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いちごと月に『ぴえん』

世界がピンク色に染まり、地球上に私のことを知らない「人類パパ」はもはや存在しない。

同時接続数、8億。

全地球が、私の唇の一挙一動を注視している。


「全人類、息してる? 今日のデザートは、特別に『思い出の廃棄物』をいただくね。……まじ、エモすぎて死ぬかも」


私が選んだのは最高級の「とちおとめ」

理由なんてない。

ただ、赤の色味が今のネイルと完璧に同期シンクロしていたから。


「……っ。あ、まじ……。これ、……脳汁、出すぎ……て……」


舌の上で弾ける甘酸っぱさ。

それは、かつての私が切り捨てた「肉体の質感」そのものだった。

脳内で、70年間の冷徹な論理回路と、19歳の過剰なドーパミンが激しく衝突し、臨界点を迎える。

死の気配は、かつての私がウォール街で経験したどの暴落クラッシュよりも冷徹で、かつてないほど「合理的」な終焉として訪れた。


崩れ落ちる意識の淵で、二つの人格が鮮烈に分離していく。

一方は、かつての私――70代の老トレーダーとしての知性。

彼はこの心臓停止を「修復不可能なシステムエラー」と冷静に分析しながら、数十億ドルを投じた転生技術の不完全さを皮肉な笑みで受け入れていた。


そしてもう一方は、19歳の少女、りのあとしての情動。

彼女の記憶の奥底から、あの歌舞伎町の夜がフラッシュバックする。


れんれん。


彼に向かって札束を、そして心そのものを投げ捨てていたあの瞬間の、壊滅的で、救いようのない陶酔。

あのアホみたいな純愛こそが、この肉体にとっての唯一の真実だったのだと、死の間際、私は今更のように気づかされる。

数兆ドルの資産も、数億のフォロワーも、重力から解放された私の意識の中では、単なる数字に過ぎない。


「……あは、……テヘ、ペ……」


言葉は途切れ、私はライブカメラの前で、スローモーションのように崩れ落ちた。

世界中の画面に映し出されたのは、ピンクと黒のドレスを乱し、口角からイチゴの赤い汁を垂らして動かなくなった「神」の姿。

42億人が同時に「ぴえん」と叫んだその瞬間、私の心臓は、最も合理的なタイミングでその拍動を停止させた。



四十九日が過ぎた夜。

ピンク色の神によって支配されていた世界は、かつての平穏を取り戻したかのように見えた。

しかし、人々がふと夜空を見上げた時、そこには科学的整合性を無視した「究極の自己顕示欲」が君臨していた。


漆黒の空に浮かぶ月。

その表面には、レーザーによる精密な掘削によって、一人の少女の姿が巨大に描き出されていた。


リボンを揺らし、小首をかしげた「りのあ」だ。

その姿は、かつての投資家が求めた永遠の幾何学よりも神々しく、一人の少女が求めた愛よりも巨大で、逃れようのない存在感で地球を照らしていた。


『……おはよー、全人類。死んでも可愛くてごめんね?』


同時に、世界中のあらゆるスマートフォン、街頭のサイネージ、軍事監視モニターが、一斉にピンク色のノイズに染まる。

そこに映し出されるのは、不敵に微笑む神の遺影。


「……まじ、月とかキャンバスにするの、コスパ最強すぎ。これで一生、みんな私のこと見上げるしかないよね?」


夜空に響くその声は、もはや一人の少女のものではない。

倫理も自尊心も自らの肉体すらも捨て去り、純粋な「数字」と「承認」のみを追求し続けた天才が辿り着いた、永遠のミニマリズム。


人類は月を見上げるたび、自分たちが一人の少女の「パパ」として、永遠に支配されていることを思い知る。


それは、人類史上最も贅沢で、最も不条理な、終わらないパパ活の始まりだった。

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