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溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜  作者: あいみ
最上位魔物

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山登りは大変なのです

 私は深呼吸をして、山道に足を踏み入れた。緑豊かな森の中、鳥のさえずりが心地よく響く。


 魔物と遭遇しても大丈夫なように、五大貴族が周りを固める。

 彼らは魔物の襲撃に備え、常に警戒を怠らず、緊張の糸を張り詰めていた。

 特に若き次期当主は中央寄りで、鋭い目を光らせている。


 全員が薄い魔力を纏っているのは、魔物がいつ襲ってきてもいいようにだろう。

 守られる陛下達でさえ、緊急事態を想定していつでも魔法を発動出来るようにしている。


 彼らの存在が少しだけ心強かったけど、それでも私は疲労で体が重く感じた。


 見るからに初心者向けの山だったから張り切っていたのに、急な坂道や岩場が続き、足元は思った以上に悪くて息が上がってしまう。


 しかし、何より気になるのは肌にまとわりつく不思議な感覚だった。リムネ湖のときのような強烈な瘴気ではない。黒い霧も見当たらず、呼吸は普通にできる。


 だが、何か別のものが確かに存在している。


 「ユーリ、大丈夫か?」


 自然と足が止まる。激しく乱れたわけではない息を整えていると、エルが心配そうに覗き込む。


 団体行動なので一人が止まれば全体の足止めになる。


 4歳児に登山は厳しいとわかっただけでも収穫はあった。次回は絶対に来ない。そう固く誓う。


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、「大丈夫」と返そうとすればむにっとエルの手が頬を挟んだ。


 「無理はするな。大丈夫じゃないならそう言え」


 心を読んだかのような発言。


 ──弱音を吐くほどではないんだけどな。


 「休憩にしようか」

 「だ、大丈夫です!早く行かないと噴火が……」

 「そんなすぐ噴火はしない。それに。疲れているユーリをそのままにはしておけない」

 「父様に抱っこしてもらいます!」


 陛下は食い下がる。私の体調を考えてくれるのは嬉しいけど、優先するべきは目の前のことだ。


 魔力を鎮めるのが遅れて噴火しないという絶対の保証はない。

 自然はいつだって、まさかのタイミングで襲ってくる。


 1秒の迷いが、泣く未来となることだって有り得るのだ。


 「私とノルアが残りますので、先にお進み下さい」

 「気にするな。休憩が少し早くなっただけだ」

 「チッ」


 陛下に舌打ちしちゃったよ。いいのそれ。不敬にならない?

 態度を咎めないのは器が大きいからだろう。


 ノルアお兄ちゃんも不機嫌なため息ついているし。


 緊張の糸を張り巡らせている当主陣の姿は、アクラ山がどれだけ危険かを物語っていた。


 ワガママを言わずにティアロお兄ちゃんと留守番をするべきだったと後悔する。


 人を襲う魔物と出会ってないからか、私の危機管理能力は低い。


 本来ならもう少し行った大きな切り株があり、そこを休憩場所にしている。

 今日は私のせいで、大幅ではないが遅れが生じていた。


 慣れない山道。小さな体。登山未経験。

 あらゆる要因があるため誰も私を責めないけど、もっと早くに先を進みたいはず。


 どれだけの量を注がなくてはいけないのか、私にはわからないけど。朝の7時に現地集合なんてよっぽど。

 前回よりも人数が減ったことにより、更に時間はかかる。


 「ユーリ。これを使って」


 地べたにそのまま座るのは良くないので、ハンカチを敷くんだけど……。 

 さっきからセインが綺麗な刺繍入りのハンカチを貸してくれようとする。


 「い、いいよ」


 ──絶対に高いじゃん、それ。


 手に取らなくてもその高価さは伝わってきた。

 皇族の持ち物。超高級品に決まっている。


 濡れた手を拭くならまだしも、お尻の下に敷くんだよ?土まみれで汚れてしまう。


 そんなことになったら申し訳なさしかない。


 ハンカチの隅にセインの名前があり、誰かからのプレゼント。


 名前入りのハンカチを贈ってくれる相手は婚約者。

 今のとこセインに婚約者がいる話は聞かないので、母親ではないかと推理する。


 「ありがとう、セイン。でも、これは大切な物でしょ?私にはもったいないよ」


 私はやんわりと言ってみる。


 「いいんだ。ユーリに使ってほしい」


 よくないってば。


 私の気持ちを察してくれていそうなのに、引かない姿勢。受け取る以外の選択肢が潰されていく。


 「ユーリ!!俺のを貸してやる」


 セインだけじゃなくてエルも差し出してくるものだから、私は困り果てる。


 下手したらそれ一枚で何万カリンもする代物を、お尻の下に敷けるわけがない。


 微笑ましく見るだけの陛下は助け舟を出してくれそうにないし。


 角が立たないように二人の厚意をやんわりと断れる言い回しないだろうか?


