偏見
人間はあまりにも、「天使」という生き物を美化し過ぎているのではないか。
―天使。
それは、きっと純白で、儚くて、そして。
美しい生き物なのだろう。
だけど、私は考えた。
天使とは、「不死」という牢獄に監禁された、憐れな者なのではないか、と。
なぜそう思ったのかなんて、説明はできない。
ただ、直感的に、そう感じたのだ。
もしも私が天使にあったら、こう問いかけるだろう。
「貴方は今、幸せ?」
天使はこの問いに、なんと答えるだろうか。
――
私が小学校3年生の頃だった。
我が岩井家に、新たな家族ができた。
父さんも母さんも、泣いて喜んでいた。
母さんが、「この子は天使のようね。」
と、泣き笑いして言った。
私は疑問に思った。
「お母さん。お母さんは、天使を見たことがあるの?」
母さんは、一瞬キョトンとした後、ぷはっと笑った。
「何言ってるのよ。見たことなんてないわよ。」
「なら、どうして天使みたいってわかるの?」
母さんは苦笑いした。
「天使を見たことはないけど…。天使って、真っ白で綺麗な羽に、真っ白なお洋服を着た、キラキラした生き物なの。だから、この子はそんな天使さんとおんなじくらい綺麗だから…。天使みたいって言ったのよ。」
母さんへ、「天使を見たことがないのに、なんで羽が生えてるって知ってるのさ!」と言おうとしたが、やめた。
これ以上水を刺したら、空気が悪くなってしまいそうだから。
小さな頃から、私は変な子供だったのだと思う。
天使の話で言えば、これだけではない。
母親から、天使の絵本を読んでもらった時。
「天使は神様のお手伝いさんで、ずっと神様といるんだよ」
という話だったと思う。
お手伝いさん、といいように言っているが、悪く言えばパシリではないか。
それか、金魚のフン。
なんでそんな生き物が、美しいだの綺麗だの言われるのが?
うーんうーんと、寝る前に考えて、ハッと気がついた。
天使という生き物は、皮肉を言われているのではないか?
本当は醜くて汚らしいけど、それを美しいとか綺麗とか、正反対の言葉を投げかける。
じゃあ、神様は--
天使の処刑係?
そんな事を小学4年生で考えていた私は、変な子供だったと思う。
だけど、その変な思考回路は大人になった今でも残っている。
必要なことは忘れるくせに、必要でないことは忘れる。
それが私だった。




