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竜は人を愛する夢をみる  作者: 木庭七虹
第五章 真実の宝冠
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1.夜明け

 開戦の日の夜が明けようとしていた。

 アガンは部屋でひとり机に向かっていた。昨夜までに各地から届いた報告の手紙には、準備が滞りなく進んでいることが記されていた。みなの士気は高く、行間からこの戦いへの意気込みが見えてくる。もちろん、すべてが完璧に行われているわけではなく、行き違いや失敗はある。しかし、それらに対して、各部門の長がきちんと対応したうえで、包み隠さず報告してきている。これは良いきざしだった。どんな小さなことも疎かにしないことが大事だ。隠し、誤魔化し、表面を繕っていると、そこから大きな誤りが生じてしまう。問題が起こったときは、それを明らかにし、原因を追及し、再発を防ぐ必要がある。それがきちんとなされている限り安心だ。

 人間は、己の失敗を隠したいと思うものだ。出来ることならば、なかったことにしたいと思う。そこを、全体の利益のため、目的遂行のため、あえてさらけ出す勇気を持たせること、さらけ出すことを躊躇させない空気を作り出すことが大切だった。それには、上下の意思の疎通と、目的意識が不可欠だ。ひとりひとりに自覚がなく、意思の疎通が出来ておらず、責任をなすりつけあうような組織は空回りする。円滑に機能している組織は、末端のひとりまでが責任を自覚し、成すべきことを把握しているものだ。

 戦いに勝利するには、ひとりひとりの自覚が何よりも大事だ。戦いへの意気込みなしに勝つことは出来ない。力と恐怖で押さえつけ、無理やり戦わされる兵士は、破れかぶれで見境のない凶行に走り、攻めの強さを持つが、己の命も味方の命も疎かにしがちだ。だが、己の信念で戦う兵士には、粘り強さがある。最後の最後にものをいうのは、守り抜こうとする意志の強さと、なんとしてでも勝利を得ようという決意の深さだ。

 「ノガルドに正統な王を」という思いが味方をひとつにまとめている。

 ノガルド王家に対する信仰心にも似た崇拝の念と、これまで延々と続いてきた暮らしが覆されることへの不安、そして、ヌガティックの侵攻に対する反発心と、危機感。そうした思いをあおり、戦うべきだとけしかけたのは、アガン自身だ。十五万の命を戦争へと駆り立てた。その罪をアガンは深く自覚している。

 人々にとっては正義の戦いだったが、アガンにとっては、ただひたすらクオンのためだった。クオンひとりのために十五万人を死地に向かわせた。アガンは、クオンのためであれば、世界中の人間を死神に差し出すことも辞さない。

 旭日が、まださほど高く昇らないうちに、戦いの火ぶたは切って落とされるだろう。

 サザの告発を元に、ノガルドの王位を簒奪しようとしているレメナス王の罪を糾弾し、宣戦を布告する。この流れはもう止めることは出来ない。

 アガンは、白みはじめた窓を見て立ち上がった。

 部屋を出て、一階の離れにある浴室に向かう。戦を前に身を清めるためだ。

 服を脱ぎ、冷たい水を浴びる。染めた髪も洗い流し、本来の姿を取り戻す。

 偽りの姿はもう終わりだ。偽りの暮らしも終わりだ。アガンは、ノガルドの宰相として、クオンの頭に宝冠を載せる。必ず載せてみせると誓った。

 部屋には戻らず、居間へ行くと、クオンがひとり立っていた。

 クオンは、黒いズボンに瞳の色と同じ群青色の長衣を着ていた。こうして、体の線さえ露わにしなければ、充分立派な王子に見える。

 アガンは、愛する王子の前に跪くと、その手を取ってくちづけをした。

「さあ、参りましょう。すべてを取り戻しに!」

 クオンは、革紐で胸から下げた青玉の鍵を、しっかりと握りしめて頷いた。


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