第九十六章 意見が違ったら
「それでも意見が違ったら。」
林川は、その一文を書いた。
ここまで考えてきても、最後に意見が一致するとは限らない。
利用者は、
「この方法がいい。」
と言う。
運営する側は、
「この方法では負担が大きい。」
と言う。
行政は、
「安全上、この条件が必要だ。」
と言う。
提供する側は、
「そこまで対応する余裕がない。」
と言う。
どれも、それぞれの立場から見れば理由がある。
林川は、以前のページをめくった。
「複数の視点。」
その言葉を見ながら、
「意見が違うこと自体は、問題ではない。」
と書いた。
問題になるのは、意見が違ったときに、
「どちらが正しいか。」
だけで終わってしまうことだった。
林川は、紙を四つに分けた。
「事実。」
「判断。」
「希望。」
「制約。」
まず、何が事実なのかを確認する。
利用者が何人いたのか。
どれだけ費用がかかったのか。
どんな問題が起きたのか。
そのうえで、
「どうしたいのか。」
を分ける。
利用者は、もっと近い場所で使いたい。
運営者は、作業時間を減らしたい。
行政は、安全性を確保したい。
提供者は、負担を増やしたくない。
さらに、
「できないこと。」
も確認する。
予算には上限がある。
人手にも限りがある。
場所にも限りがある。
法律や安全基準もある。
林川は、
「希望だけで決めない。」
と書いた。
同時に、
「制約だけでも決めない。」
と書き足した。
制約だけを見れば、
「できない。」
で終わってしまう。
希望だけを見れば、
「こうしたい。」
だけが残ってしまう。
だから、その間に方法を探す。
林川は、小さな矢印を書いた。
「目的」
↓
「制約」
↓
「選択肢」
↓
「比較」
↓
「決定」
目的まで同じなら、方法について意見が違っても調整できるかもしれない。
しかし、目的そのものが違えば、簡単には一致しない。
例えば、
「できるだけ多くの人に利用してもらいたい。」
という人と、
「利用者は少なくても、本当に必要な人だけが使えればいい。」
という人では、評価の基準が違う。
どちらが正しいかを先に決めるのではなく、
「何を目的にするのか。」
を確認する必要がある。
林川は、そこに線を引いた。
目的が決まっていないまま方法だけを議論すれば、いつまでも話が終わらない。
そして、もう一つ。
全員が納得する必要もない。
林川は、その文章を書いてから、少し手を止めた。
決定には、反対する人がいるかもしれない。
それでも、決めなければならない場合がある。
そのときに必要なのは、
「全員を納得させること。」
ではなく、
「なぜその決定になったのかを説明できること。」
なのかもしれない。
誰の意見を聞いたのか。
何を事実として確認したのか。
どんな選択肢を比較したのか。
なぜ、その方法を選んだのか。
そして、決定後に問題が起きた場合、
「見直すことができるのか。」
林川は、
「決定理由を残す。」
と書いた。
ただし、決定理由を残すことは、決定を永久に正当化することではない。
後から新しい事実が出れば、判断を変えてもいい。
状況が変われば、見直してもいい。
林川は、
「前の判断を守るために、現在の問題を無視しない。」
と書いた。
その言葉を見て、少し考えた。
人は、一度決めたことを変えるのが苦手なのかもしれない。
自分の判断が間違っていたと認めることになるからだ。
でも、仕組みを動かすなら、
「変えられること」
のほうが重要な場合もある。
林川は、以前の仕事で使っていた考え方を思い出した。
異常が見つかったら、原因を確認する。
対策を入れる。
結果を見る。
改善しなければ、別の方法を試す。
最初の対策に執着する必要はない。
社会の仕組みでも、同じように考えられるのかもしれない。
林川は最後に、
――意見が違うことをなくすのではなく、違ったままでも決められる方法を作る。
と書いた。
その下に、もう一行。
――そして、決めたあとに、もう一度考え直せるようにする。
ペンを置いた。
意見が違う。
それは、仕組みを壊す理由ではない。
むしろ、違う立場から見た情報が集まることで、最初には見えなかった問題が見えることもある。
林川はノートを閉じた。
次のページには、
「反対する人の話を、どう扱うのか。」
と書いた。




