山の入り口に全員集合です
目が覚めた。
朝の光が部屋いっぱいに満ちていた。
素早くベッドから降りてカーテンを勢いよく引き開けると、温かな日差しが差し込む。
私はそっと窓辺に立ち、習得したばかりの風の魔法でそっと開けると、清々しい風が部屋の中に流れ込んできた。
「あ!ユーリ様!!」
リンシエの声が響く。
「リンシエ。おはよう」
「おはようございます、ユーリ様。じゃなくて!!ダメですよ。お一人で何かをするのは」
「う?」
何もわからないというように首を傾げたら、リンシエは「もう」なんて怒りながらも頬は緩んでいる。
歳下は怒りにくいのかも。私を弟妹と重ねてくれているのだろう。
そんな優しい眼差しに心が温かくなった。
リンシエの手を借りて、通気性の良い動きやすい布の服に着替えた。今日はアクラ山を登る。
女性は怪我を防ぐためにスカートではなくズボンを履くのが決まり。元の世界で着ていた登山服を思い出し、少しだけ自信が湧いてきた。
登山未経験。しっかりと服を見たわけでもない私が断言していいはずがないので、服に関しては“気がする”とぼかしておこう。
朝食は軽く済ませ、母様とティアロお兄ちゃんも一緒に山の入り口まで見送りに来てくれた。家族の温かさに胸がいっぱいになる。
初登山。お城に行ったときのようにドキドキしていた。
山自体はそんなに高くない。初心者向けといったところか。
「うぅ、ユーリ。やっぱり今からでもお留守番しよう。絵本読んであげるから」
ギリギリまでずっと抱きしめられていた。
「やっ!登る」
馬車から降りようとすれば抱きしめる力は強まり抜け出せない。
呆れたノルアお兄ちゃんにチョップされて怯んだ隙に救出された。
そこそこ力込められて痛そう。ほら、ちょっと涙目。
やった本人はしれっとしてるし。
「レーゼル。算術の勉強を見てやってくれ」
「わかったわ」
学園を休んでいるわけだからね。ゴロゴロするより苦手克服に時間を当てたほうが効率は良い。
帰ったら筆算のやり方を教えよう。単純な計算ならともかく、桁が増えると難しいからね。計算は。
必殺アイテム電卓があれば大助かりだけど、ないからね。そんな便利道具。
「気をつけてね、ユーリ」
母様が優しく微笑み、しょんぼりしていたティアロお兄ちゃんは真剣な表情になり、力強く頷いた。
「無茶だけはするなよ」
「うん、ありがとう。絶対に怪我しないで帰ってくるから」
どれだけ時間がかかるかわからないため、母様達は屋敷に戻ることになった。
山に入らないとはいえ、人の匂いに誘われて魔物が現れるかもしれないからだ。
私達の到着と共に次々、他の馬車も到着した。
その内の一つに王家の紋章が刻まれていることに思考が停止する。
いや、まぁ、うん。魔力はあるよね。え?いいの?
陛下とエル、しかもセインまで。王妃様は陛下の代わりに執務をこなすようだ。優秀な側近を残して来ているので、困ることはない。
昨日、父様から陛下に宛てられた手紙は手元に届いたようで、護衛する騎士はいない。
ゼリフラ国を代表する五家の当主と跡取り。
シュバルツ家はアトゥル様に代替わりしたばかりなので一人だ。
陛下に王太子。皇太子と私を含めた十三人だけ。
ちょっと不吉な数字。何も起きないことを祈ろう。
将軍でもあるストフォード様がいるから護衛はいらないと判断したのか。
「ニカルは?」
ロットオルフォン家はリファラ叔父さんとバル。ニカルの姿はない。
「ニカルは潜在魔力が高いだけで、今現在では私達と同じ役割は果たせないんだ」
「そっかぁ……」
いじけたように小石を蹴った。意外と会えないものだな。
「ユーリ。ニカルって?」
「従兄弟だよ」
私としては友達みたいな感じなんだけどね。
どっちがいいんだろうね、関係性として。
従兄弟のほうが距離感は近いけど、友達のほうが特別感はある。
悩みどころだ。
「ふーん。そのニカルには会いたいの?」
「うん!!」
瞬間、なぜかエルとセインの背後が燃える。
陛下は 小さく笑っているし。
好きな人に会いたいのは普通のこと。
変なことを言った覚えはないんだけど。
「ニカルとはいつでも会える。今日は我慢してくれるか」
「そっか!バルの言う通りだね」
「……お義父様?ユーリに愛称で呼ばせているのですか?」
「それがどうした」
「兄さんの怒りを煽る真似はやめて下さい」
「何のことだ?儂はユーリに呼んでほしいからそう言っただけだ。なぁ、ユーリ」
「ん?んー……うん」
じぃじに対抗しているなんて口が裂けても言えないよね。
大丈夫だよ、バル。ライバル心のことは私の胸の内に閉まっておくからね。
「こんな所で時間を食うわけにもいきませんので、とりあえず登りませんか?」
みかん色の髪をしたミステリアスな雰囲気を醸し出す青年。
恐らくジーナ様かストフォード様の息子。
まじまじと顔を見つめる。親子なら必ずどこか似ているはず。
当ててみせる。どちらの息子なのか。
「初めまして、ユーリ・テロイ様。私はルイフォン・リザークと申します。以後お見知り置きを」
ガーン!!!!!
