第一話:鉄パイプと運命の出会い
万国の労働者よ、団結せよ!
……あ、申し遅れました。私の名前は赤嶺革命。
都立高校に通う、どこにでもいる普通の女子高生――。
なんて言うと思った?
残念。私の正体は、この腐りきった格差社会を粉砕し、真の平等を実現するために戦う『新核派』の若き乙女よ!
趣味はカール・マルクス『資本論』の読書。好きな四字熟語は「階級闘争」。
普通の女子高生が推し活に励む時間を、私は「ブルジョワジーの打倒」と「不当搾取の撤廃」に捧げている。恋? タピオカ? そんなものは資本家が労働者を飼い慣らすためのパンとサーカス(目眩まし)に過ぎないわ!
……そう。この「三井菱」という、なんか強そうな名前の男に出会うまでは。
◇
すべてが始まったのは、あの日。
私が"過激派極左系組織『新核派』"のメンバーと一緒に、ブラック企業のビル前で鉄パイプを片手にシュプレヒコールを上げていた時のこと。
「……万国の労働者よ、団結せよ!」
拡声器から響く自分の声が、冬の曇り空に吸い込まれていく。
私、赤嶺革命は、都内某所の交差点で、機動隊の分厚い盾の壁を睨みつけていた。
手には旗。心にはマルクス。そして頭の中には、搾取なき理想郷への情熱。
「資本家どもの横暴を許すな! 労働者の権利を奪還するぞーっ!」
「「「おーっ!!」」」
背後で、親友の《前進 ゲバラ》が白ヘルを深く被り直し、竹竿を突き上げる。
彼は我が組織の突撃隊長。幼馴染の腐れ縁だけど、現場主義を貫く熱い少年だ。
「レミ、いいアジ演説だ! これなら日和見主義の連中も目を覚ますに違いない!」
理論派の《左門 左愛》も、眼鏡のブリッジをクイと押し上げながら頷いた。
彼女は清楚な見た目に反して「左」への愛をアナーキーな破壊衝動に変える電脳工作員。
「今日のレミのシュプレヒコール、音響学的に見ても大衆の扇動に最適化されているわ。階級闘争の激化は避けられないわね」
だが、現実は甘くなかった。
「前へーーッ!」
機動隊の一斉前進。鈍い音を立てて盾の壁が迫る。
「きゃっ……!?」
もみ合いの中で足を取られた。コンクリートの冷たい感触。逃げようとした拍子に、右足の脛を鋭い衝撃が襲う。
「痛っ……!」
見れば、倒れた看板の角で足を深く切っていた。鮮血が、私が愛用している古着のスカートを汚していく。
混乱するデモの喧騒。ゲバラたちの叫び声が遠のく。
(ここまでなの……? 私は、革命の途上で、こんな路傍に朽ち果てるというの……!?)
その時だった。
アスファルトを叩く無慈悲な喧騒が、ふっと消えた。
「……大丈夫ですか、お嬢さん」
頭上から降り注いだのは、冬の陽だまりのような、温かくも透明感のある声。
顔を上げると、そこには「光」が立っていた。
艶やかなブロンドの髪、彫刻のように整った鼻梁。
彼は、デモの土埃など微塵も寄せ付けない、純白の高級スーツを纏っていた。
「ひどい怪我だ。すぐに手当てをしないといけない」
少年は膝をついた。その膝が汚れることなど、1ミリも気にしていない様子で。
彼はポケットから一枚の布を取り出した。
「ブルジョワの……施しなど……っ」
反射的に拒絶しようとした言葉が、喉に張り付いた。
差し出されたのは、最高級シルクの光沢を放つハンカチ。その隅には、金糸で『Mitsuibishi』の刺繍が踊っている。
「じっとしていて。痛むだろう?」
彼の手が、私の傷口に触れる。
熱い。
彼の指先から、莫大な資本の流動性――ではなく、得体の知れない熱量が流れ込んでくる。
彼は手際よく、その1枚で家賃が払えそうなほど高価なハンカチを、私の泥だらけの足に巻きつけた。
「僕は三井菱 権力。君のような情熱的な瞳をした人は初めて見たよ」
「み、三井菱……? 権力……!?」
その名前のあまりの「支配階級」ぶりに、脳内の資本論が激しいエラーを起こす。
だが、彼の微笑みはあまりにも神々しく、私の心の防壁をやすやすと乗り越えてきた。
「また会おう。革命の乙女」
彼はリムジンのドアを開け、去り際にウインクを投げる。
エンジン音ひとつさせず走り去る高級車を、私は座り込んだまま見送ることしかできなかった。
「革命! 無事か!?」
駆け寄ってきたゲバラが、私の足元を見て絶叫する。
「な、なんだこのハンカチは! 触れるだけで物価が上がりそうなほどの高級感……! レミ、まさか敵の心理戦に屈したのか!?」
「違うわ、ゲバラ……これは……これは……」
左愛が隣で無言のまま、タブレットで三井菱の株価チャートを高速スワイプしている。
私は、胸の鼓動が激しく打ち鳴らされるのを感じていた。
これは、闘争の合図ではない。
新核派の教義にも載っていない、未知のエネルギー。
(私……もしかして、権力に屈しちゃったの……!?)
万国の労働者よ、助けて。
夕闇の中、私の足元に結ばれた白銀のハンカチだけが、妖しく、そして美しく輝いていた。




