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短編作品集

桜の駅で、また……「行ってくるね」

作者: きら☆麿
掲載日:2026/04/11

 春の風が吹き抜け、桜の花びらが舞った。

 田舎駅のホームに立つ彼女の足元を、ひらりと横切っていく。


 今日、この町を離れる。


 進学を決めたときから覚悟していたはずなのに、胸の奥はまだざわついていた。

 行きたいはずなのに、どこかで足が止まってほしいと願っている自分もいる。


 ふと振り返ると、駅の向こうに桜並木が見える。

 夜桜の下で交わした、あの小さな約束。


「絶対、帰ってこいよ」


 あのとき、笑ってうなずいた。

 本気で信じていたのか、それとも、ただその場をやり過ごしたかっただけなのか——今ではもう分からない。


 電車がホームに滑り込み、扉が開く。


 小さなキャリーバッグに、大きな夢を詰め込んで乗り込む。

 そのはずなのに、手のひらは少しだけ冷たかった。


 扉が閉まり、電車がゆっくりと動き出したそのとき——


 窓の外に、彼の姿があった。


 ホームの端に立ち、こちらを見ている。

 来ないと思っていた。来てほしくないと思っていた。

 それでも、来てほしいと思っていた。


 寂しそうで、それでもどこか、背中を押してくれているような表情だった。


 その顔を見た瞬間、胸の奥で何かがほどけた。

 同時に、ほんの少しだけ、ここに残りたいと思ってしまった自分にも気づく。


 あの日の約束は、まだ終わっていない。


 ——夢を掴んで帰ってくる。


 彼女は静かにそう誓った。


 衝動のように窓を少し開ける。

 春の風が頬を撫で、桜の花びらがひとひら車内へ舞い込んだ。


「行ってくるね」


 声は届かなくてもいい。


 彼に向かって、大きく手を振る。


 彼は驚いたように目を見開き、そして少しだけ迷ったあと、ゆっくりと手を上げた。


 電車は速度を上げ、彼の姿が小さくなっていく。


 それでも彼女の胸の中には、確かに残っていた。


 ——また、桜の季節に。


 そう呟いたとき、少しだけ怖くて、それでも確かに、未来が近くなった気がした。


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