あまりのショックに思わずよろけてしまう。
地面に倒れなかったのはエルとセインが手を引いてくれたからだ。
「ユ、ユーリ様?」
血の気が引いたように顔色が悪くなったルイフォン様は粗相をしたのではと、素早く謝ってくれた。
いや、違う。ルイフォン様は何も悪くない。
早くに答えを導けなかった私が悪いのだ。
となると。残るよもぎ色の髪をした青年がジーナ様の息子。
背が高い。全体的にスラッとしていてモデルみたいだ。
柔らかい雰囲気のまま一歩引いて傍観している。
二人とも美味しそうな色をしていると、食いしん坊のようなことを思う。
──みかんとよもぎ。どっちも美味しいよね。
「お初にお目にかかります、ユーリ様。僕はベルトラン・アライド。これからよろしくお願いします」
声が少し高い。コンプレックなのかあまり喋ろうしない。
口元を手で覆う仕草は癖なのだろう。
一歩後ろに下がることさえも。
ソプラノ歌手みたいな高音ではなく、普通の男性より高いくらいなのでそこまで気にする必要はないのでは?
「ベルトラン様の声は綺麗ですね。透き通っていて川のせせらぎのように心地良いです」
「……ぶはっ!」
吹き出して笑った。面白いことなんて言ってないんですけど。
「すみません。そんなこと言われたの初めてだったもので。ユーリ様は優しいですね」
「あ、あの!!その呼び方はやめて下さい」
王族を除けばこの中で爵位が高いのは公爵であるテロイ家。
公女である私に礼儀を尽くすのもわかる。
でも……。それだけなんだ。ただテロイの名を持っているだけ。
敬われるなんて以ての外。
「公爵家の一員として何の功績も挙げていない私が、既に国に貢献している皆様にかしずかれるなんて、あってはならないことです」
私の家族が国の発展に貢献してきたことは事実。そう、私ではなく家族がだ。
「ユーリ……」
「(貢献なら挙げているのでは?)」
「(ハザックの森と海を開通したではないか)」
「(自らの手柄とさえ思っていないようだな)」
「(幼くても立派な公女だ)」
テロイの名に恥じないように多くの功績を挙げたいと思いつつも、私個人で出来ることは何があるのだろうか。
まだまだ学ぶべきことは多く、経験も足りない。
「それでは、これからはユーリとお呼びしてもよろしいですか?僕のことはベルとお呼び下さい」
「私のことはルイと」
「はい!」
次期当主の二人とは今後とも付き合いがあるだろう。
困ったときに助け合える存在になれたら……。
弱さや悩みを包み隠さず話し合い、今よりも固い信頼関係を築いていきたい。
彼らが困難に直面したときは、私達が支えとなり、逆に私達が迷いを感じたときは彼らが励ましてくれたり。
信頼とはそうやって生まれていくものだ。
「そろそろ行くとしよう。あまり遅くなると、日が暮れてしまう」
「おじいちゃ……会議に出席していた他の皆様は来ないんですね」
冷笑を浮かべた父様は
「来るわけがないだろう?あんな役立たず共が」
その発言に、冷たい風が吹き抜け、場は沈黙に包まれた。誰も祖父の言葉を否定しなかった。陛下でさえ、心のどこかで同じ思いを抱いているのだろう。
国のために尽力するのは民の義務と言っておきながら、危険なことからはとことん遠ざかる。贅沢な生活に甘んじているのだ。
ミトン家に負けず劣らずの小物っぷり。
よく私のことをバカにしたな。卑しい血筋がどうのって。
一国の王が自ら危険な地に足を運んでいるというのに、若くないという理由で安全圏で呑気に紅茶を飲む。
国の未来なんて見据えていない。今の自分達がどれだけ贅沢に暮らせるかが重要。
──典型的な老害ってやつかな。
おじいちゃん達が城に居座り続ければ、変わるものも変わらなくなる。
傷んだ果実は取り除いて、今ある果実に傷がつかないように守るのが陛下の役目。
いつまでも恩を感じてばかりいたら、国と心中することになっちゃうよ。
陛下は決断しなくてはならない。
古い価値観に縛られた者達を乗り越え、新しい時代を切り開くことを。




