⑧理性の天秤
「冒険解説職が依頼主を救助する時は、即時帰還を意味する」
ショーンが岩壁に体を預けたまま腕を組む。
「君はあの時、視界を一時的に失ったに過ぎない。手足を失った訳でも、大量に出血して意識が朦朧としていた訳でもない。軽症の内にも入らない、回復魔法すら必要としない………もう一度聞くが、今後似たような怪我に陥ったら、俺が君を救助する。その認識でいいんだな?」
そんな事になれば、お金の問題どころか、冒険者の中でも一生の笑い者になる。
答えは出ている。
だが、俺はそれを口に出せずに拳を握り、全身を震わせていた。
それを見ていたショーンが溜息交じりに壁から離れ、俺に近付いて来る。
「俺は最初に言ったな。君は体で覚えるタイプだと」
それは覚えている。
「なら、次に蟻酸を浴びても、すぐに動けるな?」
「あ、当たり前だ!」
同じ過ちは繰り返さない。俺は彼の顔を見上げる様に言い切った。
似たような背丈だったはずが、何故か彼の方が大きく感じて見えた。
「なら、まだ大丈夫だ。さぁ、まだ先は長い。さっさと先に進むとしよう」
「………おう」
複雑な感情が入り混じった返事しか出ない。
悔しいが、この状況では何を言ってもこちらが不利になるだけである。俺はそれ以上語らず、黙々と地面に散らばった装備や荷物の整理を始めた。
そして、大黒蟻の死骸を通り過ぎる時、はたと気が付き、足を止める。
「なぁ、解体は………」
魔物の死骸から素材を回収する事も冒険者にとって重要な作業の一つ。革、牙、爪、肉など、家畜と同じように魔物の素材にも需要はある。依頼の報酬だけでなく、道中で手に入れた素材や財宝を持ち帰って商人に売る事も、冒険者にとって重要な稼ぎとなる。
今回の大黒蟻は低級も低級の魔物だが、薬草より価値がある。それなりに積めば一人分の宿代に匹敵する事もある。
だが、ショーンは時間が惜しいと否定的だった。
「俺には止める権利はないが………持って帰れる鉱物の量が減る。それに荷物が重くなる程、戦う時に不利になる。『帰る時の重量』、こいつを最初に意識するんだ。その上で、どれだけ行きに物を拾うかを判断できるようになると良い」
「………分かった。確かに、あんたの言う通りだ」
目的の鉱物が重い事は、俺でも分かる。大黒蟻の素材より遥かに価値がある事も知っている。理由を聞けば納得できる程度には、感情の整理が出来るようになっていた。
「お、ちょっとは素直になったかぁ?」
「うるせぇ! そう言ってすぐに俺を馬鹿にしようとしやがる!」
にやけたショーンの顔は、未だに慣れない。
「してないしてない! 今度は褒めたんだぞ」
「今度ってなんだ!? やっぱり今まで馬鹿にしてたって事か!?」
俺の問いに、彼は顔を反らして再び沈黙で返した。
「くそっ、何とか言いやがれ!」
「なんとか」
「むきー!」
やはり、冒険解説職は好きになれない。




