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竜は人を愛する夢をみる  作者: 木庭七虹
第三章 竜の心臓
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5.目覚め

 目を醒ますと見慣れた部屋にいた。

 左側に気配を感じて首をめぐらすと、クオンが寝台に突っ伏すようにして眠っていた。

 記憶をたどり、アガンは、自分が今生きているらしいという事実に驚いた。

 左胸をまさぐる。あるはずの傷はどこにもなかった。

 ならばあれは、夢だったのだろうか? たちの悪い悪夢。

 それにしては、自分の胸に食い込んでいく刃の感触が明瞭に残っている。思い出して吐き気がした。血の臭いが鼻についているような気がしてならない。

 体を起こそうとして、目が回った。そのまま再び枕に頭を沈める。

 その振動にクオンが目を醒ました。

 目が合うと、途端にクオンの瞳が涙に潤んだ。クオンは無言のままアガンの首に飛びついてきた。胸に顔を埋めて泣く、女の姿をした王子。その体の熱と重みを感じながら、アガンは生きていて良かったと思った。

 両腕をそっと回して抱き締める。これほどまで我が君を近くに感じたことはなかった。クオンが確かに自分のことを想ってくれているとわかる。そのことが嬉しかった。

 主君に対して愛を捧げてはいるが、それは一方的なものであって、主君の愛を求めるつもりはなかった。ノガルドの王の愛は、世界中の人々に等しく降り注がれるものでなくてはならない。自分ひとりに向けられることは決してないはずだったし、あってはならなかった。自分は使い捨ての道具で良いと思っていた。クオンのために死ねるのであれば、それで構わない。自分の死を主君が嘆く必要はなかった。なかったはずなのだが――

 クオンが自分のことを想い、自分のために泣いてくれている。そのことが、とてつもなく嬉しかった。

「そんなに泣かないでください。私などがいなくなっても、クオンさまは大丈夫でしょう?」

 クオンは怒った顔をした。

「そんなことを言うな。アガンがいなくては俺は生きていけない」

 体の芯に快感が走る。

 一方的に捧げる愛は孤独で冷たく苦しく寂しいものだが、返される愛の、なんと甘美なことか。自分の存在を認めてもらえることは無上の悦びだった。

 自分とクオンの間にある愛は、他のどんな愛よりも崇高なものだとアガンは信じている。男女の間の粘々した肉欲や、親子や兄弟の血の共鳴、主君に対する臣下の忠誠、友人に捧げる無垢の信頼、神々への敬虔な祈りなど、この世には様々な愛が存在するが、自分がクオンに捧げる愛ほど、純粋で強固なものはないはずだ。

 クオンのためになりたい。もっともっと役立ちたいとアガンは思った。クオンの目になり、耳になり、頭脳になり、手足になりたい。

 クオンには立派な王になって欲しい。クオンが、自分の言葉を聞き入れ、自分の忠告にさえ従っていれば、決して間違いを犯すことはないはずだった。そうあるように努力してきた。だから、他の誰よりも頼りにされたい、必要不可欠だと思われたい、常に存在を求めて欲しい――

 渇きにも似た激しさで、アガンはそれを欲した。


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