いっぱいお話しましょう
さて。父様が帰ってくるまであまり時間はない。
遅くても1時間以内には帰ると予想した。
──何を作ろう?
厨房で腕を組みながら頭を悩ませる。
基本的な材料はあるので、作ろうと思えば何でも作れるんだけど。
今一度、エックにどんなお肉があるのか聞いた。
牛、豚、鶏、鴨、猪の五種類。
貴族達は主に豚を食べるという。
お金に余裕のある家では牛肉が好まれるらしい。テロイ家とか。
平民は自ら森へ狩りに出かけて野生の猪を手に入れることが多いそうだ。鶏は卵を産むから、平民の間ではとても重宝されている貴重な食材だと教えてくれた。
「ひき肉が欲しいな」
家庭でも簡単に作れると聞いたことがあるけど、専用の機械がいるんじゃなかったけ?
少なくとも素手だけではどうにもならなかった気がする。
この世界の肉は、どんな料理も、まずは大きな塊肉を手に入れ、それを豪快に切って焼くのが基本だ。煮込み料理もあるが、ひき肉のように細かく挽いた肉は存在しなかった。
ステーキこそがメインディッシュとして誇らしく食卓に並ぶことが多い。
美味しいよ?ステーキも。
でもね。別の肉料理も食べたいときもあるのだ。
そう、例えば……。
「エック。手でこねられる柔らかいお肉ってある?」
「ありますよ」
「あるの!?」
「ええ。普段食しているのは通常の豚で、それとは別に“ヒュース”と呼ばれる特別な豚がいるんです」
エックによると、ヒュースは普通の豚とは違い、特別な飼育方法で育てられた豚だった。ストレスを与えず、自然に近い環境でゆっくりと育つことでその肉質は驚くほど柔らかくなるらしい。
ヒュース豚は普通の豚とは違い、非常に繊細でデリケートな生き物。
ストレスを与えないよう細心の注意を払い、広い自然の中で自由に動ける環境を整えていた。新鮮な空気と清らかな水、そして自然の草花を食べてゆっくりと成長する。
牛肉よりも高価であり、市場に出回ることもほとんどない。
王族主催のパーティーや特別な日にしか口にできない貴重な肉でもある。
セインが主催したパーティーではどうだっただろう?
肉料理は数あったけど、その中にヒュース豚があったかまではわからない。
──みんな、牛肉ばっかり食べていたし。
国でトップクラスの財力を誇るテロイ家ならヒュース豚も手に入れることも難しくはない。
現に在庫はまだまだ余裕である。
「それ私が使ってもいい?」
「もちんろんです。何を作るのですか?」
「内緒」
先に説明してしまうと、実際に見たときの驚きや感動が半減してしまう。
保管庫から持ってきた肉は塊で、想像していた繊細な繊維のようなものではなかった。
──これが手でこねられる?
疑っているとエックがスプーンで肉を押した。あまり力を入れてないのに凹んだ。
「ふぉぉ!すごいね!」
「ユーリ様。何かお手伝いすることはありますか?」
「んとね。玉ねぎとにんじんをみじん切りにしてくれる」
「みじん切り?」
あ、そうだった。野菜を細かく切ることがないんだ。
みじん切りという言葉も技術も馴染みがない。この世界では、野菜は大きめに切って煮たり焼いたりするのが普通だった。細かく刻むという概念がなかったのだ。
普通のエプロンは、後ろで紐を結ぶタイプが多い。でも、このエプロンは違う。
前からスポッとかぶるだけで、肩からすっと落ちるデザイン。
これならリンシエの手間も少ない。
「大丈夫、見てて」
と言いながら玉ねぎの皮をむき始めた。包丁を手に取り、まずは玉ねぎの端を切り落とし、縦に数本切り込みを入れる。そして横に切り込みを入れ、最後に細かく刻んでいく。
「ほら、こうやって細かく切るの」
未知の技術に目を丸くしていた。リンシエも同様に。
嬉しいことに玉ねぎが目に染みることはないので、どれだけの量を切っても平気だ。
「ユーリ様。天才すぎませんか!?」
エックが声を荒らげると、後ろで静かに見守っていた料理人も、私の切り方に感心した様子で激しく首を縦に振っていた。
私が考案した切り方ではないので、堂々と胸を張れない。
「と、とにかくやってみて」
話題は早めに逸らすに限る。
エックとバトンタッチして、私はにんじんのみじん切りに移った。
細かく刻んでしまえば目に見えなくなるので、ティアロお兄ちゃんも難なく食べられる。
何を隠そう、ティアロお兄ちゃんはにんじんが大嫌い。どんな調理をしようとも、にんじん本来の味を感じてしまうのが苦手だと言っていた。
これから作るハンバーグなら、そこまでにんじんの味はしないから美味しく食べられるはず。
刻んだ玉ねぎとにんじんをじっくり炒める。炒めた野菜は甘くなり、にんじんのクセも和らぐと言っていたような……?
