第八十五章 誰が決めるのか
「では、誰が決めるのか。」
林川は、その言葉を見つめた。
ここまで考えてきた。
何を集めるか。
何を集めないか。
誰が運営するか。
問題が起きたら誰が対応するか。
お金をどこから出すか。
負担をどう分けるか。
けれど、最後には必ず、
「誰が決めるのか。」
という問題が残る。
行政が決める。
企業が決める。
地域の運営者が決める。
それとも、利用する人たちが決める。
一つだけに任せると、別の問題が出てくる。
林川は、まず、
「行政」
と書いた。
行政には、法律や安全に関わるルールを決める役割がある。
しかし、現場で何が起きているのかを、すべて知っているわけではない。
次に、
「企業」。
企業には、商品や物流についての知識がある。
けれど、企業の利益と地域全体の利益が、いつも完全に一致するとは限らない。
「地域」。
現場のことをよく知っている。
ただし、地域だけで判断すると、別の地域との格差が生まれる可能性もある。
「利用者」。
実際に使う人だから、必要なものを知っている。
しかし、一人ひとりの希望をすべて仕組みに反映させることもできない。
林川は、四つを囲んだ。
どれか一つを中心にするのではなく、
「決める内容によって、決める人を変える。」
その方法がいいのかもしれない。
安全基準なら、専門的な知識を持つ側が中心になる。
運営方法なら、現場の人が考える。
利用しやすさなら、実際に利用する人の意見を見る。
予算なら、費用を負担する側も含めて考える。
そして、全体のルールについては、行政が責任を持つ。
林川は、そこまで書いてから、もう一度考えた。
「意見を聞くこと」と、
「意見で決めること」は違う。
利用者の意見を聞いたからといって、すべてをそのまま採用する必要はない。
企業の意見を聞いたからといって、企業だけで決める必要もない。
反対に、意見を聞くだけで、最初から結論が決まっているなら、それも意味が薄い。
林川は、
「聞く。」
「説明する。」
「決める。」
「結果を伝える。」
と書いた。
この四つを一つの流れにした。
なぜ、その判断になったのか。
何を採用し、何を採用しなかったのか。
それを説明する。
そうすれば、決定そのものに納得できない人がいても、少なくとも何が起きたのかは分かる。
林川は、そこで以前の自分を思い出した。
自分が何かを決める場にいなかったこと。
知らされていなかったこと。
後から決まったことだけを伝えられたこと。
あのとき感じたのは、単に自分の希望が通らなかったことではなかった。
「自分の知らないところで、自分のことが決まっていく。」
そのことだった。
林川は、しばらくペンを動かさなかった。
そして、ゆっくり書いた。
――決定に参加できないことと、決定に従わないことは同じではない。
その一文を見た。
決める人が必要なのは分かる。
全員で全部を決めることはできない。
だからこそ、
誰が決めるのか。
何を根拠に決めるのか。
決めたあと、誰が確認するのか。
そこまで見えるようにしておく必要がある。
林川は、さらに一行を書いた。
――権限を持つことと、何をしてもいいことは同じではない。
その言葉を見て、少し考えた。
仕組みが大きくなれば、必ず権限が必要になる。
でも、権限が大きくなるほど、確認する仕組みも必要になる。
一人で決める。
一つの組織だけで決める。
それが悪いという話ではない。
問題は、
その決定を誰が確認できるのか。
そして、
間違っていた場合に戻せるのか。
林川は、次のページに、
「見直す仕組み」
と書いた。
決定したら終わりではない。
実際にやってみる。
結果を見る。
問題があれば修正する。
必要なら、決定そのものを変える。
その繰り返しなら、最初から完璧な判断をする必要はない。
林川は、静かにノートを閉じた。
「決める人」を決めることより、
「決めたあと、どう直せるか」
のほうが重要なのかもしれない。
しばらくして、またノートを開く。
次のページには、
「透明にする。」
と書いた。
その下に、
「何を?」
と、自分で問いを書いた。




