②今できる事
「ここが一体何層だか、分かりゃしねぇ」
下層へ落下した。そして思った以上に狭い小部屋で座り続ける事、数時間。だが、その時間で出来た作業量を考えると、まだ一時間しか経っていないかのような錯覚に陥りかけていた。
目をやや奥に向けると、俺達のではない背嚢がある。
背嚢の布地に無理矢理書かれた炭の文字から、シランドが落としたものである事が分かった。
『助けを呼びに行く。もし生きているなら、そこを動くな』
布地の厚みで、所々切れた文字。荷袋の中には布で包まれた水筒と食料、それと二人分の寝袋が緩衝材代わりに入っていた。
「有難いが………こっちは動きたくても、動けないってね………あいてて」
骨折した腕を無意識に動かし、強烈な痛みに襲われる。自分の腕にも添え木を巻きたいところだが、一人ではできない。ロロも目を覚まさず、場所を変える事すら出来ない。
今できる事など、限られている。
「今できる事………か」
ふと冷静になれた俺は、背嚢から焚き火用の枝を取り出すと、それらを組み合わせて火を点けた。通常よりも小さいが、炎を維持出来る時間を優先させ、火力を二の次とした。
助けが来るにしてもすぐには無理。当然、数時間単位、下手をすれば日数単位となる。
―――取れる時に休息を取れ。
俺は背嚢に入っていた干し肉に片手でかぶりつく。痛みは感情を刺激するが、それを御するように食欲を前面に出し、無理矢理腹の中に押し込んだ。魔物が徘徊する迷宮内で、この静かな時間がいつまで続くか分からない。
ならば、教わった事を確実に実行していくしかない。
案の定、焚き火の音とは異なる音が規則正しく聞こえてくる。
「来やがったな」
俺は火を纏った木材を手に取り、音の方向へと投げ込んだ。
揺らめく明りに移る影、それは巨大な蜘蛛だった。
通常の蜘蛛は八本脚だが、目の前の魔物が持つ足は六本。遠目ではやや大きな大黒蟻として誤認しやすいが、正面から見える複数の赤い眼と膨れ上がった巨大な腹部から、その正体を見破る事は容易である。
「………六脚蜘蛛か」
幸いにも知識はある。
勿論、蜘蛛なので糸を吐く。複数の目をもつ六脚蜘蛛の視界はかなり広く、完全な後方以外は認識される。ならばと後方等の視覚外に動けば、腹部の先端から糸が吐かれ、相手を絡めようとする習性がある。この糸は非常に粘着性が高く、動けば動く程、体や衣服に付着し、さらに動きが制限されていく。




