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約束の向こう側  作者: 亀


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第二十一章 一人では運べない

二月三日。


朝から、凌の手にはまだ前日の傷の痛みが残っていた。


それでも工場へ向かった。


仕事を休むつもりはなかった。


昨日の傷も、深いものではないと思っていた。


朝の仕事を終え、昼を過ぎたころだった。


板金の材料を運ぶ仕事をすることになった。


凌は材料を見た。


一人で持つには大きかった。


重さもある。


それを狭い通路の中で運ばなければならなかった。


途中には階段もあった。


さらに高い場所まで運ぶ必要がある。


凌は一度、作業を止めた。


「これ、一人で運ぶんですか」


確認した。


返事を聞いて、もう一度材料を見た。


凌は迷った。


昨日、手を傷つけたばかりだった。


それに、この材料を一人で持って狭い場所を通るのは危ないと思った。


「危ないです」


凌はそう伝えた。


しかし、仕事は進めなければならない。


凌は材料の前に立った。


それでも、手を伸ばすことができなかった。


持ち上げれば運べるかもしれない。


だが、途中でバランスを崩したらどうなるのか。


階段で落としたら。


自分が転んだら。


近くにいる人に当たったら。


いくつものことが頭に浮かんだ。


凌は結局、運ぶことを断った。


「すみません。これは一人では無理です」


その場を離れた。


しばらくして、凌はトイレへ向かった。


携帯電話を取り出した。


監理団体に連絡するためだった。


前日の手の傷のことも含めて、今の状況を伝えたかった。


しかし、トイレに入って間もなく、扉の外から声がした。


「何してるの?」


凌は驚いた。


魚だった。


「監理団体に連絡しています」


そう答えた。


「なんでここで?」


凌は説明しようとした。


「さっきの板金を一人で運ぶのは危ないと思って……」


魚は何か言った。


凌には、その言葉を全部聞き取ることができなかった。


ただ、携帯電話を持ってトイレに入ったことを問題にされているように感じた。


凌は電話を切った。


そのころ、監理団体にも状況が伝わっていた。


西木寸が工場へ来た。


熊氏も一緒だった。


凌は自分の手を見せた。


前日の傷。


そして、その日の作業。


一人で運ぶように言われた板金。


狭い通路。


階段。


凌は順番に説明した。


西木寸は凌の話を聞いた。


そして、工場側とも話をした。


その日の午後、凌は仕事を続けず、寮で待機することになった。


監理団体から連絡が来るまで、工場には戻らない。


凌は寮へ戻った。


ドアを閉める。


静かだった。


いつもなら、仕事が終わって帰ってくる時間まで工場にいる。


今日はまだ昼だった。


凌は椅子に座った。


昨日までなら、仕事ができるかどうかを考えていた。


今日は、それだけではなかった。


「安全なら、仕事を続けたい」


凌はそう思っていた。


仕事を辞めたいわけではない。


日本から帰りたいわけでもない。


ただ、一人で運ぶことが危ないと思った。


それを伝えただけだった。


携帯電話を見る。


監理団体から連絡が来る。


凌は返事をした。


その日の夕方まで、いくつかの連絡が続いた。


二月三日の午後から二月五日の朝まで、寮で待機するように言われた。


二月五日には、また話し合いがあるという。


凌はカレンダーを見た。


二月五日。


二日前まで、仕事を続けていた。


今は寮にいる。


何が決まるのかは、まだ分からない。


凌は机の前に座った。


ノートを開いた。


二月三日。


今日の出来事を書いた。


その下に、昨日の傷のことを書いた。


さらに、


「一人では運べないと伝えた」


と書いた。


ペンを止めた。


少し考えてから、その下に続けた。


「仕事をしたくないわけではない。」


凌はその文章をしばらく見ていた。


そして、もう一行書いた。


「安全に仕事をしたい。」


ノートを閉じた。


その言葉だけは、今日の自分にもはっきりしていた。

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