海に青くて大きいです
翌朝、ヴィバル様が迎えに来てくれた。
…………ニカルがいない。会えると思ってたのに。
つい、しょぼりしてしまった。
「儂と二人では嫌だったか?」
困ったように笑う。それがまた色気があって、世の歳上好きを虜にしそうだな。
慌てて首を横に振って否定した。
今回は目的地がハッキリとしているため、ニカルを連れて来るのは危険。
頭ではわかっていたけど、会えるかもという期待は捨てられなかった。
ヴィバル様に申し訳なさそうな顔をさせるのは違うので、謝ると頭を撫でながら次はニカルを連れて来ると約束してくれた。
「母様。行ってきます」
人魚姫に会いに行くと母様に告げて、いざ出発。
最上位魔物の元に行くためリンシエは今日もお留守番。
口を開いてはすぐに閉ざす。
相手が相手なだけに自分がいても足手まといだと感じている。
「心配するな。ユーリのことは儂が必ず守る」
「よろしくお願いします」
馬車に乗り込み人魚姫のいる海へ。
窓から身を乗り出さないようにか、ヴィバル様は私を膝の上に乗せて動けないようにギュッと固定する。
景色が変わってきた。
窓を開けると塩風の匂い。海が近いんだ。
足をバタバタさせるとヴィバル様は私の意志を汲み取ってくれた。
落ちないように抱っこされたまま窓の外を見る。
一面に広がる青色。紛れもない海だ。
遠くのほうには幾つも潮が渦を巻いている。
ここからでも見えるほどに大きい。
確かにあれでは船は一溜りもないだろう。
港に着くと次は歩きだ。はぐれないよう手を繋ぐ。
港から少し歩いた所に岩陰に降りる階段があり、そこを降りると洞窟への入り口。
「ユーリ。この先が人魚姫の住処だ」
極度の緊張感。平静を保っているもののヴィバル様の表情は固い。
暗いはずの洞窟は中に入ると途端に明るくなった。
岩の隙間から日差しが漏れている。
【人間が何の用かしら?】
奥に進めばエメラルドグリーンの鱗をキラキラと光らせた人魚がいた。
オーロラのように美しい色合い。
腰よりも更に長いダークブルーの髪はまるで海底。
蜂蜜色の瞳が私達を睨む。
すぐに攻撃をしてこないのはゲールと同じく、そこまで人間を嫌っていないからだと思いたい。
「人魚姫にお願いがあって来ました」
【お願い?】
訝しげに聞き返す。
「渦潮を止めて下さい。船が通れるようにしてほしいんです」
【…………は?】
敵意と殺気。綺麗な顔が歪む。
「ユーリ!!」
海水が浮かび上がっては作られる槍。応戦しようとするヴィバル様を止めた。
槍は当たることなく後方へ飛んでいく。
【へぇー。当てる気がないって、よくわかったわね】
「いえ。信じただけです。人魚姫を」
人間が嫌いなら港町はとっくに海に沈んでいる。
渦潮発生なんて面倒なことはしない。
一見、水は穏やかではあるけど、全てを簡単に飲み込む怖いものだ。
人も街も思い出さえ、連れ去っていく。
津波の脅威は嫌というほど知っている。
私は被害者ではなく、いつだって画面の向こうから伝えられる悲しく苦しい現実を見ているだけ。
それでも。恐ろしいということはわかる。
大切な人が目の前からいなくなる恐怖は夢であってほしいと願うかばかり。
「ヴィバル様。帰りましょう」
「いいのか?」
「はい。人魚姫。会ってくれてありがとう」
洞窟の入り口を水で閉ざしてしまえば人間は入ってこれない。
完全無欠のバリケードを作ることなく、こうして誰でも入れるようにしてくれているのだから、優しい心を持った優しい魔物だ。
「ヴィバル様。人魚姫はどうして渦潮を発生させたんですか?」
「儂がまだ若かった頃の話なのだが」
30年くらい前の出来事。
港には船が何隻も止まり貿易が盛んだった。
この周辺で大きな港を持っているのはこのゼリフラ王国だけ。
そのため、多くの貴族が外国の珍しい商品を買いに月に何度か足を運ぶ。
それだけなら良かった。
マナーの悪い人はどこにでもいるもので、海にゴミを捨てる人が続出。
海流によって流されていき、すぐに目の前からなくなることで、海に捨ててもいいのだと思わせた。
今でこそ青く輝く海だけど。一昔前は濁った色で美しくはなかったそうだ。
生命の母とまで呼ばれるを汚す人間に嫌気がさし、人魚姫は誰も近づけないように世界中の至る所に渦潮を発生させた。
ゴミの撤去が行われて、時間をかけて綺麗な海が戻ってきたとはいえ、人魚姫の心は離れたまま。
洞窟に閉じこもってしまった。
「人間が悪いんですね」
「そうだな」
悪いことをした。
全面的にこちらが悪いのに、また海を使わせてほしいなんて。
そりゃ怒るわ。どんなに優しくても。
先に事情を聞いておけば良かったと後悔した。
暗い洞窟で一人、人魚姫は何を思って生きているのだろうか。
「ユーリ。海は諦めよう。ハザックの森が通れるだけでも充分だ」
「そうなんですけど……。ヴィバル様。この町には傷薬、売っていますか?」




