第16話◆ 試合経過
「おいおい……、正気かよおっさん! 魔術士の、しかも女の背中に隠れるなんてよ! 剣士の風上にも置けねぇな!」
スヴァンの罵りを合図に観客席から激しいブーイングが巻き起こる。
気持ちは分かるぜ。少女の後ろに隠れるなんて、傍から見れば最低野郎だ。だけど世の中には武闘派の女魔術士だっているだろうが――。
そんな野暮なツッコミを考えている俺の前でフードを被るイノリが、ゆっくりした動作で右手を真っ直ぐに伸ばして掌を空に向けた。彼女はスヴァンに向けて突き出した四指を揃えて、くいくいと手招きして挑発する。
「て、てめぇ……上等だ!!」
途端に顔を沸騰させたスヴァンが弓を引いて矢を放った。
モーションが小さくて素早い。さすがB級パーティの一員、どうやら口だけではないようだ。
飛翔する矢が六つに分裂する。これは弓使いのスキル《強欲の腕》。幻術の類であり、術者の能力に応じて矢の数が増えるが、そう見えるだけで実際には一本だ。
いたいけな少女の体に鋭利な矢が突き刺さる。誰もが目を覆いそうになった瞬間、コロッセオが静寂に包まれた。
「は……はあ?」
スヴァンの放った矢をイノリが素手で掴み取っていた。一番驚愕しているのは攻撃した当の本人だ。逆にまったく驚いていないのは、俺と攻撃を受けた本人だろう。
開いた口が塞がらないのはスヴァンだけではない。他の《紅き鮫》メンバーとスタンドの観客たちも、あんぐりと口を開けている。
はっきり言ってしまえば、これは人間業ではない。飛翔する矢を躱したり剣で弾ける者はいても自分に向かってくる矢を鏃が体に届く前に掴み取れる人間はいない。ましてや弓使いのスキルで加速した矢だ。通常なら避けることを考える。それが難しいなら剣や盾で防御する。わざわざ掴み取ろうとする人間なんてこの世界に存在しないのだ。
「ボケっとするな! 攻撃魔法だ!」
切り替えて仲間に指示を飛ばしたのはリーダーのカインだった。
「う、うん!」
魔術士が杖を構えて火の玉を放つ。
初歩的な攻撃魔法だが、詠唱の必要がなく連射が可能。ひとつではなく、二つ三つと連続して放たれた火球がイノリに襲い掛かる。
イノリはワンドを前に突き出した。瞬く間に光のベールが彼女の全身を包み込み、光のベールに触れた火球が音もなく掻き消えていく。
「そんな!? あの一瞬で《魔法盾》を展開させるなんて!?」
あり得ないと声を上げた魔術士を残してカインは走り出していた。火球を囮にしてサイドから攻撃を仕掛ける戦法だ。さすがB級パーティのリーダー、決断が早くて冷静だ。確かに実力は本物のようだな。だが――。
大きく振りかぶったカインの一閃を難なくイノリはワンドで受け止めた。さらに力で押し返す。カインがたまらず後ろに跳んで距離を取った。
ここまでの攻防に一分と掛かっていない。ハイレベルの戦闘であることは誰の目から見ても明らかだ。
だがそれ以上に、たったひとりで《紅き鮫》を翻弄するイノリの姿に誰もが度肝を抜かれている。
「なんなんだ……この力は、一体どういうことだ……。それに変身しないと魔術が使えないんじゃなかったのか……」
静まり返る闘技場に、カインの声だけが響いた。




