大切なお話なのです
「ユーリの話というのは?」
正面に座ると手招きで呼ばれた。とことこと歩いて行けば膝の上に乗せられる。
話すなら正面のほうがいいのでは?
ずっと見上げていると首が痛くなるんだけど。
「ユーリ?」
「えと……。父様からじゃなくていいの」
「私は夕食後に家族が揃っているときで構わない。それに。ユーリの話のほうが重要なのだろう?」
「重要というか……。父様は聖域って知ってる?」
「聖域?」
その反応は知らない。
私が聞いたことを全て話した。隠す必要はない。
むしろ知っておくべきこと。
最上位魔物とは。“ある日”、通常の魔物が進化したもの。彼らには聖域というものがあり、そこから自然の魔力を貰い寿命を伸ばす。
空には魔力がないため、アネモスはテロイ家当主から魔力を貰うしかない。
人間に体の一部を渡した魔物はお返しが貰える。
お返しはどちらが決めてもいい。ただし、寿命や魔法といった過度なものはダメだ。
許されないこととして罰が下る可能性がある。
聖域とは魔物が最上位魔物に進化した場所を指す。その聖域に人間が足を踏み入れると、負の感情が抜け落ち瘴気となる。
瘴気はその地に留まり、時間と共に全てを腐敗していく。
リムネ湖がその例だ。
観光地ともなれば多くの人が集まる。何十何百の人が訪れては、負の感情が聖域を黒く染めた。
ヒュドールを追い出すほどの濃い瘴気は魔力にさえ影響を及ぼすほどに。
それでも。各海に渦潮を発生させられるのだから、元々の魔力はとんでもない量だ。
「それとね。魔物同士は縛りがないから、真名を口にしても大丈夫なんだって」
「人間と魔物では持っている情報が違いすぎるな」
やはりと言うべきか。父様も“ある日”が気になっている様子。
私もそこに関しては詳しく聞かなかったので、今度会ったときにでも聞いてみようかな。
「あと……。私は聖と邪の魔法も持っているみたいなの」
光と聖。闇と邪。音は同じなので口頭で説明するのは難しい。
父様も私が全属性持ちだと知っているので、今の報告に何の意味があるのかと思っているに違いない。
──口にしないのは大人だからだよね。
紙とペンを借りて文字にすると、初めて目にする名前に眉が動く。
まじまじと文字を見つめては、忘れてしまっている記憶さえ掘り起こすも、覚えはなかったようだ。
浄化と瘴気を生み出す魔法。対照的な二つはまさに、ひかりとやみ。
現在の光と闇はその名の通り、役割としては照らすことと飲み込むこと。
知られざる魔法の登場だとしても取り乱すようすはない。
かなりの情報量なのに父様は頭がパンクすることなく、淡々と受け入れて理解した。
──私とは頭の出来が違うからね。
目頭を抑えながら深く息をついた。これまでの常識が覆されたのだ。理解はしても、頭が混乱するのも無理はない。
「聖域。最上位魔物がいる場所か」
呟かれた声。
「アクラ山も聖域だったのか」
その口ぶりからアクラ山にも最上位魔物がいて、しかも。何度も足を運んでいる。
「聖域に瘴気が溜まるのは年月か人数か。感情の大きさということもあるな。ユーリ。具体的なことはわかるか?」
「んと、わかんない」
「人魚姫の聖域に瘴気が発生したのは数百年後」
アネモスと他の魔物が最上位魔物になった時期はほぼ同じ。
初代当主の時代から考えたらざっくりと計算は出来る。
少なくとも私達が生きている間にアクラ山が瘴気によって腐敗することはない。
仮になったとしても私が浄化すればいいだけ。魔力をかなり消費することもわかったし、次からアネモス達の魔力をストックした状態で挑む。
あ、そうか。ゲールが私ならリムネ湖に行けると断言したのはブロンテーの加護を受けているからではなく、聖魔法の使い手だったから。
あのときは魔法を使っていなかったし、自然と守ってくれていたのか。
「仕方がない。人数を減らすか」
何かを決定した父様の目に迷いはない。
「ユーリのおかげで助かった」
「何もしてないよ」
「いいや。この情報は貴重だ。我々、人間には知りえなかったことなのだからな」
確かにそうだ。
隠された二つの魔法。瘴気。最上位魔物へのお返し。
歴史のどこにも記されていなかった。
「でもねでもね。海にゴミを捨てたらダメだよ」
「わかっている。ロットオルフォン家が厳しく見回るから、同じことは繰り返さないはずだ」
「リファラ叔父さんのお家が?」
「貿易はロットオルフォン家の事業だからな」
弟が嫁いだ家門だし、設定としてそれなりに功績はあるか。
ミトン家と比べる必要もあるし、ただの侯爵家のわけがなかった。
渦潮が発生して船が使えなくなっていたから、わざわざ私に言うことではないと判断したのだろう。
港が何十年ぶりに開かれるのだ。リファラ叔父さんは大忙し。バルも引退したからと、ゆっくりする時間もない。
「ユーリの魔法のことは陛下にだけは報告しておこうと思う」
「うん」
それは私に拒否する権利はない。秘密にしておくにはあまりにも規模が大きすぎる。
他の貴族に知られると面倒事に巻き込まれるため、魔法のことはテロイ家と王家だけが抱える秘密となった。




