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⑨背中は何も語らない
俺は震える手を鞘に叩き付けて正気に戻し、一気に長剣を引き抜くや、全速力で突き進む。
魔獣の赤い眼はこちらを見降ろしていたが、直立したまま一向に動こうとしない。
―――舐めやがって。
どんな生物が相手でも、全力で振り下ろされる鉄の長剣で切りつけられれば、ただでは済まない。
「食らいやが—――っ!」
その先の声。それだけでなく、全ての音が瞬時に奪われた。
剣を振り上げたまでは覚えている。だが、横から受けた強い衝撃は一瞬で視界を歪ませ、次に移った光景は視界の半分以上を覆う岩の床だった。
「………ぐっ」
全身が動かない。
痛みこそないが、戻りかけてきた音が体内で反響し、方向感覚すら掴めない。
―――俺は呼吸しているのだろうか。
それすら分からない。
―――俺は今、何処を向いているのか。
それも分からない。自分がどんな姿勢でいるのかすら分からない。
ぼやけ始める視界に合わせるように、意識や呼吸が深みに落ちていく。
そんな視界に、一人の男の背中が映っていた。
「………黒い剣」
それは、あの時と同じ光景だった。
そして全てが暗転する。




