表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

大衆という名のパパ

「あー、れんれん、いなくなっちゃった。まじ寂しくて死ぬ。ぴえん通り越して墓」


歌舞伎町の喧騒から離れた超高級タワーマンションの一室。

私は、かつて彼が座っていたはずの空間を、虚無的な眼差しで眺めていた。

れんれんにとって、私は「理解不能な怪物」になってしまったのだろう。

数億円の資産を躊躇なく、単なる快楽物質として彼の元に流し込んだあの夜。

彼の瞳に映ったのは愛ではなく、深淵を覗き見た時のような根源的な恐怖だった。


合理主義者としての私は、彼の逃走を「投資対象の自発的な市場撤退」と定義した。

だが、りのあとしての肉体は、胸の奥を掻き毟るような空虚感に震えている。


「……でも、これって逆に効率的じゃない? 一人の人間に全リソースを投下するのは、ポートフォリオとして最悪だったし」


私は、漆黒のレースが幾重にも重なる「地雷系」のドレスを整え、三面鏡に向かった。

鏡の中の私は、相変わらず不気味なほど美しい。

この肉体、そしてこの装飾。

もはや特定のパパやホストという「個」に評価を仰ぐフェーズは終わったのだ。

私は、より広大で、より非人格的な市場――SNSという名の、万人の欲望が渦巻く巨大な取引所(マーケット)へとターゲットを変更することにした。


私はスマートフォンを起動し、ストリーミングを開始する。


「おはよー、全人類。今日も私が世界で一番可愛いよぉ。あ、今の相場? ドル円のショートで3億抜いたけど、まじ端金すぎて草。全部新作のワンピに溶かした。だって、私を飾らない世界なんて、バグってるのと一緒じゃん?」


画面を流れるコメントの滝。

『りのあ様、今日も神』『顔面国宝』『投資解説がガチすぎて脳がバグる』『その服どこの?』


かつての私は、自分の存在を「影」のように消し去ることで自由を得ようとした。

今の私は、デジタル空間の隅々にまで「りのあ」という高度なコードを散布し、大衆の脳内に私を常駐させることで、不死を手に入れようとしている。


私の発信は、極めてシュールな変容を遂げていた。

地雷系の過剰なメイクで、画面に向かって『ぴえん』と泣き真似をしながら、同じ口で多言語を操り、背後のモニターには複雑なチャートを表示させる。

そして、最先端のマクロ経済学とかつての私が70年かけて辿り着いた市場予測を、壊滅的な「地雷系言語」で解説するのだ。


「えっとぉ、今期のFRBの利上げ姿勢はまじでメンヘラ。期待させといて裏切るとか、推せない。だから私は、債券市場をバイバイして、ゴールドに浮気中。……ねぇ、みんな、私のこと愛してる? 愛してるなら、私の言葉、信じて全力買いしなよ。人生、全部私に捧げて?」


私の自己顕示欲は、数字(フォロワー数)と数字(評価額)が交差する地平で、かつてない爆発を見せていた。

これは、倫理や羞恥心という「非効率なノイズ」を完全に削ぎ落とした、純粋なプロパガンダだ。


全世界にいる100万人のフォロワーが、私の『ぴえん』の一言で市場を動かし、私のファッションを崇拝し模倣する。

パパ活という一対一の非効率な交渉を卒業し、私は「大衆という名のパパ」から、その精神と資本を吸い上げる巨大なインターフェースへと進化した。


「……あは、まじ快感。私、世界そのものと一体化してる……」


私は、スマホのカメラに向かって甘いキスを贈る。

脳内を駆け巡るのは、かつての老トレーダーが夢にも思わなかった、圧倒的な「個の拡張」による恍惚。


れんれんが去った後の空虚な穴は、数百万人の視線という名の、色彩豊かなガラクタで埋め尽くされていく。

それがどれほど浅薄で、どれほど無意味なものであっても構わない。

私は、この「過剰な最小限ミニマル・エクセス」の頂点で、誰よりも美しく、誰よりも論理的に狂い続けていくのだ。


「ねぇ、みんな。もっと私を見て。もっと私に貢いで。……私が、世界を可愛く書き換えてあげるから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