父様の役に立ちたかったのです……
…………タイミングを間違えたかな?
お城に戻り、私がさっきまでいた部屋に行くとアトゥル様が陛下を守るように立ち、父様達が戦闘態勢に入っていた。
喧嘩でもしていたのかなと呑気に考えて、全員の鋭い殺気が入り口、すなわち私に向いているとわかると何かやらかしてしまったと不安になる。
「……ユーリ。隣にいるのは何だ?」
隣?首だけを向けた。いるのはゲールだけ。
「んとね、キングゴブリンだよ」
「キ、キングゴブリンだと!?」
おじいちゃんが声を荒らげて驚いた。
ザワついた空気。やっぱり私はやらかしたようだ。
何をやらかしたのかを自覚していないので、無闇に謝れない。
一応、殺伐とした空気は消えたので良かった。
父様は眉間に皺を寄せたまま目頭を抑える。そんな父様を慰めるようにヴィバル様が背中をさすっていた。
──どうしたんだろ?体調が悪いのかな?
ここ数日。ずっと仕事ばかりでまともに休めていない。体を壊しかけているのか。
ゲールと手を離して父様の元に行き、ヴィバル様に抱っこをしてもらい父様の頭を撫でた。
早く良くなれと願いを込めて。
「ユーリ」
絞り出した声は明確に怒っていた。
「帰ると言っていなかったか?」
空気を読んだヴィバル様に下ろされる。
鋭くなった目は逸れることなく真っ直ぐに私を捉えていた。
「んと、えっと……。森に行った」
体の前で手をもじもじさせて、簡潔に報告した。
「ハザックの森はゴブリンの住処で、危険だと言わなかったか?」
森に入ったら命はないと言われたけど、危険があるとまでは言われなかった。
普通に考えれば二つはほとんど同じ意味なので、言われたということにもなる。
とりあえずお口にチャックをして視線を下げた。
「ふにゃ!?と、とうひゃま?」
父様の手が頬を引っ張る。加減はしてくれているので痛くはないものの、もちもち肌のせいで伸びがいい。
「何がどうなっているのか、説明をしてくれるな?」
「ひゃい……」
手を離してくれた。
説明を求められても父様のために、商人が森を抜けられるようお願いに行っただけ。
そしたらなぜか、キングゴブリンが真名を教えてくれて、牙をくれた。それだけ。
ここまでを伝えると当然すぎる疑問が飛んできた。
「キングゴブリンの姿と似ても似つかないようだが?」
だよねぇ。
今のゲールは人間だ。キングゴブリンと言われてもピンとはこない。
お返しのことは大勢の前で口にしていいものかわからないので、帰ってから報告する。
世紀の大発見はいつの世も人々の欲望を駆り立てるものだ。
今のとこはよくわからないけど、こうなったとだけ言っておく。
「はぁ……。キングゴブリンに戦闘の意志はないんだな?」
「うん!」
「だとしてもだ。キングゴブリン。魔力を抑えろ。大地を揺るがす魔力の持ち主が攻めてきたのだと、城内では大騒ぎだ」
あ……あーー。そっか。アネモスはあまり地上にいることはよろしくないと言っていたし、ゲールもなのだろう。
聖域と呼ばれる森の中にいれば世界に影響は及ぼさないけど、一歩でも出てしまえば誰もが感じ取ってしまう魔力量。
父様達が戦闘態勢だったのも、未知の敵が攻めてきたと思ったから。
勉強中だったエルとセインはすぐさま騎士と共に安全な場所に避難。
お城に仕えている使用人は巨大な敵に臆することなく、冷静さを保ちながら主の命を最優先。
自分のやらかしたことを理解した。私が悪いな、これ。
考えなしだったことは認める。
怖がらせたりするつもりはなかった。役に立ちたかっただけ。
おじいちゃん達なんてまだ顔色が悪い。呼吸も浅く、乱れた息が整う様子はなかった。
「だが、どうやってここまで来たのだ?キングゴブリンの魔力では、城に着く前に我々に報告が入ると思うが」
城から森まではそこそこ距離あるしね。
歩いていたら騎士団に囲まれていた。
「えーっと……ホワイトドラゴンに力を貸してもらったの」
嘘は言っていない。
私の魔法を手助けしてもらったなんて言ったら面倒事になる。その辺のことは私でもわかっているので、あとは父様の理解力にお任せ。
数秒間、考えては深く重いため息をついた。
ありがとう。察してくれて。
そして、アネモスを怒らないでね。
そのアネモスはゲールをお城に届けることをだいぶ渋っていた。
──意外と魔物同士、仲が悪いんだな。
同じく最上位に位置するのだからプライドというものがあるのかも。
「ユーリ。お前の気持ちは嬉しいが、危険な真似はしないでくれ」
「ごめんなさい」
【ユーリはこの人間が怖いのか?】
顎に手を当てながらゲールは聞いた。
【ふむ……。ならば俺と森で暮らすか?】
「あ゛?」
過去一、父様がキレた。
止められるであろうストフォード様やヴィバル様は距離をとる。
最高権力者の陛下でさえ巻き込まれないように眼を逸らした。
陛下が無理ならもう誰にも父様は止められない。
──赤い魔力はみんなに見えてるよね?