粗熱が取れたらお肉と混ぜる。
肉は信じられないほど柔らかく、手の平で簡単にこねることができた。
塊とは思えない柔らかさ。塩と香草を少々加える。
衝撃を受けながらも私は気持ちをしっかり整えながら、野菜と肉をゆっくりと混ぜ合わせた。
焦らず丁寧に。少しずつ形になっていくその過程が、何よりも楽しい。
いよいよ種を小判型に成形する段階に差し掛かった。けれど、ここでまさかの問題が発生。
私の手が小さすぎる!!
作れないことはないけど、超極小サイズになってしまう。
数があっても、食べ応えはない。
しばらく自分の手を見つめたあと、勢いよくエックを見た。
「私と同じことしてくれる?」
「え、あ、はい!」
種を手に取り、両手でキャッチボールをするように、空気を抜きながら楕円形に成形していく。
最初はぎこちなかった彼の動きも、次第に滑らかになり、まるで長年やってきたかのように上手くなっていった。
──これがプロの実力。
種が完成したら、最後の工程だ。
フライパンに油を熱してハンバーグを並べた。
ジュージューと油のはじける音がキッチンに響き、香ばしい匂いが漂い始めた。
肉を焼く。それ自体は何も変わらないのに、手間を加えるだけの全く別の料理へと変わる。
未知の料理にエック達の好奇心は抑えられない。
…………で、ソースどうしよう?
何も考えていなかった。
だって家で作らないし。
冷蔵庫には必ず何かしらのソースはあった。私にはそれで充分だったのだ。
私が頭を悩ませていると、ハンバーグは焼き上がりお皿に盛り付けられた。
単品ではなく彩りに緑の野菜も添えて。
家族の分を作っても余裕で余っているので、みんなに味見をしてもらう。
ここはもう諦めてプロに任せる。彼らなら、これに似合うソースを考えてくれるだろう。
ナイフは力を入れなくてもスっと切れて、綺麗な断面が現れる。
中もしっかり火が通っていて、肉汁がじゅわっと溢れ出す。これはテンションが上がる。
あまりの完成度に誰かが息を飲む。
一口サイズに切ったハンバーグを一斉に口を運んだ。
「う、美味い!!」
「あんなに細かく刻んだのに野菜の甘みがしっかりと出ている」
「しかも、その野菜が肉の旨味を引き立てているぞ」
大絶賛。受け入れてもらえて何より。
作った本人が味見もせずに人様に出すなんて論外。私も食さなければ。
リンシエに食べさせてもらった。
噛めば噛むほど溢れる肉汁。野菜の甘みがお肉の本来の味を引き立てている。
これはもう……うん。ソースいらないな。
味が濃いわけではないけど白米が恋しくなる。
「ユーリ様はどうやって、このような調理法を思いついたのですか」
エックの声には感動とは別に驚きが混ざっていた。
「んとね、内緒なの」
ニコーッと笑って、秘密のポーズを取る。
前世の記憶、なんて言っても信じてもらえない。
それどころか、劣悪な環境にいたせいで精神に異常をきたしていると心配される。
不安の種をわざわざ蒔く必要はない。
「ユーリ。父上が帰ってきたよ」
「すぐ行く!!」
厨房の外から声をかけられて、慌てて料理を隠す。
これは食べるときのお楽しみなので、フライングはダメである。
エプロンを脱ぎ、手をしっかり洗って、リンシエに抱えられて玄関まで急ぐ。
近くまで来ると降ろしてもらい、あとは自分の足で突撃。
「父様!おかえり」
駆け寄るといつものイケメンの微笑みを浮かべながら抱き上げてくれた。
母様とお兄ちゃん達も出迎えにきて、家族みんなが揃う。
「父様!早くご飯食べよ。今日のお昼ご飯ね、私が作ったの」
「何だって!?父上!早く着替えて下さい!!」
よっぽどお腹が空いているのか、父様から私を奪取したティアロお兄ちゃんの勢いはすごい。
