第八十九章 残すもの
「続けるなら、何を残すのか。」
林川は、その問いを書いた。
仕組みは、続けていくうちに少しずつ変わっていく。
最初に決めた方法が、そのまま一年後にも使えるとは限らない。
利用する人が変わる。
提供される物も変わる。
地域の状況も変わる。
だから、すべてを残す必要はない。
変えたほうがいいものは変える。
必要がなくなったものはやめる。
その一方で、残しておかなければならないものもある。
林川は、まず、
「記録」
と書いた。
何をしたのか。
いつ始めたのか。
どんな物が集まったのか。
どれだけ利用されたのか。
いくら費用がかかったのか。
どんな問題が起きたのか。
それを残す。
理由は、過去を保存するためだけではない。
次に同じことをするとき、最初からやり直さなくて済む。
林川は、仕事で使っていた記録のことを思い出した。
以前の作業記録が残っていれば、同じ異常が起きたときに確認できる。
逆に、記録がなければ、
「前はどうしたんだろう。」
というところから始めなければならない。
社会の仕組みでも、同じなのだろう。
林川は、
「成功した方法だけを残さない。」
と書いた。
失敗した方法も残す。
なぜうまくいかなかったのか。
どんな条件なら使えなかったのか。
何を変更したら改善したのか。
それが分かれば、次の人が同じ場所で迷わずに済む。
ただし、記録を残すことには別の問題もある。
情報が増えすぎれば、誰も読まなくなる。
細かく書きすぎれば、管理するための負担が増える。
だから、
「必要な記録」
と、
「残しておきたい記録」
を分ける。
林川は、二つの欄を作った。
最低限必要なもの。
あとから見直すために残すもの。
そして、個人情報については、できるだけ切り離す。
誰が利用したかを細かく残さなくても、利用回数や数量だけで分かることはある。
必要のない情報まで保存しない。
林川は、そこに、
「消すことも管理。」
と書いた。
記録することだけが管理ではない。
必要がなくなった情報を削除することも、管理の一部になる。
しばらく考えてから、次に、
「人」
と書いた。
仕組みを続けるなら、人も必要になる。
最初に参加した人が、ずっと続けられるとは限らない。
仕事が変わる。
引っ越す。
家族の事情が変わる。
年齢も重ねる。
だから、一人の人に依存しない。
誰かが抜けても、別の人が引き継げるようにする。
林川は、
「属人化しない。」
と書いた。
ただし、人を完全に交換可能な存在として扱うのも違う。
経験を持っている人には、その人にしか分からないことがある。
だから、経験も記録に残す。
「なぜ、この方法にしたのか。」
「どこで問題が起きやすいのか。」
「利用者から何を言われたのか。」
そういう情報を残しておけば、次の人が引き継ぎやすくなる。
林川は、そこで一つのことに気づいた。
仕組みを残すということは、
形を残すことではない。
建物。
ルール。
書類。
システム。
そういうものだけではない。
「考え方を引き継げる状態」
を作ることなのかもしれない。
林川は、最後に、
「目的」
と書いた。
物を配ること。
廃棄を減らすこと。
生活の負担を減らすこと。
地域で支え合うこと。
それぞれは手段になり得る。
でも、手段だけが残って、目的が忘れられれば、仕組みは別のものになってしまう。
だから、何のために始めたのか。
そこだけは、残しておく必要がある。
林川はノートの最後に書いた。
――変えていいものは、変える。
――残すべきものは、残す。
――そして、何のために始めたのかだけは、忘れない。
ペンを置く。
今度は、少しだけページを眺めた。
仕組みを考え始めたころより、書くことが増えている。
けれど、答えが近づいたという感覚はなかった。
むしろ、考えれば考えるほど、
一つの仕組みの裏側にある人や負担が見えてきた。
林川は、次のページを開いた。
そこには、
「仕組みの外にいる人」
と書いた。




