⑧魔獣
二層は、一層とそれ程変わらぬ造りであった。
階段を降りた先には、先の採掘場のような冒険者達の野営用の荷物が点在しており、二層に挑戦する前の小休止として使われていた跡が伺える。
「………何もない? そんな馬鹿な」
だが、足元の血痕はまっすぐ奥へと伸びており、その先にある正面の扉へと向かっていた。
その扉が開かれ、若い男女の冒険者が必死に抜けようとする。
「た、助けっ!」
最後まで言い終わらず、扉の向こう側にいた二人の冒険者は、俺の目の前で何かに弾かれた。
そして粉砕する扉と石壁。
「う、うあ、あ」
言葉にならない。
それは二本足の魔獣。牛が立ち上がったかのような、しかし黒い肌と毛並みを併せもつ異形の存在。鮮血の様な赤い瞳が荒い鼻息と共に、こちらの視界を埋め尽くそうとしてくる。
粉々になって降り注ぐ木と石の残骸を浴びるが、俺の手足は震え、巨大な魔獣を見上げる事しか許されていないかのように、いつしか呼吸すら止まっていた。
魔獣が吠える。
それは音ではなく、最早空気の塊である。
「うぐぅぅっ!」
皮膚が咆哮による勢いで、剥がれそうになった。二層にいるような存在ではない。それだけは分かるが、目の前の正体すら分からない。呼吸は徐々に戻り始めたが、大人と同じ大きさの両刃の斧が、露出した岩床を削りながら引きずってくる魔獣相手に、ようやく自分が勝てる見込みすらないモノと相対している事を理解した。
牛の魔獣は足元に落ちていた細い何かを見つけると、こちらを一瞥してから目を細めて拾い上げる。
指先ですくい上げたそれは柔らかく、何か液体が滴り落ちているものだった。
それを見せびらかすように、魔獣は上を向きながら一飲みする。
影から想像できたもの。
それは人の足。
「て、てんめぇぇぇぇ!」
親友を失った記憶だけではない。守れなかった幼馴染の笑顔が脳の中で炎となって暴れ回る。
奴は人の足だと分かった上で、俺に見せびらかすように飲み込んだ。そして笑うように目を細めて挑発してきたのである。
これを許せるか。
否、許せるはずがない。




