独りは寂しいのです
「ん……?」
目が覚めると暗かった。
いや。最初から暗かったか。目が慣れてきて、ようやく見えてくる。
掃除もされていないから埃っぽくて、窓はなく閉め切った状態でカビ臭い。
…………違う。私は今、あの部屋にはいないんだ。
主人公を連れて行くはずのリミックがなぜか助けてくれた。
それだけじゃない。
養子にまでしてくれた。
私は主人公ではないし、名前すらない脇役。ううん。脇役にすらなれなかった存在。
冷静になってつい数時間前であろう記憶を思い出す。
「あ……あ゛ぁ゛ー!!!」
糸が切れた。プツリと音を立てて。
勝手に涙が溢れる。
悲しい。辛い。怖い。
色んな感情がごちゃ混ぜになって涙を誘う。
この子と感情がリンクして、暴走していく。
当然だ。まだたった4歳。
そんな幼子が何もない部屋に閉じ込められて、ようやく助けてくれる人がいたのに目が覚めたらまた暗い部屋に独り。
希望を見てしまったからこそ絶望に落ちていくのは一瞬。
「に、ちゃー!!とちゃ、かあしゃ……」
家族を捜した。ただ必死に。
月明かりが室内を照らしてくれるため、そこまでは暗くない。
見渡しても誰もいなくて、孤独感が増す。
何で!?どうして!?私達、家族じゃなかったの!?
私とこの子。新しい家族が出来たはずなのに、今は独りぼっち。
寂しさが体の隅々まで浸透していく。
どんなに叫び呼んでも誰もいない。
来てくれないから。
喪失感。
大切な家族を失ったとき、何も残らない。
ただひたすらに無だけが支配してくる。
名前を呼ぶことも、呼ばれることもなく置いていかれる恐怖は寂しさをも食らう。
結局、捨ててしまうのであれば助けなければ良かったんだ。
悲しみが体の中で蠢く。感情が巡る。血液よりも速く。
呼吸が苦しい。脳に酸素が行き渡らず視界が揺らぐ。
「ユーリ!!」
声がした。私を呼ぶ声。
見たところで誰もいない。今のは幻聴。
寂しさから私の意識が作り出してしまった。
「うぅ……あ゛ぁぁーー!!やぁーー!!」
もっと寂しくなる。暗闇しかなかったこの世界で、人の優しや温もりを知ってしまったから。
何も聞かないように小さく丸まった。
消えてしまえば感情に左右されることはない。
何かに期待して裏切られ、絶望し苦しむくらいなら何も望んだりはしなかった。
ななし。名前のないこの子の名前。
記憶にいるのは乳母だけ。家族との繋がりなんて一切ない。
暴力を振るわれて、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられる。
生まれてこなければよ良かったと、呪いのように繰り返されてきた。
「すまない。独りにさせて。配慮に欠けていた」
何かが触れた。抱きしめるようにギュッと。
これも幻?
そんなはずない。この温もりは本物だ。
ユーリの記憶はおぼろげで、優しい記憶なんてないけれど。
優里の記憶には確かにある。抱きしめてくれる家族の温もり。これはまさにそれだ。
「ユーリ!大丈夫よ。落ち着いて。貴女は独りではないわ」
「ん……グス、やぁぁ」
安心と悲しみが混ざり合う。
すると涙は余計に溢れた。
「大丈夫。大丈夫よ」
リミックより小さな手が背中をさすってくれる。
赤ん坊をあやすようにリズム良く揺れて。
「父上!母上!ユーリは……」
「少しは落ち着いたようだ」
「良かった」
ノルアの声は心配し慌てていた。
冷静さを含んだリミックの声にも焦りはあるものの、ティアロの安堵は心からのもの。
──みんな私を心配して来てくれたの?
まだ視界は悪く、姿は見えない。かろうじて人影らしきものが映るだけ。
「ユーリ?」
リミックの声はこの辺から聞こえた。もしも幻聴ではなければ、きっとここにいるはず。
探しても誰かに触れることはない。
「リミックはここにいるわ」
諦めかけたそのとき、指先が微かに触れた。
どこにも行って欲しくなくて掴みたいのに、力のない私には到底不可能。
そこにいてくれるだけで嬉しいはずなのに、心のモヤモヤは晴れない。
寂しいんだ。ただ、それだけ。
「ユーリ。今日は私達と一緒に寝ようか」
私の心を見透かしたかのような発言。
ほんの少しだけ視界が晴れた。
「えーー。ズルい。俺らもユーリと寝たい」
「明日、ユーリに確認と許可を取れ。行こうか」
優しく微笑む両親と、不貞腐れる兄。
部屋を出れば見知らぬ人達が集まっていた。
白い髭を伸ばした老紳士がリミックに声をかけるも、申し訳なさそうに「明日にしてくれ」と答える。
事態の緊急性を素早く理解したのか、素早く頭を下げた。
私が寝るのは夫婦の寝室。二人の間に挟まれて、それぞれが手を握ってくれる。
暗くならないように小さな電気も点けてくれた。
押し寄せてくる安心に息が漏れる。
私を引き取ってくれた祖父祖母が亡くなり、一人暮らしをするようになってからは毎日、一人で寝てたはずなのに。
怖くて怖くてたまらなかった。
あの感情は私というよりかはユーリのもの。
暗い部屋の外は明るくて、温かさで溢れていると知ったからこそ、また孤独の中に押し込まれたと思い寂しくなってしまった。
「うぅーー、んー……」
右も左も美しすぎる顔に寝返りなんて打てない。
すっかり目が覚めてしまい眠れそうにないな。
「ユーリ。寂しいことがあれば我慢せずに、今日みたいに泣いて構わない」
「すぐに駆け付けるからね」
「ん……」
照れくさかった。甘えていいんだよと言われたみたいで。
さっきまであんなに深く感じていた孤独や喪失感は、もうない。
傍に誰かがいてくれているからなのだろうか。
胸の奥がじんわりと温かくなり、その喜びが私ではなくユーリのものであると、私だけが知っている。