無言ではあるけど母様の圧もだ。
父様は足早に自室に戻る。
先に食堂で待つこと数分。
父様が席について料理が運ばれてくる。
初めて目にするハンバーグに驚く様子はない。
お肉とさえ理解していれば邪険にする理由がないのだろう。
食べ方だって今までと変わらない。ナイフで切ってフォークで食べる。
お肉なのにソースがかかっていないことだけは不思議そうだったけど、一口食べればそんな思考は吹き飛ぶ。
魔道具で温め直したハンバーグからは湯気が立ち、火傷しないように小さく切って食べる。
「すごく美味しいわ。この料理、お肉よね?」
「うん!」
「見た目が違いすぎないか」
「こねたの。そのまま焼くより、色んな食材を混ぜれていいでしょ」
「野菜が入っているみたいだけど、何が入っているの?」
「玉ねぎとにんじん」
素直に答えると、ティアロお兄ちゃんが目を見開いて大袈裟に驚いた。
「嘘だろ!?ほんとに!?」
「うん。これなら食べられるよでしょ」
「そっか。兄ちゃんのために……」
ティアロお兄ちゃんはもう一口、優しく噛みしめた。表情は満足そうで、何度も「美味しい」と繰り返す。
にんじんの味が苦手でも、工夫次第で美味しく食べられるのだ。
野菜嫌いの子供は、そうやって克服していく。
16歳にしてはにんじんが苦手なんて、子供っぽすぎるけど、完璧の中に小さな欠点を入れておきたかったのかな?
ということは。他の三人も苦手な食べ物があるのかも。
気になって聞いてみるとノルアお兄ちゃんはギアの実というフルーツが苦手だと判明。
ギアの実とは。風邪を引いたときに食べる特別なフルーツで、元いた世界風邪で言えば風邪薬。
味は苦いわけではないけど、舌にまとわりつく感じが苦手で、風邪を引かないよう日々注意しているという。
聞くところによると青緑色の果実でもあるギアの実は、ブルーベリーのような小さな実。水でしっかりと洗って皮ごと食べる。
──その皮が不快の原因では?
私の疑問は繰り広げられる会話から違うとわかった。
「ギアの実って中身がかなり酸っぱかったよな」
「ティアロは私達の言うことを無視して、実だけを食べたもんね」
「その酸っぱさを皮で緩和すると説明したというのに」
呆れながらも懐かしい過去の出来事に頬が緩んでいた。
「ユーリも今度、食べてみる?」
「食べない!!」
風邪を引いていないのに薬を飲むのは良くないこと。
普段から食せるフルーツとはいえ、風邪のときに食べることが決まっているのなら健康体で食べるのは却って、体調不良を起こす原因になるかもしれない。
「そ、そうだ!今日ね、山でね!!」
危険な話題は一刻も早く避けなれば。
どんな味なのか興味はあるけど、ノルアお兄ちゃんが顔をしかめるなんてよっぽど。
ギアの実そのものの味ではなく舌に残る不快感とはいえ、食べないに越したことはない。
──私も風邪を引かないようにしないと。
「へぇー。じゃあもう、噴火はしないんだ」
話したいことを全部、話した。食べることも忘れて夢中になって興奮した状態で。
噴火はもう起きないこと。
相性を無視して父様がリッライを退治したこと。
リュコスに襲われたけどエルが身を挺して守ってくれたこと。
成り行きで火蜘蛛の真名を教えてもらい、私に服従にしたこと。
……火蜘蛛の真実。
たった数時間の出来事だったけど、その濃密さは私の命が危険に晒されていたことを今になって強く実感させる。
あの瞬間を思い出すと、恐怖で体が震えるけれど、同時にエルの勇敢な姿が私の恐怖を消し去ってくれた。
エルがいなければ、私は今ここにいなかったかもしれない。彼の無垢な勇気が私の未来を変えたのだ。
私とそんなに歳が変わらないたった6歳の男の子。
