正午にはクレモス代王による開戦宣言が正式にくだされ、街は騒然となった。

 王城からは、美々しい鎧を身にまとった将軍率いる軍団が、次々に出てくる。騎馬隊に、火器部隊、戦車隊、歩兵団。槍の穂先を煌めかせ、武具の擦れ合う音を響かせて、大通りを粛々と行く。それを見送る市民たちの顔は、どれも不安によどんでいた。

 一際大きな歓声が上がり、市民にまじって通りを歩いていたクオンは、フードで隠していた顔を上げた。

 金で飾られた六頭立ての戦車が行く。車上には、金色の鎧に身を固めた、がっしりとした体格の男が乗っていた。白金の髪と氷のような水色の瞳、涼やかな顔立ちは義母のミモルヴァによく似ていた。その隣に小柄な少年が乗っている。同じく白金の髪と氷の瞳を持つ少年と、隣の美丈夫は、まるで親子のように見えた。

 クオンは、サザの言葉を思い出し、胸が痛んだ。

 クレモスは、王を表す緋色のマントをまとっていたが、どう見ても隣の男の方が、年齢といい、容姿といい、威厳といい、王というにふさわしい。

「レメナス王……さすがに風格が違いますな」

 ダウルドが唸った。

 クオンは、固い顔で頷いた。

 王の戦車の前後は、筋肉隆々たるヌガティックの騎馬団ががっちりと固めている。レメナス王の近衛師団である斬竜騎士団に違いない。ヌガティックの師団は獣の名前を師団名としているが、斬竜騎士団は、特に勇猛で知られる四獣師団よりも、さらに獰猛なことで名を馳せていた。

 斬竜騎士団が通り過ぎると、新たに出てくる兵団もなく、通りの人だかりも徐々に減ってきた。街に再び平穏が戻るかと思えたそのとき、どこかで大きな爆発音がした。

 二度、三度、破戒音が響き、空気がビリビリと震える。慌てて飛び出して来た市民で、通りはまたごった返した。

「武器をとれ!」

 どこかで誰かが叫んだ。

「レメナス王は不在だ! 今こそ王宮を取り返す好機だ!」

「立ち上がれ! 王宮を取り戻し、正統な後継者であるクオン殿下を迎え入れよう!」

 アガンが目配せを寄越した。

 煽動しているのは、クォードが組織した反体制派に違いない。かれらは王宮を、正面である南門から攻める予定だ。かれらの組織は百人足らずだが、呼び掛けに即応して市民たちが続々と参加しはじめていた。街路には、王宮へ向かうにわか闘志たちの流れが出来はじめている。

「クオンさまのために戦おう!」

「クオンさまを我らが王に!」

「クオンさまを我らが王に!」

 人々は、鉈や鎌などを手に、口々に唱えながら、王宮へ向かった。

 クオンたちは、その流れに乗って王宮へ近付いた。

 パンパンと発砲音がして、何人かが倒れた。

 王宮を守る衛兵が、南門の上に結集し、市民に銃を向けていた。

 その様子に、クオンは歯噛みする。

「クオンさまのために!」

「クオンさまのために!」

「我らが真の王のために!」

 過激な発砲にも怯むことなく、人々は門に殺到した。どこからか巨大な丸太が運び込まれ、城門の扉に叩き付けられる。

 城門の上から市民を狙い撃ちする衛兵目掛けて、火のついた酒のビンが投げ込まれた。ビンが割れて浴びた酒に引火し、火だるまになった衛兵が落ちてくる。何本もの槍や、先端を尖らせた棒が、落ちた衛兵の体を刺し貫いた。

 双方の血が無惨に流れる。それを見て、人々の興奮は高まり、辺りは戦場特有の異様な空気に包まれる。

 アガンの指示でクオンたちは、そんな南門を離れ、くねくねとした街路を迂回して、王城の西に出た。

 西側の城壁の上に、衛兵の姿は見えなかった。ほとんどの兵は連合軍との戦いのために出払って、王城に残留している兵士は少ないはずだ。そこを襲われ、警備に隙が出来ている。

「ここからどうやって入るというのだ?」

 城壁を見上げてダウルドが言った。南側に比べて、他の三方の城壁は高くなっている。大人の背丈の五倍はある壁は垂直で、容易に登れるものではない。多少のくぼみや出っ張りがあるので、手足をかけられないこともないが、衛兵の巡回路になっている最上部は、外側に大きくせり出していて、とても乗り越えられるものではない。