まだ魔法を使っていないのに暑さから汗が流れる。
「違うよ。父様は私を心配してくれているだけ」
【心配?】
「そう。キングゴブリンも仲間がいなくなったら心配するでしょ?それと同じ」
【なるほど】
本気で心配したら口調は強くなる。子供が命に関わる危険な行動を取れば尚更。
愛のムチとも言う。
キングゴブリンの情報なんてほとんどないまま、話せばわかると信じて私は一人でバカなことをした。
結果として何もなかったとはいえ、事後報告は良くない。
次からは事前に許可を貰わないとな。
「だからね。父様のこと怖くなんてないの。大好きだもん」
あ、魔力が引いていく。
窓を開けると風が吹いた。大して涼しくもないのに部屋の温度が上がっているせいか気持ち良い。
「父様。本当にごめんなさい。心配させるつもりなんてなくて、ただ本当に父様の役に立ちたくて」
「私のほうこそすまない」
父様が謝ることはない。悪いのは私。
両手を広げる父様に飛びついた。
「それで?キングゴブリン。商人が森を抜けていいというのは誠か?」
【あぁ】
「おお!これなら我が国も大助かりだ!」
「さっそく、全商団に連絡を!ハザックの森が開通したと!!」
【は?誰がそのようなことを言った?俺はユーリに頼まれた人間以外を通すつもりはないぞ】
「ふん!魔物のくせに人間と対等になったつもりか?」
【何だと】
ちょっとおじいちゃん!?やめて!?
ゲールが快く承諾してくれたのに。私の苦労が水の泡になっちゃうよ!!
「貴様らゴブリンがこれまでに、どれだけの国民を殺してきたかわかっているのか!!」
【先に同胞を殺したのは人間だろう】
「何をバカなことを!!いつだって襲ってくるのは貴様ら魔物だ!!」
ほらね。水掛け論。
都合の悪いことは都合の良いように改ざんされる。
どちらの言い分が正しいかなんて、今となってはわからない。真実を証明する術がないんだ。
それでも、歴史を繰り返さないための条約。
悲劇は誰かが終わらせないといけない。
死んでしまった命は返らないけど、悲しみを背負いながらでも生きていかなくてならなかった。
「あの、いいですか?」
このままではゲールの意志が変わりそうなので、口を挟むことにした。
「もし仮に。ゴブリンの群れが襲ってきたら、誰が闘うんですか?」
「戦うのは騎士。率いるのはストフォードだな。この男はこう見えて将軍。実力は確かなものだ」
こんな若干、失礼な人が将軍か。
性格と実力は別物で、父様にそこまで言わせるのだから本当に強いのだろう。
性格は悪いけどね!私のことチビって呼ぶし。
「おじい……皆様はストフォード様に守られる。そういうことですね」
「若い者が先頭に立つのは当然のこと」
いやいや。ストフォード様はそんなに若くないのでは?
