第二話:学校が買収(M&A)された日
「――これは宣戦布告よ、革命」
翌日の放課後。革新派・学生同盟の部室……もとい、校舎裏の古びた物置。
《左門 左愛》が、タブレットのブルーライトに顔を照らしながら、地獄の底から響くような声で言った。
左愛は、清楚な見た目とは裏腹に「すべての既存システムをバグらせる」ことに悦びを感じるアナーキスト。
彼女の指先が、ニュースサイトのトップページを叩く。
「昨日、三井菱グループがこの学校の運営母体を買収したわ。……買収額は非公開だけど、この老朽化した校舎を純金で建て替えてもお釣りが来るレベルね」
「な、なんですってぇぇ!?」
私が叫ぶのと同時に、部室のドアが勢いよく開いた。
「革命!大変だ!購買のパンが、全部『三井菱特選・黒トリュフのクロワッサン』に変わってる!しかも一個一万円するはずなのに、なぜか全品無料だ!」
飛び込んできたのは、幼馴染の《前進 ゲバラ》だ。
彼は白ヘルを握りしめ、顔を真っ赤にして憤慨している。
「これは明らかな買収工作だ!安い餌で労働者……もとい、生徒たちの階級意識を麻痺させるブルジョワジーの卑劣な罠だぞ!」
「落ち着きなさい、ゲバラ。もっと深刻なのはこれよ」
左愛が冷たくスワイプする。
「校門の校名プレートを見てなさい」
私たちは窓から校門を見下ろした。
そこには昨日までの「都立・共産高校」という文字はなく、代わりに黄金に輝くプレートが掲げられていた。
『私立・三井菱革命記念学園』
「…………私の名前が入ってるーーッ!?っていうか、当て字の読みまでカッコ書きで入ってるじゃない!」
あまりの個人崇拝(?)っぷりに、私の脳内のバリケードが音を立てて崩れそうになる。
その時。
校内放送のチャイムが、聞いたこともない豪華なオーケストラの音色で鳴り響いた。
『――親愛なる全学の労働者……おっと失礼。生徒諸君』
スピーカーから流れてきたのは、あの、耳の奥までとろけるような甘い声。
『本日より、僕は君たちの学園の理事長に就任した。あ、革命さん。聞こえているかな?君の教室の机がガタついていたから、人間工学に基づいた純金製のデスクに入れ替えておいたよ。……今から会いに行くから、逃げないでくれよ?』
「くっ、ふざけるなッ!革命は俺たちの、新核派の看板娘なんだぞ!」
ゲバラが竹竿を振り回して吠える。
「資本の犬め……!革命を札束で買えると思うなよ!」
ドゴォォォォンッ!!
突然、部室の壁が物理的に爆破……ではなく、自動ドアに改装されて開いた。
砂煙(の演出)の中から現れたのは、黒塗りのタキシードを着た十数人のSPを引き連れた《三井菱 権力》その人だった。
「やあ、革命。昨日ぶりだね。ハンカチ、大切にしてくれていて嬉しいよ」
権力くんは、瓦礫の上をレッドカーペットが敷かれているかのような優雅な足取りで歩み寄ってくる。
彼はゲバラの竹竿を指一本で押しのけると、私の手を取って、その甲にそっと唇を寄せた。
「貴様……っ!革命から離れろ!」
ゲバラが飛びかかろうとするが、SPたちに一瞬で(高級な羽毛布団の上に)組み伏せられる。
「革命。この学校は、君という『革命』を育てるための温室に過ぎない。君が望むなら、この国の議会議事堂だって君の好きな赤色に塗り替えてあげよう」
「な……何を言ってるのよ!私は、あなたたち資本家を打倒するのが目的なのよ!」
私は顔を真っ赤にして叫んだ。
でも、握られた手の熱さが、昨日からずっと、心臓の奥でくすぶっている。
「いいだろう。ならば、僕を打倒してみせるといい。ただし――」
権力くんは私の耳元で、甘く囁いた。
「僕を落とすには、相当な情熱が必要だよ?期待しているよ、僕の可愛いテロリスト」
権力くんが去った後、部室に残されたのは、悔しさに震えるゲバラと、冷徹に「三井菱株の空売りボタン」を連打する左愛。
そして、自分の鼓動がシュプレヒコールよりも激しく鳴り響いていることに気づいてしまった、私だけ。
万国の労働者よ、助けて。
私、赤嶺 革命。あろうことか、打倒すべき対象に……「全力の先行投資」をされちゃってるみたい!?