 私は目を伏せ、なんとかやんわりと断る言葉を探そうとする。けれど、その曇りなき純粋な瞳を見ると、言葉が詰まってしまう。


 「殿下のお気持ちは大変有難いですが、ユーリは私の膝の上が好きなので今回は遠慮させて頂きます」


 ノルアお兄ちゃんの言葉に少し安心し、私は微笑んだ。二人の厚意は有難いけど、やっぱり今はこの場所が一番心地良い。


 セインとエルは一瞬驚いたようだったが、すぐに笑顔を返してくれる。

 彼らの優しさは刺繍のように繊細で、私の心に深く染み込んでいった。


 「ユーリ。魔力で全身を覆うと楽になる」

 「う?」

 「アクラ山は国で一番、自然の魔力が充満している。生身で足を踏み入れると魔力酔いを起こすこともあるんだ」


 濃密な魔力に満ちたアクラ山。瘴気とは別の得体の知れないものが体を蝕む。


 今の私は魔力酔いの一歩手前。


 瘴気を跳ね除ける(ひかり)魔法があれば、何もしなくても大丈夫なのではという期待は打ち砕かれた。


 どんな特別な人間でもこの地に足を踏み入れるのであれば、魔力を纏っていなくてはならない。


 なるほどね。陛下達の魔力は魔法を使うためのものじゃなくて、魔力酔いを防ぐためのもの。


 私は初めてその真実に気づいた。どれだけ魔力を使っても、山頂に着けば魔力回復の薬を飲んで回復できるという安心感があればこそ、無理もできるのだ。


 魔力酔いは時に魔力を暴走させる。


 知識がなければ不慣れな山道に対する疲労と勘違いしてとても危険。


 濃密な自然の魔力は甘く見ていると痛い目に合うので要注意。


 私は息を整え、魔力を自分の体に纏うことを試みた。


 でも、従来の魔法の使い方とは異なり、自然の魔力と自分の魔力を繊細に調和させなければならない。まるで繊細な鎧を身に纏い、風や衝撃から身を守るような感覚だ。


 しかし、今の私にはまだその魔力のコントロールが充分ではなかった。魔力を半分以上減らして魔法を使えるようになったばかりの私にとっては、無茶に等しい挑戦。


 なので、アネモスに力を貸してもらうことに。


 「(アネモス。聞こえる?)」

【……ユーリか。どうした】


 反応が一瞬だけ遅れた。


 「(ごめんね。寝てた?)」

【構わない。私に用があるのか】

 「(あのね、今ね。アクラ山っていう場所にいるんだけど。自然の魔力が強すぎるの。私はまだそこまで魔力コントロールが上手くないから、力を貸してくれないかな)」

【お安い御用だ】


 甲の魔法陣が光り私の魔力ではなくアネモスの魔力に包まれる。


 全身が薄い緑色に輝く。体の内側から暖かさを感じる。


 これが魔力を纏うということか。


 さっきまでの気だるさが嘘みたいになくなった。


 体が軽い。今なら走り回れる。


 ノルアお兄ちゃんがしっかりと私を捕まえていなければ、一目散に駆け出していた。


 ──ふぅ、助かった。


「戦闘態勢!!皆、準備を!」


 穏やかな空気が壊れるかのように、アトゥル様の声が響く。


 すぐさま全員が戦闘態勢に入り、ルイフォン様とベルトラン様は陛下達を守るような土と風の壁を作る。


 黒い影が風のように舞い上がり、未知の気配が急に強くなった。


 私を抱きしめるお兄ちゃんの力が強くなる。目つきは鋭いまま辺りを見渡す。


 木々の間から差し込んでいた日差しが途切れて薄暗い。


 進むべき森の奥から聞こえてくるのは獣の雄叫び。

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