第一〇〇章 間違っていたら
「決めたあと、間違っていたら。」
林川は、その言葉を見つめた。
一度決めた。
実行した。
そして、後になって、
「この方法では、うまくいかない。」
と分かった。
そのとき、どうするのか。
林川は、まず、
「戻る。」
と書いた。
その横に、
「直す。」
さらに、
「やめる。」
と書いた。
間違いに気づいたあとに、一番困るのは、
「決めたから、続ける。」
ということかもしれない。
決めたことを守る。
約束したことを守る。
それ自体は大切だ。
けれど、前提となる状況が変わったり、危険が分かったり、明らかな問題が見つかったりした場合まで、同じ方法を続ける必要はない。
林川は、
「約束を守ることと、間違いを続けることは違う。」
と書いた。
そして、少し考えてから、その文章を囲んだ。
仕組みを始めるときには、最初から、
「間違っていた場合にどうするか。」
を決めておく。
どこで止めるのか。
誰に報告するのか。
何を確認するのか。
どこまで戻すのか。
それが分かっていれば、問題が起きたときに慌てにくい。
林川は、以前の仕事を思い出した。
製造工程でも、一度決めた条件を変更することはある。
試してみた結果、期待した効果が出ない。
別の問題が発生する。
そのとき、
「最初に決めたから。」
という理由だけで、その条件を維持することはできない。
原因を確認する。
影響を確認する。
必要なら元に戻す。
そして、別の方法を考える。
社会の仕組みも、それと似ている。
ただし、社会には機械とは違うところがある。
そこには、人の生活がある。
だから、
「試して、失敗したら戻せばいい。」
だけでは済まない場合がある。
一度失われたお金。
失われた時間。
傷ついた信頼。
生活への影響。
簡単には元に戻せないものもある。
林川は、
「戻せるもの。」
「戻せないもの。」
と書いた。
戻せない可能性があるものほど、始める前に慎重に確認する必要がある。
特に生命や安全に関係すること。
そこだけは、他の問題と同じようには扱えない。
林川は、ノートの端に二つの言葉を書いた。
「生命。」
「約束。」
その二つをしばらく見た。
それ以外のことには、状況によって違う答えがある。
効率を優先する場合もある。
公平さを優先する場合もある。
自由を優先する場合もある。
安全を優先する場合もある。
費用を考える必要もある。
一つの価値だけで、すべてを決めることはできない。
でも、人の生命を守ること。
そして、決めた契約や約束を守ること。
そこは、仕組みを考えるときにも外してはいけない。
林川は、その二つをノートの端に残した。
そして、また本題に戻った。
間違いに気づいたら、
まず止める。
次に確認する。
そのあとで直す。
必要なら終了する。
林川は、この順番を書いた。
「停止。」
「確認。」
「修正。」
「再開。」
「終了。」
ただし、すべての場合に停止が必要なわけではない。
小さな表示ミスなら、その場で直せる。
大きな安全問題なら、いったん止める必要があるかもしれない。
だから、問題の大きさによって対応を変える。
林川は、
「すべてを同じ方法で処理しない。」
と書いた。
そして、
「原因を探す。」
と続けた。
間違いが起きた。
誰が悪かったのか。
そこだけを見るのではなく、
なぜ間違いが起きたのかを見る。
説明が足りなかった。
手順が複雑だった。
情報が古かった。
確認する人がいなかった。
時間が足りなかった。
あるいは、単純なミスだった。
原因によって、必要な対策は違う。
人を注意するだけでは、同じ問題が再び起きることもある。
林川は、
「再発を防ぐ。」
と書いた。
その横に、
「人を責めるだけでは防げない。」
と続けた。
もちろん、故意や重大なルール違反があれば、個人の責任も考える必要がある。
ただ、
「誰が悪いか。」
だけで終わらせれば、仕組みの問題が残る。
林川は、その違いを何度も確認した。
そして、最後に、
「間違いを隠さない。」
と書いた。
失敗を記録する。
何が起きたのか。
どう対応したのか。
何を変えたのか。
その結果、どうなったのか。
それを残す。
失敗を隠せば、同じ問題を別の人が繰り返す。
反対に、失敗を記録しておけば、次に同じ問題が起きたときに、早く気づけるかもしれない。
林川は、最後のページに一行を書いた。
――間違えない仕組みより、間違いに気づいたときに直せる仕組み。
それから、もう一行。
――そして、直せないほど大きな傷を生まないように、最初に確認する。
林川はペンを置いた。
ここまで書いてきて、ようやく一つのことが見えてきた。
仕組みを作ることは、
「正しい答えを作ること」
ではない。
分からないことを確認する。
小さく試す。
結果を見る。
必要なら変える。
そして、間違ったときに戻れるようにする。
それを繰り返すことなのかもしれない。
林川はノートを閉じた。
第百ページ。
思ったより長くなっていた。
けれど、まだ終わりには見えなかった。
次のページを開く。
そこには、
「それを、誰に引き継ぐのか。」
と書いた。




