第50話◆ 観光初日
水曜日、年に一度の祭典、剣武杖祭が始まった。
街は朝から観光客で大賑わい、まだ開会式も始まっていないのにどこに行っても人の山。特に市場のフードエリアは、無くなる前に酒と食料を確保しようとする人たちでひしめき合っていた。
今日は第一闘技場で開会式とトーナメント一回戦から二回戦まで行われる。試合が始まればこの喧騒も落ち着き、逆に閑散となるだろう。
正午、待ち合わせの時間から少し遅れてマチルダ嬢はやってきた。
前回と打って変わって今回は質素な格好だ。庶民が着るような薄染めのブラウスと丈の長いスカート、ごつい宝石がはめ込まれたアクセサリーも付けていない。
しかし完璧に溶け込めているかというとそうでもない。元々が美人だからやっぱりそれなりに目立ってしまう。こればかりは致し方ない。
それから今日の彼女は少女の従者を伴っていた。従者は旅人が羽織るローブに付いた大きなフードで、すっぽりと顔を覆っている。
「お付きは一人ですか?」
「ええ、お忍びですので」
お忍びねぇ、それほど忍べていないのだが……。まあ、一昨日はもっと目立っていたし、これから他の貴族も増えてくるから悪目立ちすることはないだろう。
「それでは行きましょう。確認ですが、本当に前回と同じコースでよろしいのですね?」
「はい、お願いします」
「分かりました」と答えて俺は歩き出した。
まずは二回戦が終わって混み始める前にマーケットの見学を済ませる。
地方都市の市場なんて来ても特段面白いものはないが、この剣武杖祭の期間は多くの商店がお土産屋さんへと業態を変化させる。
正直言ってしまえば観光客向けのぼったくり商品ばかりだ。
よく分からない魔獣の牙のネックレスだとか、ツインヘッドスネークを粉末にして作った精力剤などが店頭に並んでいる。頭のネジが飛んだ冒険者ばかり相手にしているから、店主のセンスも偏ってしまっているのだろう。
それでも冒険者に馴染みのない中流階級や、世間に疎い上級階級たちが物珍しさに購入していくのだから、年に一度の稼ぎ時を逃す手はない。
俺は前回と同じコースを巡り、前回と同じ解説をマチルダ嬢に語りながら歩いた。
そしてマチルダ嬢は俺が語った内容を噛み砕いて、付き添いの従者に伝えていた。
自分より頭一つ低い従者に対して、伯爵令嬢の彼女が腰を屈めて色々と話しかけている。
彼女が従者のお世話をしているようにしか見えない。これでは主従関係が逆転している。
加えてマチルダ嬢は前回にも増して周囲に目を光らせて警戒を怠らない。ビシビシと彼女から放たれる緊張感が伝わってくる。
自分を守るために警護を雇っているというのに、事が起きればスカートの中に隠した短剣を真っ先に抜くつもりだ。
一体何をそんなに警戒しているのか知らないが、こっちも釣られて警戒してしまうから疲労感が比例して増していく。
この程度の持続警戒なら迷宮にしょっちゅう潜っていたときは当たり前だったのに、やっぱり若いときのようにはいかないな……。
「やれやれ」
そうこうしているうちに高台に到着、みんなで夕陽に染まる街を眺め、無事に初日が終了する。
残りあと六日か。このままのペースだと身がもたない――なんて思っていた翌日の朝、マチルダ嬢から本日の観光は中止にするという連絡があった。




