↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束の向こう側  作者: 亀
24/158

第二十四章 話を聞く人

二月六日。


前の日の話し合いから、一晩が過ぎた。


凌は朝から寮にいた。


仕事に行く予定はない。


二月五日から十日までは、しばらく待つことになっていた。


机の上には、昨日受け取った資料が置かれている。


凌は何度もそれを開いた。


「工場板金」


「実習期間」


「安全衛生」


昨日見た文字が、頭の中に残っていた。


しかし、紙を見ているだけでは、分からないことも多かった。


会社の説明。


監理団体の説明。


自分が経験したこと。


三つを並べると、ところどころに違いがある。


凌はノートを開いた。


十一月からの出来事を、もう一度整理してみる。


いつ、誰から何を言われたか。


どんな仕事をしたか。


けがをしたのはいつか。


仕事を止めるように言われたのはいつか。


そして、今はなぜ仕事をしていないのか。


書いているうちに、ページが増えていった。


昼前になったころ、凌は労働関係の相談先に連絡した。


電話では、これまでの経緯を簡単に説明した。


一度では説明しきれなかった。


「最初から話してもいいですか」


そう尋ねると、相手は話を聞いてくれた。


凌は十一月の入社から話し始めた。


最初は工場でどんな仕事をしたのか。


どのように仕事を教わったのか。


掃除や補助作業が増えていったこと。


十二月二十五日に、能力について厳しい評価を受けたこと。


一月に「帰国」という言葉が出てきたこと。


そして、二月二日に手をけがしたこと。


二月三日には、一人で大きな金属板を運ぶように言われたこと。


それを危険だと思って断ったこと。


その後、仕事を止めることになったこと。


凌は途中で何度も資料を確認した。


記憶だけで話さないようにしたかった。


電話の相手は、話を遮らなかった。


分からないところがあると、質問をした。


「それは、いつですか」


「誰から言われましたか」


「そのとき、けがはありましたか」


「その資料は手元にありますか」


凌はそのたびに、ノートを確認した。


これまで会社や監理の人と話すときとは、少し違っていた。


これまでの話し合いでは、


「どうしてそうしたのか」


「なぜ言うことを聞かなかったのか」


という方向に話が進むことがあった。


しかし、この日は違った。


何が起きたのか。


いつ起きたのか。


誰が関係していたのか。


事実を一つずつ確認していく。


凌は、話しているうちに少し落ち着いてきた。


もちろん、問題が解決したわけではない。


会社に戻れるかどうかも分からない。


監理団体がどう判断するのかも分からない。


それでも、自分の話を最初から最後まで聞こうとする人がいる。


それだけで、少しだけ違って感じた。


相談は長く続いた。


昼を過ぎても終わらなかった。


凌は何度も水を飲みながら、資料をめくった。


最後に、今後についていくつか確認した。


「私は、仕事を続けたいと思っています」


凌は言った。


「でも、安全に仕事ができる場所でなければ、同じことになると思います」


電話の向こうから返事があった。


凌はその言葉をノートに書いた。


相談が終わったときには、かなりの時間が経っていた。


電話を切ったあと、凌はしばらく椅子に座ったままだった。


窓の外を見る。


海の近くの空は、冬らしく白かった。


昨日までは、問題を解決するためには、まず会社と話すしかないと思っていた。


しかし、そうではないのかもしれない。


会社。


監理団体。


労働関係の機関。


それぞれに役割がある。


全部を一つの場所で解決しようとする必要はない。


凌はノートの最後に、一行だけ書いた。


「困ったときは、話を聞いてくれる場所を探す」


その下に、少し間を空けて、もう一行。


「一人で判断しない」


ノートを閉じた。


それでも、まだ分からないことは多かった。


自分が正しいのか。


会社の説明が正しいのか。


監理団体はどう判断するのか。


それは、まだ分からない。


ただ、分からないからこそ、確認するしかない。


凌は机の上の資料を整理した。


昨日までは、一枚の紙に見えていた。


今は、その紙の周りに、いくつもの質問が増えている。


そしてその質問を、少しずつ別の場所へ持っていく。


それが、この先しばらくの自分の仕事になるような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。