「レト、出来るか?」

 アガンが、レトを見た。レトは小さく頷くと、壁に手をかざした。

 レトのてのひらが淡く光る。と、壁が透けて王宮の庭が見えた。かつて、アガンとふたりで離宮から逃れたとき、魔法使いのモルセオンが使ったのと同じ魔法だ。

 壁にぽっかりと空いた穴を見たダウルドは、低く唸って天帝の印を切った。

「様子を見てきます」

 クォードが先に穴をくぐる。しばらくしてから手招きした。クオンは、アガンに続いて穴をくぐった。レトがうしろに続き、最後にダウルドが通り抜けると、穴はまるで何事もなかったかのように消えた。

 そこは木の生い茂った庭園で、もう少し南側に行くと、アガンと初めて出会った場所がある。

 久しぶりに足を踏み入れた王宮を懐かしがる暇もなく、アガンに促されて、クオンは正面にそびえる城に向かった。

 西の塔をぐるりと回り、城の北側に来る。

「ここがどこだかわかるか?」

 アガンがレトに問う。

 レトは手にした図面を広げて、実物の城と見比べた。

「ここ……だな?」

 図面上の一点を指さした。アガンが頷く。

「まずは壁を抜けて、この部屋へ出る。そのあと、廊下へ出て、階段を下り、守衛の詰め所を抜ければ、宝物庫の入口だ」

 アガンが、図面の上に指を走らせて説明した。レトは頷くと、再び壁に手を当てて、魔法の通路を開いた。モルセオンのように、長距離の通路を開く力はないらしい。しかし、これだけでも充分役に立つ。

 クオンたちは、城内に足を踏み入れた。そこは武器庫で、歴代の王の甲冑が並び、壁面には、名のある名剣がかけられている。美術的価値があるだけで、あまり実践用ではない武器が大半なので、戦争だというのに、ほとんど持ち出した形跡はない。

 アガンは壁にかかった剣の中から小ぶりの一振りを選んでクオンに投げて寄越した。アガン自身も、室内で邪魔にならない長さの剣を選んで腰に挟んだ。

 ダウルドは斧を手に取り、クォードは短槍を選んだ。レトは武器には興味なさそうだったが、てのひらに納まるぐらいの短剣を見つけると、しばらく弄んだあと、腰に差した。

 武器庫の扉は外から施錠されていて開かない。

 レトがまた、壁面に通路を作った。

 廊下に出た途端、そこを警備していた衛兵と鉢合わせになったが、アガンが何気ない動作で繰り出した剣に喉を刺し貫かれて絶命した。

 クォードが嘆息する。

「お見事ですな」

 アガンは、クォードの讃辞に顔色ひとつ変えずに剣を鞘に戻した。アガンの怖さは、これから攻撃するという構えがまったくないところだ。殺気を放つこともなく、普段の動作の延長がそのまま攻撃に変わる。だから剣筋が見えにくく、相手は防御が間に合わない。迎撃態勢に入る前に、もう急所をやられてしまう。

 狭い廊下を、アガンを先頭に、ダウルドを殿(しんがり)にして、一列になって進んだ。

 出会う敵はみな、曲者の侵入を知らせる余裕もないまま、アガンによって倒された。

 地下への階段を下り、閉ざされた扉をレトの魔法でくぐると、宝物庫の守衛の詰め所だが、そこには誰もいなかった。南門の応援にすべてかり出されているのだろう。

 思っていた以上にあっさりと宝物庫に近付くことが出来て、クオンはホッとした。

 守衛の詰め所を超えると鋼鉄の扉があった。レトが通路を開こうとしたが、ここはすでに魔法に対する防御が施されているようだ。レトの力では通路を開くことが出来なかった。

 すると、アガンが腰に下げていた鍵束の中からひとつを選んで鍵穴に差し込んだ。力を込めて押すと、扉が開いた。宰相が、宝物庫と王家の私室を除いた、王宮内のすべての鍵を預かっているということを、クオンはいまさらながら思い出した。

 鋼鉄の扉の先には短い通路があって、すぐに青玉で出来た扉に突き当たった。

「殿下……」

 アガンに促されて、クオンは、胸に下げた鍵を外した。中央の鍵穴に差し込む。鍵を回すと、カチリと音がして扉は勝手に開いた。

 扉の向こうは丸い広間になっていて、青玉の扉と向かい合うようにして紅玉で出来た扉があった。

「アガン……」

 クオンが見詰めると、アガンは黙って頷いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