いくら父様が治癒魔法を持っていたとしても、怖くはなかったのだろうか。襲ってくる魔物の前に立ちはだかるなんて。
怪我をしたのはエルなのに私の心配までしてくれた。
その優しさが、どうしようもなく嬉しかった。
「はぁぁーー。ユーリが関わるとそんなことになるのか」
前半の内容は身を乗りどして聞いていたティアロお兄ちゃんも、後半に関して静かになっていった。
「むっ。違うもん。火蜘蛛の優しさだよ」
心外だな。私がやらかしたかのような発言は。
「冗談だよ冗談」
謝りながらも顔は笑っている。絶対に悪いと思っていない。
小さく息をついたティアロお兄ちゃんから笑顔が消えた。
憂いを帯びた目は静かに閉じられて、でも、すぐに開かれた。
「今度の休みさ、アクラ山に行こうと思う」
誰に賛同してほしいわけではなく、自らの決意を口にしたようにも見えた。
「どうしたの、急に」
茶化していい雰囲気ではないため、母様が優しく問いかける。
「謝りたいんだ。火蜘蛛に」
「謝る?」
「うん。前回までさ、俺も魔力送るためにアクラ山に行ってただろ?そのとき、襲ってくる火子蜘蛛をいっぱい殺した」
「ティアロ。それは……」
「考えなかったんだ、何も。魔物だから。襲ってくるから。そんなありふれた理由で、命を守るために殺した。殺された火子蜘蛛が、もっと弱い生命で生まれ変わるなんて、思いもしないで」
違うよ、ティアロお兄ちゃん。それはみんなが思っていたこと。
一人だけで責任を背負うことではない。
「俺が殺さなかったから、火蜘蛛は今でも火蜘蛛と一緒に暮らせていたかもしれないだろ?そう思うと、ちゃんと火蜘蛛に謝って、奪ってきた命を弔いたいなって」
「それを言うなら私だってそうだよ。よし。今度の休み、二人で行こうか」
「ノルア!!勝手なことを決めるな。あそこは魔物の巣窟とも言える。お前達だけでは危険だ」
「大丈夫!私も一緒に行くから。火蜘蛛にも伝えておくから、きっと守ってくれるよ」
「それは心強いな」
「ユーリの予定がなければ土燿日に行こうか」
「うん!」
彼らの持つ優しさは、作られたものではない。
作者によって生み出されたキャラクターは、文字を読むだけではわからないほど、色んな感情を持ち、この世界で生きている。
魔物だから、もう死んでいるからと、命を切り捨てるのではなくて、等しく“命”は尊いものであると理解した。
死んだら終わり。そう誰もが思っていた。だからこそ、命は儚く、そして尊いものだった。
死んでしまえば全てが消え、存在は無に帰る?そんなことはないはずだ。命の価値は、誰かに覚えられている限り、決して消えない。
誰か一人だけでも、自分が生きていたことを覚えていてくれたのなら。
それは、近所に引っ越してきた身寄りのないおばあちゃんの口癖。
いつも一人、縁側でお茶を飲みながら空を眺めていた。
その姿は寂しくも愛おしかったのをよく覚えている。
子供ながらに家族のことを聞いてはいけないと察して、友達と一緒におばあちゃんの家に遊びに行った。
その言葉の意味はちゃんと理解していた
誰かに覚えられている限り、命は終わらない。形は変わっても、心は繋がり続けるのだ。
私が両親とずっと繋がっていられたのは、思い出があったから。
「ユーリ?どうした?」
「あのね、私。みんなが大好き。テロイ家に救ってもらえて、本当に良かった」
想いは見えないから言葉にして伝える。伝えたら相手に届く。
言葉は不思議な力を持っている。言わなければ、ただの気持ち。しかし、言葉にして初めて、それは誰かの心に届く贈り物になる。
溢れんばかりの感謝を胸に、私はずっと生きていく。
今日という日が私にとって、特別になったことは言うまでもない。