子供からしてみれば4~50代はおじさんに分類される。
若者に任せるのが命が危険なことばかりで、楽にお金を稼げる官僚の職を明け渡さないのはどうなの。
実際には楽ではないんだろうけど、おじいちゃん達の性格からして仕事を押し付けているに違いない。
「ご自分では戦わないのに、人間と魔物の間に確執を生み、争わせようとするのはなぜですか?」
「そ、それは……」
あんなに饒舌だったのに急に黙り込んだ。
私だけでなく前線に立つストフォード様も納得させる言い訳が思いつかない。
適当に笑って誤魔化そうとする。
「どちらが、ではなくて、どちらも、奪った。まずはそれを認めるべきだと私は思います」
「ユーリの言う通りだな。私達は魔物と争うつもりはない。互いの領土を守りつつ、叶うなら私は……。魔物と共存する国を作りたい」
陛下は無謀な夢を語った。
人間と魔物の共存。相容れない存在が、同じ国で生きる。
なんて素敵な夢だろうか。
人種や種族にこだわらない。みんなが対等な国。実現したらきっと、今より良い国になる。
私は陛下の夢を応援したい。力だって貸す。一緒にこの国を良くしていきたい。
【ハッ。バカな王がいたものだ。そんな夢物語、叶うものか】
「どうして?私は出来るって信じてるよ」
その第一歩としてハザックの森に人間が足を踏み入れる。
限られた人間だけではあるけど、これは長い歴史が変わる瞬間。
【ユーリには敵わないな】
呆れたように、少し笑みを零しながら言った。
【それで?俺は誰を通せばいい】
「ヴィバル様。リマンド国にいる商人に連絡を。ハザックの森に向かうようにと。キングゴブリン。魔力感知は出来るな?」
【当然だ】
「ならばこれから向かってくる人間の魔力を覚えてくれ。そちらのほうが早いだろ」
「許可証は?作らないの?」
「偽造出来る物よりも魔力を覚えたほうがいい」
「う?んぅ?」
魔力とは。人によって異なる。
指紋と同じく誰一人として同じ魔力を持たない。
──え、そうなの?
魔力感知が出来ないことには魔力の流れが感じられず覚えられない。
だからさっき、私が来たのがわかったのか。
流石と言うべきか、父様は国で一番の魔力感知が出来る。
国全体はまぁ無理だけど、同じ建物内にいる魔力持ちを把握するほど。
もっと言えば建物内どころか敷地内にいる人間もわかるらしい。
──そうか。ミトン家の屋敷で父様が私を見つけられたのは……。
色んな偶然が重なった奇跡。
「公爵!そうやって自分ばかり得をするつもりか!!」
「はぁぁーー」
深いため息。どんな言葉よりも意味深で余計なことを口走ればどうなるか。どんな鈍感な人間でも察してしまう。
これまでの会話の流れから、その結論に達するまでの方程式はどうなっているんだろう。
リマンド国からやって来る商人は必要な物資を届けに来るだけ。
テロイ家と組んで商売をするわけではない。
あまりに考えなしの発言。状況が見えてなさすぎる。
頭痛の種を撒き散らされて大迷惑。父様に仕事を押し付けているのはおじいちゃん達かな。
「海路が使えたら一番いいのだがな」
「船あるの!?」
「多くの荷物を運ぶには馬車より船のほうが効率は良い。昔は月に何度か停泊していたんだ」
「今は?もう来ない」
「海は今、危険なんだ」
「ほとんどの海域で渦潮が発生して、何隻もの船が沈んでいった」
ほとんどってことは世界中の海に発生しているってことか。
自然現象……ではない。意図的に何者かが作り出した。
その正体はすぐ明かされる。
ゲールと同じく最上位魔物。海の支配者、人魚姫。
人魚姫と書いてプリンセスと呼ぶ。お洒落!!
人魚か。会ってみたい。
そうだ!
「父様。明日、人魚姫に会いに行ってくるね」
「ダメだ」
早いな。食い気味に却下された。
実績と言うにはあまりにも小さいけど、ゲールにお願いをして森が抜けられるようになった。
つまり!人魚姫とも話し合いの余地があるってこと。
子供なら警戒もされない。交渉において私はうってつけの人材。




