閑話
きたる土燿日。
私達、三兄妹はアクラ山に行くための準備を終えた。
「本当に行くのか?」
「うん」
「子供だけでか」
「もちろん!」
今日はお兄ちゃんが二人いるので、リンシエにはお留守番をしてもらう。
脅威だった最上位魔物、火蜘蛛に敵意がないとしても、大勢で足を踏み入れられるのは嫌だと判断した。
父様も一緒に行くと申し出てくれるのは心強いけど、いざとなったらプロクスが助けてくれる。
そう約束した。昨晩、寝る前に。
そのことを伝えても未だに頭を悩ませる。
プロクスの強さを疑っているわけではない。
子供だけで山に登るのが心配なだけ。
母様は以外にも応援してくれるので、多数決を取っても父様に勝ちはない。
ということで、出発することにした。
入り口までは馬車で送ってもらう。同乗しようとする父様を止めてくれる母様に感謝をしつつ、目指すはアクラ山。
「下山したら連絡するから、それまで待っててくれる」
「かしこまりました」
山に着くと、御者には近くの街で待機を命じた。
「(アネモス。また魔力を貸して)」
山に入る前に魔力を纏わなければ、また酔ってしまう。
【プロクスが服従したのであろう?ならば、その聖域でユーリが魔力酔いを起こすことはない】
「(そうなんだ)」
確かに前回のような不快さは感じられない。魔力を纏っていないのに。
調子に乗りたくなるような体の軽さ。
風のように山道を駆け抜けられそうだ。これまで感じたことのない心地良さに、自然と笑みが零れる。
【ユーリ】
「火蜘蛛!迎えに来てくれたの?」
返事の代わりに微笑んだ。
それがまた色気をたっぷりと含んでいた。
【オイデ】
架けられた糸の橋。山を登るよりも遥かに早く、目的地へと導いてくれる。
橋に足をかけて一歩一歩進んでいく。
風が吹いても橋自体が揺れることはない。細い糸でも束ねると頑丈になるもんだね。
プロクスの住処では火子蜘蛛と蜘蛛が仲良く遊んでいた。
体格差もあり、火子蜘蛛は潰してしまわないように、あたふたしている。
「ティアロお兄ちゃん。ここが火子蜘蛛と蜘蛛のお墓だよ」
石を積み上げたお墓の前に、持ってきた花を供えた。
色とりどりの花に火子蜘蛛達は興味津々。
集まってきて取り囲まれる。明るい花々が火子蜘蛛達の好奇心を誘っているようだった。
火蜘蛛ほど大きくないとはいえ、人間よりは大きいので普通に怖い。
花の匂いを嗅ぐ仕草はまるで犬のように無邪気で、ちょっと可愛かったりする。
アクラ山に来てから、花を見た記憶がない。リムネ湖の周辺には色鮮やかな花が咲いていたけれど、ここにはほとんどないのかもしれない。
この土地には数多くの魔物が存在し、荒れ果てた自然を踏み荒らしていた。
そのせいなのか、緑はあるのに花はどこにも咲いていない。
ティアロお兄ちゃんは、静かにお墓の前に立っていた。
地に膝をついて、手をそっと合わせた。風に揺れる花がその真剣な表情を際立たせている。
「火蜘蛛。ごめんな。お前の悲しみも怒りも、何も考えてやれなくて」
その言葉は、深い後悔と切なさを含んでいた。
プロクスには言葉の意味も、なぜ謝られているのかもわからない。
ただ、首を傾げるだけ。
「俺は奪った命の責任を取れない。こんな謝罪で怒りが収まるとも思ってない」
でも、と続けた。痛みを胸に秘めながらも、自らの過ちを認め、それを乗り越えようとしているようにも見える。
「知ってしまったら、今まで通りではいられない」
真実に向き合うその瞳は力強い。
風に揺れる花びらが舞う。目で追いかけた一瞬で、ティアロお兄ちゃんはプロクスに深く頭を下げていた。
「本当にすまなかった」
「謝罪で許されるはずもないが、どうか謝らせてほしい」
共に頭を下げるノルアお兄ちゃん。
その言葉は重く、しかし誠実に響いた。
【謝罪ハ、ユーリカラ、モラッタ】
二人がただ許しを求めているのではなく、心の奥底からの真摯な謝罪であることをプロクスに伝えたい。だから私は口を開いた。
「火蜘蛛。お兄ちゃん達は自分の言葉で謝りたいだけなの。許してほしいとは言わない。でも、聞いてあげて」
プロクスは私の言葉に一瞬戸惑ったが、次第に私の必死さと二人の真剣な気持ちを感じ取ったようだった。彼は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと顔を上げて二人に向き直った。
「「何も知らなかったとはいえ、大切な家族を奪ってしまい、本当にすまなかった」」
打ち合わせなんてない。同時に同じことを口にしたのは偶然。
頭を下げ続ける二人を覗き込むように、プロクスはしゃがんだ。
【ユーリノ、家族?】
「あ……う、うん」
戸惑いながらも質問に答えると、何も言わずにプロクスは二人と頬に手を添えた。
怒りも悲しみもない穏やかな笑みを浮かべて。まるで、謝罪を受け入れるとでも言うような。
【ユーリト同ジ。温カイ】
泣いてしまわないように堪えようとする二人の目元は赤い。
許される覚悟はしていなかった。
奪い殺した罪は絶対に償えないからだ。
だから。消えない過去の傷跡を背負い、私達は生きていかなくてはならない。
「お兄ちゃん。忘れないでいようね。私達だけは。この子達のことを」
「あぁ、忘れない。絶対に」
「忘れるもんか」
固く誓ったのは、ある晴れた日のこと。
沢山の「ごめんね」が天に届くことはないのかもしれない。
それでも、私達は……。




